22 / 65
【22】
しおりを挟む
アリアドネはすかさずアンネマリーに視線を移す。アンネマリーの左側背後にいるアリアドネにはその頬のラインしか見えない。
けれどもアンネマリーにはなんの気配も感じられなかった。
声高に自分の名を発する令嬢に、何も言うつもりはないらしい。
「君は先日のご令嬢だね。」
「はい。ファニーと申します。」
ふわ髪ファニー嬢は、流石に今日は声を抑えているらしい。それでも彼女の発する鈴の様な声は、会場の奥まで響いて聴こえているように思えた。
「私は君とは踊れないよ。」
「アンネマリー様が「マリーは関係ないんだよ」
王太子殿下は公衆の面前でファニーの言葉を遮った。フランシス殿下としては極めて稀な行為に、貴族達が注視する。
そこで察するんだ、栗鼠娘!
アリアドネは、いよいよ手を打たねばならないと覚悟をしたその時、
「ご令嬢。宜しければ私がお相手しよう。」
「まあ!よろしいのですか?!」
何故貴方が。
アリアドネはあれ程周辺に張り巡らせていた注意力が、一瞬のうちに霧散したのを感じた。そうして目の前の二人にしか目も耳も向けられず、呼吸すら忘れてしまったように立ち尽くす事しか出来なかった。
ハデスが一歩前に出て、そうしてファニーへ手を差し伸べた。
その瞬間、ファニーは頬をほんのり紅潮させて満面の笑みで微笑んだ。
なんて可憐な笑みなのだろう。
緩くうねるミルクティーブラウンの髪が艷やかな光を放って、白いグローブを嵌めたほっそりとした腕をハデスに伸ばす。
場の張り詰めた空気が立ちどころに解れて、『デヴュタントを済ませたばかりの少しばかり不慣れな令嬢が、可憐で可愛い粗相をしてしまった』
そういう空気を醸し出した。
「アリアドネ、大丈夫?」
いつの間にか隣に来ていたパトリシアとヴィクトリアが、案ずる声を掛けてくるも、アリアドネは少しの間、何が起こったのか理解するのに時間を要した。
落ち着いて考えれば、ハデスは正しい行動を取った。
王太子殿下に無闇に近付く令嬢を遠ざけようと、そうしてそれを穏便に済ませようと、彼女を叱責するのではなくダンスに誘う事で解決した。
アリアドネがハデスであったなら、きっと同じ行動を取っただろう。
取った筈だ..、けれどもこの気持ちは...。
「気にしては駄目よ。」
パトリシアの言葉にアリアドネ冷静を取り戻した。
「ええ、ええ、有難う。もう大丈夫よ、パトリシア。」
ハデスの行動で場の雰囲気も瓦解して、ダンスホールには色取り取りの花が咲く様に、美しく装った婦人らがパートナーの手により舞っている。
その中でひと際目を引く淡い桃色のドレス。ふんわりと柔らかそうな生地をたっぷり重ねたドレスは彼女だけが着こなせるだろう。
ミルクティーブラウンが薄い金にも見えて、髪飾りにした生花が、草原から妖精が現れて王城に遊びに来たように見えた。
ハデスに誘われ可憐に舞う妖精ファニー。
ハデスは...
ハデスの姿を見る事は出来なかった。
どうしてかしら。
私はハデスとの婚約を解消したいと思っている。いつだったか、一層の事ファニーとくっ付いてくれたならと、そんな事を考えたのは自分である。
なのになんでこんな気持ちになるのだろう。
なんで泣きたい気持ちになるのだろう。
「心配を掛けたわね。大丈夫よ。貴女方も夜会を楽しんで頂戴。」
アンネマリーのその言葉に、ヴィクトリアが頬を染めてギルバートを見上げた。二人が手を取り合ってホールへ向かう。
「パトリシア、大丈夫よ。貴女も踊って来て。ほら、ブライアンが待っているわ。」
アリアドネが笑みを浮かべれば、パトリシアは気に掛ける様子を見せるも、後ろで待つブライアンに向かって行く。
独りになって、アリアドネは思った以上に気持ちが疲弊したのに気が付いた。
許されるなら、もうこのまま帰ってしまいたかった。そんな大人気ない行動など出来よう筈もないのに、無性に哀しく惨めな気持ちになって来る。
もう一杯、シャンパンを貰ってテラスで時間を潰そうか。
そう思い給仕を探す。もうダンスホールは見たくなかった。
人混みの合間を左右に視線を動かして給仕を探していたのが、白いものを見つけた。
「あれは?」
そう思うと同時に、どうやら向こうも同じだったらしく、
『やあ』と言っているのかそんな風に口が動くのが見えた。
それから人波の間を縫うように近付いて来て、
「アリアドネ嬢、良い夜だね。いや、そうでもないか。」
ロジャーは穏やかな笑みでアリアドネに声を掛けて来た。
けれどもアンネマリーにはなんの気配も感じられなかった。
声高に自分の名を発する令嬢に、何も言うつもりはないらしい。
「君は先日のご令嬢だね。」
「はい。ファニーと申します。」
ふわ髪ファニー嬢は、流石に今日は声を抑えているらしい。それでも彼女の発する鈴の様な声は、会場の奥まで響いて聴こえているように思えた。
「私は君とは踊れないよ。」
「アンネマリー様が「マリーは関係ないんだよ」
王太子殿下は公衆の面前でファニーの言葉を遮った。フランシス殿下としては極めて稀な行為に、貴族達が注視する。
そこで察するんだ、栗鼠娘!
