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浅いスクエアネックの襟元はぎりぎり肩のラインが見えるところで立ち上がる。鎖骨が露わになるも、襟ぐりが浅く生地に張りと光沢がある為に気品を損なわない。

肩で立ち上がる生地は肩を覆うほどではなかったから、腕が露わになるのをロンググローブを併せて露出を抑える。

襟元から胸元そしてウエストまで装飾は無く、ウエストは細く腰回りからボリュームを抑えて広がるデザインとなっていた。

ウエストの右側と左の肩口に共布で作った花のコサージュ。これもビジューやスパンコールなどの装飾は無い。無地では夜会で見劣りしそうなものだが、生地の持つ深みのある光沢が美しく、王城のシャンデリアの光を受ければ繊細な照りと輝きを放つだろう。

ハデスから贈られるドレスは、露出と抑えのバランスが絶妙で、若いアリアドネの仄かな色香と令嬢の清純さを上手く見せてくれる。これには母まで毎回唸るほどであるから、彼の感性はよほど秀でているのだろう。

アリアドネは、ハデスから贈られたドレスに合うような装飾品を手持ちの中から選んだ。ハデスのドレスを台無しにしない様に気を配るから、アリアドネの頭の中はそればかりになる。

襟元に空いた肌を隠す様に少しばかり大振りの首飾りを選ぶことにした。

小粒の真珠とクリスタルガラスを繋いでそれを5連に重ねた首飾り。造形はシンプルであるが細部まで施された繊細な細工が身に付けた時に気品を添えてくれる。
ボリュームがあるのに真珠の純白とクリスタルガラスの透明が重さを感じさせない。

デヴュタントの祝いにと父方の祖母から贈られた品である。
揃いの耳飾りは、同じ小粒の真珠とクリスタルを円形に編み込んで中央に大粒のサファイアを配している。

デヴュタントを迎える前に既にハデスとは婚約していたのだが、祖母がハデスの色であるペリドットでもエメラルドでもなく、アリアドネの瞳と同じサファイアを選んでくれた事に、アリアドネの成人を祝う祖母の愛が伝わってくるのであった。


「水曜日、帰りが遅かったと聞いた。」
「え?」

ドレスの事に思考を奪われて、反応が遅れてしまった。

ハデスにしては長文、いやいやそんな事ではなくて、何故ハデスが知っているのか。

先週の水曜日は例のふわ髪令嬢の騒動があった日である。その日の放課後、図書室でロジャーと会った。そこでロジャーに情報収集の協力を求めて了承を得たのだが、その日が水曜日だったことから、これからの情報交換の場を「水曜日の報告会」と決めたのだった。

それで一昨日の水曜日は、映えある第一回水曜日の報告会だったのである。

そんな事より。ハデスがアリアドネの帰宅時間を知っている事の方が驚きであった。
誰かがハデスに知らせた?図書室にいたのを見ていた?でもそうであれば、ハデスはロジャーの事も聞いてくるだろう。

アリアドネは、頭の中では饒舌に独り語りをしていたのだが、それは頭の中の事なので、端から見れば固まったまま微動だにしていない様に見えたらしい。

「アリアドネ?」

それを不審に思ったらしいハデスが再び問うて来た。

「ああ、ええっと、そう。図書室におりました。小説を読みに。」

「小説?」
「ええ、ええ、小説です。小説。」

しどろもどろとは今のアリアドネの事だろう。物凄くしどろもどろである。

「何を読んでいるんだ。」

ええっと、それは質問でしょうか、詰問でしょうか。

「れ、恋愛小説です。」
「恋愛小説?」

読んで悪いか。
アリアドネは実は乙女脳であった。恋愛小説は大好物なのだ。
気鋭の平民作家が生み出す恋愛小説。
彼女の作品は秀逸である。何でそんなに上手いところをつつくのか。お陰でちょいちょい涙腺を刺激されて、思わずポロリと涙が落ちる。そんなだから、この前も、お嬢様如何なさいましたか!と侍女がすっ飛んで来たのである。

と、そこまで考えてアリアドネは気が付いた。私達、いま会話してない?これって会話のキャッチボールではなくて?

だがしかし。そんな奇跡もこれで仕舞いとなる。窓からは学園の校門が見えていた。


馬車から降りて校門を通り過ぎ、開けた場所まで進んでそこで皆が揃うのを待つ。ヴィクトリアとギルバートは既に到着しているし、そろそろパトリシア達も来るだろう。



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