上 下
17 / 40

【17】

しおりを挟む
「それからお父様、摩訶不思議令嬢の事なのですが。」

アリアドネは、今日の出来事のあらましを父に報告した。パトリシアから聞いた話しと食堂での騒動である。

それから父がどうするのかを尋ねた。

「子爵令嬢の話しは承知した。お前は変わらずアンネマリー嬢の側にいなさい。彼女は自分が動く事の意味を解っている。動いてしまえば傷を受ける家は一つや二つでは済まないからね。まあ、目溢しは既にしたのだから、愚行が重なるようなら公爵も何か考えるだろう。」

父は静観する考えらしかった。
アリアドネもこれまで通りアンネマリーの側にいて、周辺の動きに注視するより他はなさそうである。

残念ながらハデスとの婚約解消は父には受け入れてもらえなかった。
現状の学園の様子を考えれば無理があるのも理解出来る。けれどもこの胸の奥に沈む気持ちは何だろう。
一歩も前に進めないもどかしさに、アリアドネは為す術もない。



「明日夕刻、迎えに行く。」

週末の朝、学園へ向かう馬車の中であった。

「...有難うございます。お待ちしております。」

アリアドネは憂鬱になった。
明日は王家主催の夜会がある。

デヴュタントを迎える前にハデスと婚約していたから、当然ながら社交デヴューしてからもアリアドネのパートナーはハデス唯一人であった。

若い令嬢にとって成人と認められて婚約者に伴われて出る夜会と云うのは、きっと胸の踊る事なのだろう。

アリアドネにはそんな経験は一度も無かった。アリアドネの心の隅には、自分はハデスに望まれていない、疎まれている、そう云う思いが常にあった。
この二年の間にそれはすっかり心の内側に染み込んで、ハデスの姿を目にする度に条件反射的に悲しくなる。

どこかの学者が、犬の餌付けにベルを聴かせてそれを繰り返した。そのうち犬はベルの音を聴いただけでよだれを出す様になったと言う。あれと同じである。

ハデスの姿を見れば自動的に悲しくなる。なんならハデスと言う単語にすら反応してしまう。

だから、学園で殿下とアンネマリーに帯同するのに常に一緒に行動すアリアドネは、常に悲しい気持ちになると云うことになる。

それを回避する為に、アリアドネはハデスを瞳に映さぬよう、巧みの技を駆使して視線を外しているのであった。悲しみに染まる学園生活なんて、それこそ悲し過ぎるのではないか?

そんなアリアドネであったから、華の社交の場である夜会もたちまち悲しみの舞台になってしまう。

幸い、夜会は悲しいばかりではない。
アンネマリーの側に侍るのに、王族のお側に近寄る事を許されている。そんな経験、年若の令嬢にとって奇跡の経験だろう。
悲しみの舞台=奇跡の舞台
そのバランスを図りながら過ごす夜会のスリルとサスペンス。

それに、パトリシアやヴィクトリアの美しい装いや身の熟しは見ているだけで目の保養となるし、一緒に社交と云う大人の世界を体験出来るのも楽しかった。
何よりアンネマリーの孤高の美しさと言ったら。

そんな事を考えている内に憂鬱な気分は霧散していた。
お陰で落ち着いて夜会の事を考えられそうなので、ハデスと揃いの衣装を思い浮かべてみた。一度試着して寸法が合っているのを確認したきり目にしていなかったが、確か..と思い出す。

深い緑色のドレスであった。
生地の織り方の為か、光を受けて緑が柔らかな反射を見せるのがとても美しかった。

ハデスもアリアドネも共に黒髪である。皮肉なことに、気持ちの寄り添わない二人の見目は髪色ばかりがそっくりで、後ろから見たなら血縁に見えるかも知れない。

アリアドネは肌が白い。
ドレスが淡い色合いではぼやけてしまうのだが、ハデスは今回濃い緑色をドレスに選んでくれた。
夜会用であるから首元も襟元も昼間のドレスより開いている。そこに大振りの首飾りを着けることで肌の露出を抑える様に毎回毎回悩むのだ。

ハデスは自身が美しいからか、美的感性が冴えている。地味令嬢アリアドネへ贈るドレスも、地味な令嬢を無闇に飾るのではなくて、落ち着きが魅力と映る様な洗練されたデザインを選んでくれる。

だから、今回のドレスも美しかった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

俺が乳首痴漢におとされるまで

ねこみ
BL
※この作品は痴漢行為を推奨するためのものではありません。痴漢は立派な犯罪です。こういった行為をすればすぐバレますし捕まります。以上を注意して読みたいかただけお願いします。 <あらすじ> 通勤電車時間に何度もしつこく乳首を責められ、どんどん快感の波へと飲まれていくサラリーマンの物語。 完結にしていますが、痴漢の正体や主人公との関係などここでは記載していません。なのでその部分は中途半端なまま終わります。今の所続編を考えていないので完結にしています。

頭を空っぽにして読む乳首責め短編集

ねこみ
BL
タイトルのままです 内容の薄いただ野郎が乳首で喘ぐ様を綴った短編を載せていきます

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

おっぱいみるく~乳首からミルクが出るようになっちゃった~

多崎リクト
BL
徹也(てつや)と潮(うしお)はラブラブの恋人同士。乳首好きの徹也。気持ちいいことに弱い潮。 ある日、潮の乳首からミルクが出るようになってしまって……! タイトル通りとっても頭の悪い話です。頭を空っぽにして読んでね! Twitterで連載したものをたまったら加筆修正してます。 他、ムーンライトノベルズ様と自サイトにも掲載中。

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

好きな人に振り向いてもらえないのはつらいこと。

しゃーりん
恋愛
学園の卒業パーティーで傷害事件が起こった。 切り付けたのは令嬢。切り付けられたのも令嬢。だが狙われたのは本当は男だった。 狙われた男エドモンドは自分を庇った令嬢リゼルと傷の責任を取って結婚することになる。 エドモンドは愛する婚約者シモーヌと別れることになり、妻になったリゼルに冷たかった。 リゼルは義母や使用人にも嫌われ、しかも浮気したと誤解されて離婚されてしまう。 離婚したエドモンドのところに元婚約者シモーヌがやってきて……というお話です。 

異世界で新生活〜スローライフ?は精霊と本当は優しいエルフと共に〜

ありぽん
ファンタジー
社畜として働いていた大松祐介は、地球での30歳という短い寿命をまっとうし、天国で次の転生を待っていた。 そしてついに転生の日が。神によると祐介が次に暮らす世界は、ライトノベルような魔法や剣が使われ、見たこともない魔獣が溢れる世界らしく。 神の話しにワクワクしながら、新しい世界では仕事に追われずスローライフを送るぞ、思いながら、神によって記憶を消され、新しい世界へと転生した祐介。 しかし神のミスで、記憶はそのまま。挙句何故か森の中へ転生させられてしまい。赤ん坊姿のため、何も出来ず慌てる祐介。 そんな祐介の元に、赤ん坊の祐介の手よりも小さい蝶と、同じくらいの大きさのスライムが現れ、何故か懐かれることに。 しかしここでまた問題が。今度はゴブリンが襲ってきたのだ。転生したばかりなのに、新しい人生はもう終わりなのか? そう諦めかけたその時……!? これは異世界でスローライフ?を目指したい、大松祐介の異世界物語である。

処理中です...