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「パトリシア、ごめんなさい。多分無理だわ。」
「何が?」
「その、婚約者との情報交換よ。」
「まあ。」
「分かるでしょう?私達には無理だと。」
「貴女ではなくて、彼でしょう?無理なのは。」
「分かってくれる?貴女だから言うのだけど、」

そこでアリアドネは、周りに視線を巡らせ側に誰もいない事を確かめてから声を潜めた。

「私、本当のところ、あの方とは婚約を解消すべきだと思っているの。」
「真逆、」
「以前、お父様にお話ししたの。」
「それで?」
「当時は婚約して一年ほど経つ頃だったのだけれど、」
「だけれど?」
「早いと。」
「まあ。」
「あれからもうすぐ一年経つわ。そろそろ頃合いだと思っていたの。」
「お相手はどうするの?」

「侯爵家の令嬢なら上級生にも下級生にもいるじゃない?彼のお目当ては生家と同等の爵位でしょうから、婚約者が変わっても構わないと思うのよ。気の合う方がいらしたら、そちらのご令嬢から選んだら良いでしょう。」

「アリアドネ。私が言っているのはハデス様ではなくてよ。貴女よ、貴女。」

「わ、私?」

「貴女こそ新たな婚約者を探さなければならないわよ。」

「そうよね、そうよね..」

「ええっと、申し訳ない、パトリシア嬢。そろそろ授業が始まるよ。」

「まあ、ごめんなさい、ロジャー様。ご迷惑をお掛けしました。じゃあ、アリアドネ、また後で。」

そう言うとパトリシアは、来た時と同じ様に席と席の間を泳ぐ様に優雅な所作で戻って行った。

「ロジャー様、申し訳ありませんでした。もしかして、ずっと待っていらしたの?」

あれ程周囲に気を張っていた筈なのに、ロジャーの気配に全く気付かなかった。
そうして、不思議な程にロジャーは不審感を抱かせない気安さがある。

「いや、たった今来たところだよ。気にしないで。」

ロジャーは爽やかな笑みでアリアドネに答えた。

これよね。自然と続く滑らかな会話に締めの笑み。これが心地良い会話と言うものだわ。

アリアドネは、この数秒で既に両手の指でも数えられない文字数分、会話が成り立つ事に感動した。


「情報収集、か。」
「え?何が?」
「ああ、いえ、独り言なの。」

授業中であるのに、つい先程のパトリシアとの会話を思い返していた。

今、アリアドネ達に出来る事に情報収集があるとして、女子生徒からの収集は頑張れるかもしれないが、男子生徒となると。

弟に協力を願おうか。ヘンドリックはまだ一年生だが、彼は顔が広い。アリアドネとは違う。

「そうね、そうしましょう。」
「え?何が?」
「ああ、いえ、独り言なの。」

そうとなれば、今晩早速相談しましょうそうしましょう。

ああ、そうだわ。お父様に、そろそろ婚約の解消についてもう一度お話ししてみよう。
ハデス様だって早い方が良いでしょう。

「そうね、そうしましょう。」
「え?何が?」
「ああ、いえ、御免なさい。独り言なの。」
「はは、今日は独り言が多いね。」
「ええ、まあ、そうかも。」
「悩み事?」
「まあ、そうね。」
「相談なら僕にも乗れる事があるかも知れないよ。」
「え?ロジャー様に?」
「うん。無理にとは言わないよ。ただ相談して気が楽になるならと思ってね。」

アリアドネは考えた。今は授業中なのだが、思いっ切り考えてみた。

良いかも知れない。ロジャーは文官職にある父伯爵に似たのか、物事を把握したり取り纏めるのに長けている。それは普段の授業の様子から分かっていた。

何よりこの会話。情報交換が可能となる。文字数なんて数える必要も無い。自然に話せる、言葉のキャッチボールが成立する、そうして締めは笑顔!良くないかこれ、三拍子揃っている。

アリアドネは決して不用心では無い。
アンネマリーに侍る事から十分用心深い。
その用心アンテナがロジャーには警報を示さない。

「ロジャー様、本当にご相談しても良いのかしら。」

「勿論だよ。」

「では放課後に図書室とか、」

「承知した。図書室だね。」

悩む間もなく交渉は成立した。爽やか青年ロジャーはアリアドネからするすると会話を引き出した。
そしてやはり締めに素敵な笑みを披露した。


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