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「それからお父様、摩訶不思議令嬢の事なのですが。」
アリアドネは、今日の出来事のあらましを父に報告した。パトリシアから聞いた話しと食堂での騒動である。
それから父がどうするのかを尋ねた。
「子爵令嬢の話しは承知した。お前は変わらずアンネマリー嬢の側にいなさい。彼女は自分が動く事の意味を解っている。動いてしまえば傷を受ける家は一つや二つでは済まないからね。まあ、目溢しは既にしたのだから、愚行が重なるようなら公爵も何か考えるだろう。」
父は静観する考えらしかった。
アリアドネもこれまで通りアンネマリーの側にいて、周辺の動きに注視するより他はなさそうである。
残念ながらハデスとの婚約解消は父には受け入れてもらえなかった。
現状の学園の様子を考えれば無理があるのも理解出来る。けれどもこの胸の奥に沈む気持ちは何だろう。
一歩も前に進めないもどかしさに、アリアドネは為す術もない。
「明日夕刻、迎えに行く。」
週末の朝、学園へ向かう馬車の中であった。
「...有難うございます。お待ちしております。」
アリアドネは憂鬱になった。
明日は王家主催の夜会がある。
デヴュタントを迎える前にハデスと婚約していたから、当然ながら社交デヴューしてからもアリアドネのパートナーはハデス唯一人であった。
若い令嬢にとって成人と認められて婚約者に伴われて出る夜会と云うのは、きっと胸の踊る事なのだろう。
アリアドネにはそんな経験は一度も無かった。アリアドネの心の隅には、自分はハデスに望まれていない、疎まれている、そう云う思いが常にあった。
この二年の間にそれはすっかり心の内側に染み込んで、ハデスの姿を目にする度に条件反射的に悲しくなる。
どこかの学者が、犬の餌付けにベルを聴かせてそれを繰り返した。そのうち犬はベルの音を聴いただけでよだれを出す様になったと言う。あれと同じである。
ハデスの姿を見れば自動的に悲しくなる。なんならハデスと言う単語にすら反応してしまう。
だから、学園で殿下とアンネマリーに帯同するのに常に一緒に行動すアリアドネは、常に悲しい気持ちになると云うことになる。
それを回避する為に、アリアドネはハデスを瞳に映さぬよう、巧みの技を駆使して視線を外しているのであった。悲しみに染まる学園生活なんて、それこそ悲し過ぎるのではないか?
そんなアリアドネであったから、華の社交の場である夜会もたちまち悲しみの舞台になってしまう。
幸い、夜会は悲しいばかりではない。
アンネマリーの側に侍るのに、王族のお側に近寄る事を許されている。そんな経験、年若の令嬢にとって奇跡の経験だろう。
悲しみの舞台=奇跡の舞台
そのバランスを図りながら過ごす夜会のスリルとサスペンス。
それに、パトリシアやヴィクトリアの美しい装いや身の熟しは見ているだけで目の保養となるし、一緒に社交と云う大人の世界を体験出来るのも楽しかった。
何よりアンネマリーの孤高の美しさと言ったら。
そんな事を考えている内に憂鬱な気分は霧散していた。
お陰で落ち着いて夜会の事を考えられそうなので、ハデスと揃いの衣装を思い浮かべてみた。一度試着して寸法が合っているのを確認したきり目にしていなかったが、確か..と思い出す。
深い緑色のドレスであった。
生地の織り方の為か、光を受けて緑が柔らかな反射を見せるのがとても美しかった。
ハデスもアリアドネも共に黒髪である。皮肉なことに、気持ちの寄り添わない二人の見目は髪色ばかりがそっくりで、後ろから見たなら血縁に見えるかも知れない。
アリアドネは肌が白い。
ドレスが淡い色合いではぼやけてしまうのだが、ハデスは今回濃い緑色をドレスに選んでくれた。
夜会用であるから首元も襟元も昼間のドレスより開いている。そこに大振りの首飾りを着けることで肌の露出を抑える様に毎回毎回悩むのだ。
ハデスは自身が美しいからか、美的感性が冴えている。地味令嬢アリアドネへ贈るドレスも、地味な令嬢を無闇に飾るのではなくて、落ち着きが魅力と映る様な洗練されたデザインを選んでくれる。
だから、今回のドレスも美しかった。
アリアドネは、今日の出来事のあらましを父に報告した。パトリシアから聞いた話しと食堂での騒動である。
それから父がどうするのかを尋ねた。
「子爵令嬢の話しは承知した。お前は変わらずアンネマリー嬢の側にいなさい。彼女は自分が動く事の意味を解っている。動いてしまえば傷を受ける家は一つや二つでは済まないからね。まあ、目溢しは既にしたのだから、愚行が重なるようなら公爵も何か考えるだろう。」
父は静観する考えらしかった。
アリアドネもこれまで通りアンネマリーの側にいて、周辺の動きに注視するより他はなさそうである。
残念ながらハデスとの婚約解消は父には受け入れてもらえなかった。
現状の学園の様子を考えれば無理があるのも理解出来る。けれどもこの胸の奥に沈む気持ちは何だろう。
一歩も前に進めないもどかしさに、アリアドネは為す術もない。
「明日夕刻、迎えに行く。」
週末の朝、学園へ向かう馬車の中であった。
「...有難うございます。お待ちしております。」
アリアドネは憂鬱になった。
明日は王家主催の夜会がある。
デヴュタントを迎える前にハデスと婚約していたから、当然ながら社交デヴューしてからもアリアドネのパートナーはハデス唯一人であった。
若い令嬢にとって成人と認められて婚約者に伴われて出る夜会と云うのは、きっと胸の踊る事なのだろう。
アリアドネにはそんな経験は一度も無かった。アリアドネの心の隅には、自分はハデスに望まれていない、疎まれている、そう云う思いが常にあった。
この二年の間にそれはすっかり心の内側に染み込んで、ハデスの姿を目にする度に条件反射的に悲しくなる。
どこかの学者が、犬の餌付けにベルを聴かせてそれを繰り返した。そのうち犬はベルの音を聴いただけでよだれを出す様になったと言う。あれと同じである。
ハデスの姿を見れば自動的に悲しくなる。なんならハデスと言う単語にすら反応してしまう。
だから、学園で殿下とアンネマリーに帯同するのに常に一緒に行動すアリアドネは、常に悲しい気持ちになると云うことになる。
それを回避する為に、アリアドネはハデスを瞳に映さぬよう、巧みの技を駆使して視線を外しているのであった。悲しみに染まる学園生活なんて、それこそ悲し過ぎるのではないか?
そんなアリアドネであったから、華の社交の場である夜会もたちまち悲しみの舞台になってしまう。
幸い、夜会は悲しいばかりではない。
アンネマリーの側に侍るのに、王族のお側に近寄る事を許されている。そんな経験、年若の令嬢にとって奇跡の経験だろう。
悲しみの舞台=奇跡の舞台
そのバランスを図りながら過ごす夜会のスリルとサスペンス。
それに、パトリシアやヴィクトリアの美しい装いや身の熟しは見ているだけで目の保養となるし、一緒に社交と云う大人の世界を体験出来るのも楽しかった。
何よりアンネマリーの孤高の美しさと言ったら。
そんな事を考えている内に憂鬱な気分は霧散していた。
お陰で落ち着いて夜会の事を考えられそうなので、ハデスと揃いの衣装を思い浮かべてみた。一度試着して寸法が合っているのを確認したきり目にしていなかったが、確か..と思い出す。
深い緑色のドレスであった。
生地の織り方の為か、光を受けて緑が柔らかな反射を見せるのがとても美しかった。
ハデスもアリアドネも共に黒髪である。皮肉なことに、気持ちの寄り添わない二人の見目は髪色ばかりがそっくりで、後ろから見たなら血縁に見えるかも知れない。
アリアドネは肌が白い。
ドレスが淡い色合いではぼやけてしまうのだが、ハデスは今回濃い緑色をドレスに選んでくれた。
夜会用であるから首元も襟元も昼間のドレスより開いている。そこに大振りの首飾りを着けることで肌の露出を抑える様に毎回毎回悩むのだ。
ハデスは自身が美しいからか、美的感性が冴えている。地味令嬢アリアドネへ贈るドレスも、地味な令嬢を無闇に飾るのではなくて、落ち着きが魅力と映る様な洗練されたデザインを選んでくれる。
だから、今回のドレスも美しかった。
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