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真逆、パトリシアから聞いた話しが噂などではなく事実だとしたら。
それにしても可怪しいではないか。アンネマリーに非が無いのは、何処をどう見ても確かな事である。

アリアドネは瞬時に周囲に気を巡らす。
些細な事で侮られない様に、足元を掬われ無いように。
これは悪意を伴う視線である。貴族の血が危険を察知している。

アンネマリーは気が付いているだろうか。彼女ならとっくに気付いているだろう。殿下は?他の側近候補達は?

アリアドネはアンネマリーを守らなければならない。その為にこうして側にいるのだ。

席が近づいて、パトリシアが小声で言う。
「ヴィクトリアは一年を、貴女は二年を」

それだけ聞いてヴィクトリアもアリアドネも小さく頷いた。


テーブルに向かい合わせとなった殿下とアンネマリーが、奥側に一つずつ席を空けて着席する。空いた席にはギルバートとヴィクトリアが座る。彼等は殿下とアンネマリーを護る盾である。
殿下とアンネマリーの着席を待って学園の給仕担当が膳と飲み物を整える手筈となっている。

この学園は、食事を受け取る為に列を成して並ぶなどと言う事は一切無い。
席に着くと給仕をされる。そこからは晩餐会のマナーと同等の作法でお食事を頂くのだ。

小さな社交界。
学園はどこまでも学びの場であった。



殿下とアンネマリーが着席した事で、側近候補もそれに続く。そうしてアリアドネ達は席に着く前に、目的のテーブルを見渡した。ぐるりと目視で確認する。
それは確認であり牽制である。

誰が、どの席で、誰と話し、どんな表情を浮かべてこちらを見ているのか。そして彼等はどこの家の子女らかを頭の中の貴族名鑑を瞬時に捲る。

ひそひそと声を潜める声音は、発した本人が思う以上に響く。その音源をぐるり一周見る内に探り当てる。

高位貴族の令息令嬢なら、その意味が分かるだろう。いや、この際爵位は関係無い。貴族なら判断出来なければならない。
王太子殿下の婚約者に逆心を向けていると疑われている事実に。

数名が青い顔で俯いた。その名も頭の中で控える。

「大丈夫よ。」

アンネマリーの声が響いた。
決して大きな声を出しているのではなくても、為政者の声とは良く通る。

アンネマリーは解っていて放置を決めたらしい。しかしそれは放認では無い事を彼等は解っているのだろうか。

その時であった。

「ごめんなさい!アンネマリー様。私が少し遅れて来ちゃったから!」

ふわふわが現れた。

一体何処から湧いて出たのだろう。真逆、テーブルの下に潜んでいた?
そう思える程、彼女は急に現れた。

ふわふわのミルクティーブラウンの髪が、風も無いのにふわふわ揺れている。まるで恐ろしいものと対峙して小刻みに震える様に見える。
大きな瞳は、これでもかというほど見開かれ、そんなに見開いたら誰でも涙が出るだろうと容易く想像出来るのだが、その姿に本当に騙される阿呆がいるらしい。

アンネマリーが椅子に座したままふわふわ令嬢の方を向くのに、生徒達の視線が集中している。射るような視線である。

アンネマリーは、今にも立ち上がろうとするヴィクトリアに向けて片手を上げて制した。ギルバートが睨みを強くする。

「あの、本当に申し訳ありません!フランシス殿下は良いよと言って下さいましたが、アンネマリー様にはお許し頂けなかったので、私、謝りに来ました!」

謝るなら今の行為こそ謝罪が必要であろう。パトリシアがふわふわを注視しているからそれに任せて、アリアドネは再び視線を巡らした。一年、二年、三年。目の届く限りぐるりと一周、二周。そうして覚えた。

残念ながら再教育が必要な家が多かった。その筆頭は、

「どうもすみませんでした!」

目の前で、いつまでも理由の分からぬ事でペコペコしているふわふわだろう。

「何を仰っているのかしら?」

「あの、私が殿下とお話しをしたから、それで、アンネマリー様がご気分を害されて!」

「私は殿下の通り道を貴女が塞いだので退いてと言ったのよ。」

「でも、とても怖いお顔をしていらっしゃいました!」

「ふふ、御免なさいね。元々こういう顔なのですもの。」

「でも!「黙りなさい。」

アリアドネは静かに立ち上がり、ふわふわを制した。



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