12 / 65
【12】
しおりを挟む
真逆、パトリシアから聞いた話しが噂などではなく事実だとしたら。
それにしても可怪しいではないか。アンネマリーに非が無いのは、何処をどう見ても確かな事である。
アリアドネは瞬時に周囲に気を巡らす。
些細な事で侮られない様に、足元を掬われ無いように。
これは悪意を伴う視線である。貴族の血が危険を察知している。
アンネマリーは気が付いているだろうか。彼女ならとっくに気付いているだろう。殿下は?他の側近候補達は?
アリアドネはアンネマリーを守らなければならない。その為にこうして側にいるのだ。
席が近づいて、パトリシアが小声で言う。
「ヴィクトリアは一年を、貴女は二年を」
それだけ聞いてヴィクトリアもアリアドネも小さく頷いた。
テーブルに向かい合わせとなった殿下とアンネマリーが、奥側に一つずつ席を空けて着席する。空いた席にはギルバートとヴィクトリアが座る。彼等は殿下とアンネマリーを護る盾である。
殿下とアンネマリーの着席を待って学園の給仕担当が膳と飲み物を整える手筈となっている。
この学園は、食事を受け取る為に列を成して並ぶなどと言う事は一切無い。
席に着くと給仕をされる。そこからは晩餐会のマナーと同等の作法でお食事を頂くのだ。
小さな社交界。
学園はどこまでも学びの場であった。
殿下とアンネマリーが着席した事で、側近候補もそれに続く。そうしてアリアドネ達は席に着く前に、目的のテーブルを見渡した。ぐるりと目視で確認する。
それは確認であり牽制である。
誰が、どの席で、誰と話し、どんな表情を浮かべてこちらを見ているのか。そして彼等はどこの家の子女らかを頭の中の貴族名鑑を瞬時に捲る。
ひそひそと声を潜める声音は、発した本人が思う以上に響く。その音源をぐるり一周見る内に探り当てる。
高位貴族の令息令嬢なら、その意味が分かるだろう。いや、この際爵位は関係無い。貴族なら判断出来なければならない。
王太子殿下の婚約者に逆心を向けていると疑われている事実に。
数名が青い顔で俯いた。その名も頭の中で控える。
「大丈夫よ。」
アンネマリーの声が響いた。
決して大きな声を出しているのではなくても、為政者の声とは良く通る。
アンネマリーは解っていて放置を決めたらしい。しかしそれは放認では無い事を彼等は解っているのだろうか。
その時であった。
「ごめんなさい!アンネマリー様。私が少し遅れて来ちゃったから!」
ふわふわが現れた。
一体何処から湧いて出たのだろう。真逆、テーブルの下に潜んでいた?
そう思える程、彼女は急に現れた。
ふわふわのミルクティーブラウンの髪が、風も無いのにふわふわ揺れている。まるで恐ろしいものと対峙して小刻みに震える様に見える。
大きな瞳は、これでもかというほど見開かれ、そんなに見開いたら誰でも涙が出るだろうと容易く想像出来るのだが、その姿に本当に騙される阿呆がいるらしい。
アンネマリーが椅子に座したままふわふわ令嬢の方を向くのに、生徒達の視線が集中している。射るような視線である。
アンネマリーは、今にも立ち上がろうとするヴィクトリアに向けて片手を上げて制した。ギルバートが睨みを強くする。
「あの、本当に申し訳ありません!フランシス殿下は良いよと言って下さいましたが、アンネマリー様にはお許し頂けなかったので、私、謝りに来ました!」
謝るなら今の行為こそ謝罪が必要であろう。パトリシアがふわふわを注視しているからそれに任せて、アリアドネは再び視線を巡らした。一年、二年、三年。目の届く限りぐるりと一周、二周。そうして覚えた。
残念ながら再教育が必要な家が多かった。その筆頭は、
「どうもすみませんでした!」
目の前で、いつまでも理由の分からぬ事でペコペコしているふわふわだろう。
「何を仰っているのかしら?」
「あの、私が殿下とお話しをしたから、それで、アンネマリー様がご気分を害されて!」
「私は殿下の通り道を貴女が塞いだので退いてと言ったのよ。」
「でも、とても怖いお顔をしていらっしゃいました!」
「ふふ、御免なさいね。元々こういう顔なのですもの。」
「でも!「黙りなさい。」
アリアドネは静かに立ち上がり、ふわふわを制した。
それにしても可怪しいではないか。アンネマリーに非が無いのは、何処をどう見ても確かな事である。
アリアドネは瞬時に周囲に気を巡らす。
些細な事で侮られない様に、足元を掬われ無いように。
これは悪意を伴う視線である。貴族の血が危険を察知している。
アンネマリーは気が付いているだろうか。彼女ならとっくに気付いているだろう。殿下は?他の側近候補達は?
