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「アリアドネ、どう思う?」

次の授業が始めるまでの僅かな空き時間であった。
机の間を泳ぐ様にするするとパトリシアがこちらに向かって来た。

何かを察したらしい隣の席の生徒が、さっと席を外す。

「お気遣い有難うございます、ロジャー様。」
「気にしないで。」

今朝の出来事が学園の中で噂になっているのだろう。パトリシアがその為にアリアドネと話しをするのを先回って隣の席のロジャーが席を外したのに、アリアドネは礼を言った。

アリアドネは、隣の席の彼となら何の気構えも無く自然な会話が続く。返答が2文字なんて有り得ない。彼は笑うのにも「ははは」と3文字を要するのだから。

「あの方、とても有能な方よね。確かお家は宮廷貴族ではなかったかしら。」

パトリシアがロジャーの背を見送りながら言う。

「ええ、アベマール伯爵は王城にお勤めの文官でいらっしゃるわね。」

アリアドネは、確か..と貴族名鑑の記載を思い浮かべる。

「では彼も将来は文官になられるのでしょうね。」

「多分。詳しい事は聞いたことが無いから分からないけれど。」

白銀の髪はハデスと同じように肩に付かない長さに切り揃えられている。あの髪を長く伸ばして背で結わえ、そこに眼鏡なんて掛けたなら教師か学者にも見えそうである。

「似合いそうね。」
「え?」
「ああ、いえ、何でもないの。」

飛躍しがちな思考を手繰り寄せて、アリアドネは隣に座ったパトリシアに話し掛けた。

「何かあったの?」
「ええ。噂が広がっていて。」
「そうでしょうね。あれだけ大勢の生徒達が見ていたのですもの。」
「それが、可怪しな風に伝わっているのよ。」
「可怪しな風?」
「悪い風にとも言えるわ。」
「悪い風?!」

思わず声が大きくなって、はっとして声を顰める。

「そう。アンネマリー様がファニー嬢を泣かせたと。」
「ええ、真逆、」
「その真逆よ。」
「だってどう見ても可怪しかったのはあの令嬢よ。お咎めがあって当然よ。それに皆んな見ていた筈よ?あれの何処が泣かせる要因に?」
「あの零れんばかりの大きな目よ。あの目を潤ませたなら、泣いちゃったって言う事になるらしいの。」
「えええ、」

あれくらいで泣いているならアリアドネは毎日泣ける。高位貴族の令嬢は意外と厳しい環境に身を置いているのだ。

「だって、殿下の面前での出来事よ。殿下もご覧になられたのよ?」
「そこよ。」
「どこ?」
「その殿下がアンネマリー様をお諌めしたと。」
「あれの何処が。私には惚気てるとこしか記憶が無いわ。」
「私もそう思うわ。惚気るなら二人きりの時に思う存分なさってほしいわ。」
「それはそれで危険かも。」
「...アリアドネ。貴女案外男女の事が分かるのね。」
「え、何処が?」

女子の話しは要領を得ない。
気を付けないとどんどん脱線して行く。線路は続くのだから。何処までも。

「お話しを戻しましょう。」
「ええ、勿論よ。」
「それで、どうやらその情報源とは下位貴族の子女達らしいのだけれど、その中心にいるのがファニー嬢らしいの。」

らしいらしいと続くとことから、情報は曖昧さを含んでいる。けれどもアリアドネは感嘆した。

「パトリシア、貴女って凄いわ。あの朝の件からまだ一刻しか経っていないのに、どうしてそこまで情報を集められるの?貴女、さっき授業サボってたかしら。」

「いいえ、授業はきちんと出ていたわ。アリアドネ、これは侮っては危険だと思うのよ。噂はいつだって何処にでも転がっているけれど、それなりに相手を選ぶものよ。軽々しく話して明日は路頭に迷うだなんて事も少なくないわ。それが、こんなに早く広まって、それも王太子の婚約者である公爵令嬢を相手取ってよ。皆様随分と命知らずな事よね。」

「何だかそれも可怪しいわね。下位貴族にも優秀な方は沢山いらっしゃるのに。このクラスにだって。」

「ええ、本当に。それでねアリアドネ。私達も情報収集すべきだと思って。例えばお互いの婚約者と情報を集め合うのよ。それなら男女で分かれて集められるわ。」

パトリシアの言葉にアリアドネは絶望した。それは到底無理なお話しである。だってハデスとは、片手で足りる単語くらいしか話すことが無いのだから。


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