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ああ、彼は何処にいてもやっぱり彼だ。
こんなに軽やかにアリアドネの沈んだ心を引き上げる。

白銀の髪がシャンデリアの光を受けて眩しく見えた。ロイヤルブルーの瞳が温かに見えるのは彼くらいだろう。

「今晩は。ロジャー様。そうね、今日はそれ程良い夜ではないかもね。」

へんてこりんな挨拶をしながらアリアドネも笑みを浮かべる。

「何か飲む?」

「ええ、シャンパンを頂こうかと思っていたのだけれど、給仕が見当たらなくて。」

「探してこよう。少し待っていてくれ。」

言うが早いかロジャーはまた人波に飲まれるように消えて行った。だが、数分後には戻って来て、

「何処へ行ったのかな。ごめん、見付けられなくて戻って来てしまった。」

申し訳なさそうに眉を下げた。
皆、ダンスを終えて丁度喉の渇きを覚える頃合いであるから、給仕達もてんてこ舞いなのだろう。

「ねえ、アリアドネ嬢。良ければ一緒に踊らない?」

アリアドネは生まれて初めてダンスに誘われた。いや、誘われた事はある。だがそれは、ハデス以外ではブライアンやギルバートに限られていた。側近とその婚約者同士と言う狭い世界に身を置くアリアドネは、それ以外の殿方にダンスを誘われた事が無かった。

「まあ!よろしいの?私、ダンスが好きなの。なのに父か弟しか相手がいなくて。」

「じゃあ、決まりだ。レディ、お手を。」

ロジャーが手を差し伸べて来る。
アリアドネはその手を取った。大きくて温かな手に自身の手を委ねた。

初めての経験。これから踊ると言うのに、もう心は先に踊っている。

先程までの曲が終わって、丁度次の曲が始まるところであった。

「間に合ったね、アリアドネ嬢。」
「ええ、良かったわ。」

早足でここまで来たから、既に息が弾んでいる。けれどこれくらいで丁度良い。でなければ心も身体も弾んでしまって、きっとロジャーを振り回してしまう。

「ふふっ」

そんな事を考えて、思わず笑いが漏れてしまった。

「白状しよう。僕はダンスが下手だよ。」
「構わないわ。悩みも憂いも下手くそも、全部私がターンで吹き飛ばすから。」
「下手くそって言ったな。」
「ええ!」

気が付けば、既に二人で踊っていた。いつからなんて憶えていない。余りに自然過ぎて、冗談を言う内にホールドされていた。

ロジャーは自己申告した通り、ダンスは上手ではなかった。

「あっ、ゴメン」

ちょいちょいステップを間違える。アリアドネの足を踏まないだけで上出来だろう。
けれどもアリアドネは、

「気にしないで、とても楽しいから。」

白い歯を見せて笑った。

淑女の笑みとしては失格だけれど、周りもダンスに興じている。誰も気にしちゃいない筈よ。
アリアドネは心の奥底で小さな少女がぴょんぴょん跳ねる様に、ロジャーとダンスを楽しんだ。


たった一曲踊っただけ。
それがアリアドネにとっては心から嬉しくて楽しい時間だった。

「また学園で。」
「明後日だよ。」
「ふふ、それもそうね。」

そんな別れの挨拶なのかどうかも曖昧な言葉を交わして、ロジャーと別れたのであった。


「アリアドネ、何処に行っていたの?」

元の場所に戻れば、パトリシアに声を掛けられた。どうやらブライアンとは一曲踊っただけで戻って来たらしい。多分、一人で残るアリアドネを気に掛けていたのだろう。

そんな優しいパトリシアに、アリアドネは打ち明けられずにはいられなかった。

「パトリシア、私、初めて他の人と踊ったの。」
「まあ、本当に?」
「ええ。偶々ロジャー様と会って。」
「ロジャー様と?」

「そう。それでね、彼、ダンスが苦手だらしいのだけれど、私を誘って下さって、それでとても楽しかったの。足を踏まれそうになるのを避けながら踊るスリルがもう!」

「それ程楽しかったの?」
「ええ!」

いつに無く饒舌なアリアドネに、パトリシアは目を細めた。

「良かった。安心したわ。」

パトリシアは余程アリアドネを気に掛けていたのだろう。アリアドネは申し訳ない気持ちになってしまった。そうでなければパトリシアは、今もブライアンと躍っていたのだろう。現にヴィクトリアはまだギルバートと躍っている。

「ありがとう、パトリシア。私を心配してくれたのでしょう?もう大丈夫よ。ブライアンと躍って来て?」

そんな風に話していると、パトリシアがアリアドネの背後に視線を移した。それから、

「ええ。そうするわ。じゃあアリアドネ、また後で。」

パトリシアの背中を見送るアリアドネに、

「アリアドネ。」

5文字で声が掛けられた。



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