アリアドネはアンネマリーを守らなければならない。その為にこうして側にいるのだ。
席が近づいて、パトリシアが小声で言う。
「ヴィクトリアは一年を、貴女は二年を」
それだけ聞いてヴィクトリアもアリアドネも小さく頷いた。
テーブルに向かい合わせとなった殿下とアンネマリーが、奥側に一つずつ席を空けて着席する。空いた席にはギルバートとヴィクトリアが座る。彼等は殿下とアンネマリーを護る盾である。
殿下とアンネマリーの着席を待って学園の給仕担当が膳と飲み物を整える手筈となっている。
この学園は、食事を受け取る為に列を成して並ぶなどと言う事は一切無い。
席に着くと給仕をされる。そこからは晩餐会のマナーと同等の作法でお食事を頂くのだ。
小さな社交界。
学園はどこまでも学びの場であった。
殿下とアンネマリーが着席した事で、側近候補もそれに続く。そうしてアリアドネ達は席に着く前に、目的のテーブルを見渡した。ぐるりと目視で確認する。
それは確認であり牽制である。
誰が、どの席で、誰と話し、どんな表情を浮かべてこちらを見ているのか。そして彼等はどこの家の子女らかを頭の中の貴族名鑑を瞬時に捲る。
ひそひそと声を潜める声音は、発した本人が思う以上に響く。その音源をぐるり一周見る内に探り当てる。
高位貴族の令息令嬢なら、その意味が分かるだろう。いや、この際爵位は関係無い。貴族なら判断出来なければならない。
王太子殿下の婚約者に逆心を向けていると疑われている事実に。
数名が青い顔で俯いた。その名も頭の中で控える。
「大丈夫よ。」
アンネマリーの声が響いた。
決して大きな声を出しているのではなくても、為政者の声とは良く通る。
アンネマリーは解っていて放置を決めたらしい。しかしそれは放認では無い事を彼等は解っているのだろうか。
その時であった。
「ごめんなさい!アンネマリー様。私が少し遅れて来ちゃったから!」
ふわふわが現れた。
一体何処から湧いて出たのだろう。真逆、テーブルの下に潜んでいた?
そう思える程、彼女は急に現れた。
ふわふわのミルクティーブラウンの髪が、風も無いのにふわふわ揺れている。まるで恐ろしいものと対峙して小刻みに震える様に見える。
大きな瞳は、これでもかというほど見開かれ、そんなに見開いたら誰でも涙が出るだろうと容易く想像出来るのだが、その姿に本当に騙される阿呆がいるらしい。
アンネマリーが椅子に座したままふわふわ令嬢の方を向くのに、生徒達の視線が集中している。射るような視線である。
アンネマリーは、今にも立ち上がろうとするヴィクトリアに向けて片手を上げて制した。ギルバートが睨みを強くする。
「あの、本当に申し訳ありません!フランシス殿下は良いよと言って下さいましたが、アンネマリー様にはお許し頂けなかったので、私、謝りに来ました!」
謝るなら今の行為こそ謝罪が必要であろう。パトリシアがふわふわを注視しているからそれに任せて、アリアドネは再び視線を巡らした。一年、二年、三年。目の届く限りぐるりと一周、二周。そうして覚えた。
残念ながら再教育が必要な家が多かった。その筆頭は、
「どうもすみませんでした!」
目の前で、いつまでも理由の分からぬ事でペコペコしているふわふわだろう。
「何を仰っているのかしら?」
「あの、私が殿下とお話しをしたから、それで、アンネマリー様がご気分を害されて!」
「私は殿下の通り道を貴女が塞いだので退いてと言ったのよ。」
「でも、とても怖いお顔をしていらっしゃいました!」
「ふふ、御免なさいね。元々こういう顔なのですもの。」
「でも!「黙りなさい。」
アリアドネは静かに立ち上がり、ふわふわを制した。
2,074
お気に入りに追加
2,849
あなたにおすすめの小説
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
身代わりーダイヤモンドのように
Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。
恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。
お互い好きあっていたが破れた恋の話。
一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
貴方の記憶が戻るまで
cyaru
恋愛
「君と結婚をしなくてはならなくなったのは人生最大の屈辱だ。私には恋人もいる。君を抱くことはない」
初夜、夫となったサミュエルにそう告げられたオフィーリア。
3年経ち、子が出来ていなければ離縁が出来る。
それを希望に間もなく2年半となる時、戦場でサミュエルが負傷したと連絡が入る。
大怪我を負ったサミュエルが目を覚ます‥‥喜んだ使用人達だが直ぐに落胆をした。
サミュエルは記憶を失っていたのだった。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※作者都合のご都合主義です。作者は外道なので気を付けてください(何に?‥いろいろ)
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
騎士の妻ではいられない
Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。
全23話。
2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。
イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。
「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる