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「ヘンドリック、少し良い?」

「ああ、姉上お帰り。大変だったよね、昼のアレ。」

「ああ、あれはね。そう、それも含めて。ヘンドリック、ちょっと聞いて欲しいの。」

ヘンドリックの手を引く勢いで私室に呼ぶ。侍女がお茶を淹れてくれた後は二人きりにしてもらった。

「何から話そうかしら。まずは彼女ね。ねえ、ヘンドリック。貴方、あのご令嬢を知っていたの?」

「今更だよ、姉上。彼女は今や時の人だよ。良い意味でも悪い意味でも。」

「良い意味なんてあるかしら。」

「まあ、姉上の目線では無しかな。けれど、僕ら男子生徒の中では相当人気がある。」

「真逆、貴方も?」

「そんな怖い顔しないでよ。そんな訳無いから安心して。僕は理由の分からない人物には近寄らないよ。」

「貴方を信じるわ。であればヘンドリック、昼間の事をどう思う?」

「危険人物」
「やっぱりそう思う?」
「それしか無いよ。」

「それで、先入観を持たずにあの光景を見たとしたら、何と思うかしら。」

「姉上、僕らが通うのは王立の貴族学園だよ。あの光景を見て彼女に肩入れする子女は貴族を辞めるべきだね。辞めずとも後々それなりの人生になるんじゃないかな。あの程度見分けられなければ他の事だって大体そんなものだろうしね。まともな貴族でいるのは無理じゃないかな。」

「何だかとっても解りやすい。目の前の霧が晴れた様な気分よ。有難う、ヘンドリック。
それでね、どうしようかと思って。お父様にお伝えした方が良いと思うのだけれど。」

「姉上、あれには関わらないのが一番だと思う。けれど姉上は既に関わってしまった。その筆頭はアンネマリー嬢だしね。父上への報告は必須だよ。それに、他にも今頃家に報告している子女等はいる筈だろうし。姉上だってあの上級生に言ったじゃないか。」

「確かにそうね。少なくともフェイラーズ侯爵家の耳には入るわね。」

「本来ならそこで子爵家を抑える筈さ。準王族相手への無礼だよ。まあ、その前にアンネマリー嬢の公爵家が黙っていないか。」

弟であるのに、理路整然と情報を整理出来るヘンドリックは流石は次期当主である。我が家の未来は明るいわね、とアリアドネは心強く思った。

それに力を得て、アリアドネはもう一つ相談してみる。

「ねえ、ヘンドリック。私、ハデス様との婚約を解消したいとお父様にお話ししようと思うの。出来るだけ早急に。」

「ううん、それって難しくない?今の今だよ?アンネマリー嬢への不穏な動きを知って、姉上があの集団から抜けるのは難しいんじゃないかな。父上が同じ事を考えたなら、きっとそう言うだろうね。」

「い、言うだけ言ってみようかしら。」



「アリアドネ。お前の気持ちが解らない訳ではない。だが、時期が悪い。」

父はヘンドリックの予想を丸々なぞった返答をした。

「お前がハデス殿と良好な関係を築けていないと云うのは承知した。だが彼は有能な人物だ。それは王家にも認められている。これと言って非の打ち所も無い。理由の無い解消の申込みはお前の瑕にしかならないぞ。
アリアドネ、自分の感情と向き合う事は大切だが、お前が背負うものを忘れてはならない。
それは婚約に限らない。お前は我が侯爵家の長子だ。一族も傘下の貴族もお前の行動の影響を少なからず受けるだろう。そういう立場にお前がいるのだという事は解るだろう?」

父の言っている事は正しい。敢えて噛み砕いて話して聞かせた父が、アリアドネの心の内を解っているのが尚のこと悲しい。

「まあ、それとなく話してみるか。」

「え?何をですの?」

「グラントン侯爵へだよ。嫡男夫婦が不仲と言うのはあちらも嬉しい事では無いだろうからね。」

「未だ夫婦ではありません。」

「お前はあちらから望まれたのだぞ?不遇を強いられるのは私とて面白く無い。」

「お父様、私が望まれた訳ではありませんでしょう?同じ歳の侯爵令嬢が望まれたのです。」

アリアドネは、自分で言っておきながら何だか物凄く悲しくなった。



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