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授業が終わると、フランシス殿下とアンネマリーは揃って王城へ向かう。そこで王族の教育を受けたり王子の執務を執り行うのだが、ハデス達側近候補も側近としての教育や殿下の執務の補佐などをする為に共に登城していた。

ヴィクトリアも、ギルバートと騎士団で剣の稽古をする為に一緒に登城する。
貴族然とした美しいヴィクトリアは剣士である。

ギルバートのレイノルズ伯爵家とヴィクトリアのマグレイブ伯爵家は共に騎士の家系で、代々王族の護衛を担って来た。二人の婚姻も成る可くして成されたもので、幼い頃より婚約関係にあった二人は、こうして一緒に切磋琢磨して来たのだろう。

目的を同じくする二人の婚姻は、アリアドネにはとても眩しく見えた。
この気持ち、言葉にするなら「羨ましい」の一言に尽きる。


放課後は自由の身となるアリアドネであるから、ロジャーと話しをする時間を持てた。コソコソ話の定番舞台の図書室で、司書の目の届かない奥にある窓際の角席、そこで話す事にした。


「何だか凄い令嬢だったね。」

「本当に。最近噂を聞くようになったのだけれど、一年生の頃はどうしていたのかしら。私ったら、あれほど強烈なご令嬢を最近まで知らずにいたのですもの。」

「彼女は編入生だよ。それも二学年の夏休みちょっと前に。君が最近知って当然なんだよ。」

「まあ、そんなに中途半端な編入なんてあるのね。」

全くもって不思議である。
ロジャー相手ならこんなにすらすら会話が出来る。
アリアドネは話し下手な方ではないと思っているが、ハデスの婚約者であるばかりに生徒たちから遠巻きにされるわ、肝心の婚約者ハデスには多分きっと疎まれているわで、まともな会話は側近候補の婚約者達に限定されていた。

ロジャーと話していると、まるで会話のリハビリをしている気分になる。
ロジャーは話しの切っ掛けを作るのが上手いのだろう。そうして何より聞き上手であった。

「どうやら彼女は庶子であるらしい。」
「それは、モンド子爵の?」
「うん。市井に愛人を持つ貴族は案外多いからね。」
「そうかも知れないわね。」

契約事の婚姻に縛られて愛を覚えられずに生きるのは、それなりに寂しいものなのだろう。気持ちは解る。絶賛愛の無い婚約中の身であるから。

けれども、とアリアドネは思う。
殿方はいいわね。当主であれば尚の事。妻の他に外で愛を得て、それを家にも認めさせる事が出来る。愛の無い夫婦だとして、夫ばかりが愛を得る。妻も誰かと愛し合いたいのだとどうして思わないのだろう。

「愛し合うって奇跡なのかしら。」
「何故?」

「だって婚姻は契約よ。婚約中から愛し合える方もいるのでしょうけど、皆が皆そうとは言えないでしょう。王国にいる貴族の中で、爵位やら後継やら派閥やらの問題をクリアして、その上愛し合えるだなんて。それって奇跡だわ。」

「成る程ね。それで。」
「ん?」
「それで、君は婚約を解消したいんだね。」
「え、」
「ごめん。パトリシア嬢と話していたのを漏れ聞いてしまった。」

迂闊であった。あれ程注意していたのに。
アリアドネは己の迂闊さを悔いた。

「え、ああ、えっと。」
「考えているの?」
「ええっと、」
「解消をさ。」

ロジャーはやんわりと追及の手を緩めない。緩やかな強引さってあるのだわ。アリアドネはひとつ学んだ。

「ええ。ただ、私だけの一存では無いと思うの。」
「それはどう言う?」
「真実望んでいるのはハデス様だと。」
「え?聞いたの?本人に。」
「いいえ。聞くどころか、私達、」
「うん。」
「私達、心が通じないどころか言葉も満足に交わしていないの。」
「流石にそれは..」
「流石にそうなの。きっとハデス様は私との婚姻をお望みでは無いのだと思うのよ。婚約した初めからそう感じていたの。家同士の契約だからと我慢なさっていたのね。そうして今も我慢をしていらっしゃる。だから、」

「だから?」

「解放して差し上げなければならないでしょう?」

自分で話しておいて、アリアドネは心底惨めで悲しい気持ちになってしまった。




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