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あれから学園は落ち着きを見せていた。
ふわふわ髪の令嬢ファニーは、時間に遅れる事なく通学しているのだろう。
いつかの様な突入劇はあれから起こっていないから、フェイラーズ侯爵家が寄り子であるファニーの生家に警告をしたのだと信じたい。
アリアドネはファニーについての詳細を知った。その殆どがパトリシアとヴィクトリアから聞いた話なのだが、彼女達の情報収集能力が優れているのだと思っている。決して自分に情報を齎す親しい友人が彼女達以外いない訳ではない。と思いたい。
以前、ロジャーから聞いた通り、彼女は子爵の庶子であった。庶子を侮る訳ではないが、彼女の場合事情が違って、ほんの少し前まで平民であったのだという。ほんの半年程前、今年の春頃に子爵家に引き取られた。
そうとなれば、夏休み直前という中途半端な時期に学園へ編入したのも頷ける。
子爵は何故そんな無理をしたのだろう。
夏休みの間に貴族教育を施して休み明けから編入しても遅くはなかった筈で、彼女の様子を見るにその方が彼女の為にも良かったのではないかと思われた。どこか教育が至らなくて、あんな可怪しな行動をしたのではないだろうか。
二学年のクラスは全部で5クラスある。AからEクラスまで成績順に振り分けられるが、貴族の席に入って間も無い彼女はEクラスであった。それは仕方の無い事だろう。幼い頃から教育を受けたのならまだしも、元より貴族と平民では教育の内容に大きな差がある。
学園には平民の生徒も少なからず在籍しているが、彼等はそれを埋めるだけの教育を施されている。読み書きが出来ればそれで良いと云う事では無い。
貴族学園に拘らずとも、令嬢だけの学園も王都にはある。そちらなら無闇に男子生徒と関わる事なく淑女教育を受ける事も可能であるのに、子爵は教育の追い付かない彼女をどうしたいのだろう。
そんな事を考える内に皆が揃い、フランシス殿下とアンネマリーの到着を待つ。
殿下とアンネマリーが到着してからは取り巻きフォーメーションを組んで教室に向かうという、いつもの行動となるのであった。
「明日の夜会が楽しみね。」
楽しいだろうか。
パトリシアの言葉にアリアドネは頷けなかった。
そんなアリアドネには気付かないヴィクトリアも、
「ええ、本当に。それでどんなドレスを着るの?」と、浮かれるような表情を見せた。
昼食を済ませてから、貴賓室での談話であった。
「ああ、詳しくは聞かないわ。明日の楽しみにしたいから。アンネマリー様のドレスも楽しみよね。」
それにはアリアドネも大きく頷いた。
パトリシアもヴィクトリアも、婚約者とは良好な関係を築いている。築いていると言うより仲良しである。彼女等と一緒の次元で考えては哀しみの泉に沈む事となる。
そうしてアリアドネは明日の事を考えて再び憂鬱になるのだった。
夜会だからと言って、ハデスはハデスであるから特別会話が増える訳ではない。
アリアドネが憂鬱に思う最大の原因。それは、
「ダンスが楽しみね、アリアドネ。ハデス様とは練習をしているの?」
それである。
夜会ではダンスが必須なのだ。
フランシス殿下とアンネマリーが踊る際に、側近候補とその婚約者であるアリアドネ達も共に踊るのである。
アリアドネはダンスが好きである。
父には稽古の相手となってもらっていたし、弟が稽古を始めた際にもパートナーを務めていた。
ダンスは煩悩を吹き飛ばす。
くるりとターンする度に、嫌な事も憂鬱な事も飛び散ってしまう。
けれどもハデスとのダンスを考えるだけで憂鬱になってしまうのだ。
憂鬱を吹き飛ばす筈のダンスが憂鬱を生むだなんて。
「ハデス様は優秀な方ですから練習など不要です。」
少し離れた席に本人がいるのだから、アリアドネは本心をすっぽり隠して言う。
パトリシアもヴィクトリアも何となく察したらしく、話しはそこで終わりとなった。
練習などする筈も無い。学園の休みの日すら会わないというのに。月に一度の茶会くらいしかプライベートで会うことは無い。学園では常に行動を共にするも、それは「公」であって「私」では無いと思うのがアリアドネの認識である。
幸いな事に、ハデスはダンスが上手い。
これまでも度々彼とは踊っていたが、彼のリードは完璧であった。何も考えず、頭の中を真っ白にして、只管ハデスのリードに身を委ねる。ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー。頭の中でリズムを取る内にダンスは終わりを迎えるのである。
ふわふわ髪の令嬢ファニーは、時間に遅れる事なく通学しているのだろう。
いつかの様な突入劇はあれから起こっていないから、フェイラーズ侯爵家が寄り子であるファニーの生家に警告をしたのだと信じたい。
アリアドネはファニーについての詳細を知った。その殆どがパトリシアとヴィクトリアから聞いた話なのだが、彼女達の情報収集能力が優れているのだと思っている。決して自分に情報を齎す親しい友人が彼女達以外いない訳ではない。と思いたい。
以前、ロジャーから聞いた通り、彼女は子爵の庶子であった。庶子を侮る訳ではないが、彼女の場合事情が違って、ほんの少し前まで平民であったのだという。ほんの半年程前、今年の春頃に子爵家に引き取られた。
そうとなれば、夏休み直前という中途半端な時期に学園へ編入したのも頷ける。
子爵は何故そんな無理をしたのだろう。
夏休みの間に貴族教育を施して休み明けから編入しても遅くはなかった筈で、彼女の様子を見るにその方が彼女の為にも良かったのではないかと思われた。どこか教育が至らなくて、あんな可怪しな行動をしたのではないだろうか。
二学年のクラスは全部で5クラスある。AからEクラスまで成績順に振り分けられるが、貴族の席に入って間も無い彼女はEクラスであった。それは仕方の無い事だろう。幼い頃から教育を受けたのならまだしも、元より貴族と平民では教育の内容に大きな差がある。
学園には平民の生徒も少なからず在籍しているが、彼等はそれを埋めるだけの教育を施されている。読み書きが出来ればそれで良いと云う事では無い。
貴族学園に拘らずとも、令嬢だけの学園も王都にはある。そちらなら無闇に男子生徒と関わる事なく淑女教育を受ける事も可能であるのに、子爵は教育の追い付かない彼女をどうしたいのだろう。
そんな事を考える内に皆が揃い、フランシス殿下とアンネマリーの到着を待つ。
殿下とアンネマリーが到着してからは取り巻きフォーメーションを組んで教室に向かうという、いつもの行動となるのであった。
「明日の夜会が楽しみね。」
楽しいだろうか。
パトリシアの言葉にアリアドネは頷けなかった。
そんなアリアドネには気付かないヴィクトリアも、
「ええ、本当に。それでどんなドレスを着るの?」と、浮かれるような表情を見せた。
昼食を済ませてから、貴賓室での談話であった。
「ああ、詳しくは聞かないわ。明日の楽しみにしたいから。アンネマリー様のドレスも楽しみよね。」
それにはアリアドネも大きく頷いた。
パトリシアもヴィクトリアも、婚約者とは良好な関係を築いている。築いていると言うより仲良しである。彼女等と一緒の次元で考えては哀しみの泉に沈む事となる。
そうしてアリアドネは明日の事を考えて再び憂鬱になるのだった。
夜会だからと言って、ハデスはハデスであるから特別会話が増える訳ではない。
アリアドネが憂鬱に思う最大の原因。それは、
「ダンスが楽しみね、アリアドネ。ハデス様とは練習をしているの?」
それである。
夜会ではダンスが必須なのだ。
フランシス殿下とアンネマリーが踊る際に、側近候補とその婚約者であるアリアドネ達も共に踊るのである。
アリアドネはダンスが好きである。
父には稽古の相手となってもらっていたし、弟が稽古を始めた際にもパートナーを務めていた。
ダンスは煩悩を吹き飛ばす。
くるりとターンする度に、嫌な事も憂鬱な事も飛び散ってしまう。
けれどもハデスとのダンスを考えるだけで憂鬱になってしまうのだ。
憂鬱を吹き飛ばす筈のダンスが憂鬱を生むだなんて。
「ハデス様は優秀な方ですから練習など不要です。」
少し離れた席に本人がいるのだから、アリアドネは本心をすっぽり隠して言う。
パトリシアもヴィクトリアも何となく察したらしく、話しはそこで終わりとなった。
練習などする筈も無い。学園の休みの日すら会わないというのに。月に一度の茶会くらいしかプライベートで会うことは無い。学園では常に行動を共にするも、それは「公」であって「私」では無いと思うのがアリアドネの認識である。
幸いな事に、ハデスはダンスが上手い。
これまでも度々彼とは踊っていたが、彼のリードは完璧であった。何も考えず、頭の中を真っ白にして、只管ハデスのリードに身を委ねる。ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー。頭の中でリズムを取る内にダンスは終わりを迎えるのである。
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