アリアドネは、いよいよ手を打たねばならないと覚悟をしたその時、
「ご令嬢。宜しければ私がお相手しよう。」
「まあ!よろしいのですか?!」
何故貴方が。
アリアドネはあれ程周辺に張り巡らせていた注意力が、一瞬のうちに霧散したのを感じた。そうして目の前の二人にしか目も耳も向けられず、呼吸すら忘れてしまったように立ち尽くす事しか出来なかった。
ハデスが一歩前に出て、そうしてファニーへ手を差し伸べた。
その瞬間、ファニーは頬をほんのり紅潮させて満面の笑みで微笑んだ。
なんて可憐な笑みなのだろう。
緩くうねるミルクティーブラウンの髪が艷やかな光を放って、白いグローブを嵌めたほっそりとした腕をハデスに伸ばす。
場の張り詰めた空気が立ちどころに解れて、『デヴュタントを済ませたばかりの少しばかり不慣れな令嬢が、可憐で可愛い粗相をしてしまった』
そういう空気を醸し出した。
「アリアドネ、大丈夫?」
いつの間にか隣に来ていたパトリシアとヴィクトリアが、案ずる声を掛けてくるも、アリアドネは少しの間、何が起こったのか理解するのに時間を要した。
落ち着いて考えれば、ハデスは正しい行動を取った。
王太子殿下に無闇に近付く令嬢を遠ざけようと、そうしてそれを穏便に済ませようと、彼女を叱責するのではなくダンスに誘う事で解決した。
アリアドネがハデスであったなら、きっと同じ行動を取っただろう。
取った筈だ..、けれどもこの気持ちは...。
「気にしては駄目よ。」
パトリシアの言葉にアリアドネ冷静を取り戻した。
「ええ、ええ、有難う。もう大丈夫よ、パトリシア。」
ハデスの行動で場の雰囲気も瓦解して、ダンスホールには色取り取りの花が咲く様に、美しく装った婦人らがパートナーの手により舞っている。
その中でひと際目を引く淡い桃色のドレス。ふんわりと柔らかそうな生地をたっぷり重ねたドレスは彼女だけが着こなせるだろう。
ミルクティーブラウンが薄い金にも見えて、髪飾りにした生花が、草原から妖精が現れて王城に遊びに来たように見えた。
ハデスに誘われ可憐に舞う妖精ファニー。
ハデスは...
ハデスの姿を見る事は出来なかった。
どうしてかしら。
私はハデスとの婚約を解消したいと思っている。いつだったか、一層の事ファニーとくっ付いてくれたならと、そんな事を考えたのは自分である。
なのになんでこんな気持ちになるのだろう。
なんで泣きたい気持ちになるのだろう。
「心配を掛けたわね。大丈夫よ。貴女方も夜会を楽しんで頂戴。」
アンネマリーのその言葉に、ヴィクトリアが頬を染めてギルバートを見上げた。二人が手を取り合ってホールへ向かう。
「パトリシア、大丈夫よ。貴女も踊って来て。ほら、ブライアンが待っているわ。」
アリアドネが笑みを浮かべれば、パトリシアは気に掛ける様子を見せるも、後ろで待つブライアンに向かって行く。
独りになって、アリアドネは思った以上に気持ちが疲弊したのに気が付いた。
許されるなら、もうこのまま帰ってしまいたかった。そんな大人気ない行動など出来よう筈もないのに、無性に哀しく惨めな気持ちになって来る。
もう一杯、シャンパンを貰ってテラスで時間を潰そうか。
そう思い給仕を探す。もうダンスホールは見たくなかった。
人混みの合間を左右に視線を動かして給仕を探していたのが、白いものを見つけた。
「あれは?」
そう思うと同時に、どうやら向こうも同じだったらしく、
『やあ』と言っているのかそんな風に口が動くのが見えた。
それから人波の間を縫うように近付いて来て、
「アリアドネ嬢、良い夜だね。いや、そうでもないか。」
ロジャーは穏やかな笑みでアリアドネに声を掛けて来た。
2,494
お気に入りに追加
2,832
あなたにおすすめの小説
アリシアの恋は終わったのです【完結】
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
身代わりーダイヤモンドのように
Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。
恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。
お互い好きあっていたが破れた恋の話。
一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
二度目の恋
豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。
王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。
満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。
※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる