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「そこの貴女。」

満場一致で戸惑う事になったカオスな場で、膠着した空気を薙ぎ払ったのはアンネマリーであった。

「お退きなさい。」

アリアドネは、目の前にリアムタイムで展開された珍事に突っ込みどころを探していた。そうして全部突っ込まねばならない事に気が付いて途方に暮れていたのだが、高貴な令嬢アンネマリーは、そんなの丸々すっ飛ばして一言退けと言った。

流石はアンネマリー様。最適の選択を見誤らない。
アリアドネは自身の判断力不足に恥じ入った。子爵家の在り方にまで言及する勢いだったので、なんだか子爵に申し訳なく思った。

「え?」

「殿下の先を塞いではなりません。」

「えっと、す、すみません、」

まあ、本当に大きな瞳。あんなに見開いては零れ落ちてしまうのでないかしら。え?なんでそこで涙を溜めてるの?何か悲しい事とかあったの?
アリアドネはふわふわファニーの移り変わる表情に驚いた。

ふわ髪ファニー嬢は、うるうると大きな瞳を潤ませた。翠色の瞳が湖みたいに燦いて、なんだかとっても可愛く見える。

「ちっ」

えっ?ヴィクトリア?

アリアドネの背後でヴィクトリアが小さく舌打ちを打った。

「堪えるんだ。」
ギルバートが彼女を制している。


「はは、良いよ。別に道が一つしか無い訳でもないからね。」

麗しのフランシス殿下はそう言うと、そっとアンネマリーの手を取った。

「行こう、マリー。」

そう言葉を掛けて、進路修正を図り目の前でうるうるしているふわ髪令嬢から距離を取った。

殿下が歩き出した事により、護衛を兼ねるギルバートが近衛騎士と交代する様に殿下の背後に付く。同時に斜め後方両脇と言う絶妙なポジションにハデスとブライアンが並んだ。

アリアドネ達もその後に続いて殿下とアンネマリーが教室に入るまで帯同する事になる。

「ねえマリー。気にしなくて良いよ。なんだか幼い頃に王立動物園で観た栗鼠に似てるじゃないか。」

「まあ、それなら私も一緒に観ましたわ。」
「可愛かったよね。君が欲しそうな顔をしたから、私はあの夜、城の裏の森に探しに出たんだが。」
「ええ、よく覚えておりますわ。護衛に見つかって王妃様から御目玉を頂戴したのよね。」
「ああ~そうだ、思い出した。何だか恥ずかしいな。」
「私は栗鼠より殿下が可愛いと思いましたのよ。」
「もう一回。」
「え?」
「もう一回言って?」
「ふふ。可愛い。」
「堪らない。」

堪らないのはこっちの方だ。

ふわ髪令嬢の事は瞬時に忘却の彼方へ放り投げたらしい二人が、朝の爽やかな校舎で惚気まくっているのを聞かされて、アリアドネはなんだ今日も平和だわ、と思った。

「わ、私も栗鼠が大好きです!」

後ろの方から鈴の音がとんでも無い事を喚く声にぎょっとしたが。



アリアドネは侯爵家の長子であったことから、幼い頃より大変厳しく教育を施されて来た。

フランシス殿下と同じ年に生まれたのは両親が狙いを定めたとしか思えないし、いざ生まれたなら殿下に近付けようと思っていたのに間違いない。

厳しい教育もその一環であったろう。事実それは良い結果を見たと言えるだろう。

何故なら、アリアドネはフランシス殿下並びにアンネマリーと同じクラスにいる。
それは、高等教育を施されたアリアドネが如何に優秀明晰な頭脳であるかを示していた。
学園のクラスは、純然たる成績順で編成されている。

ちなみに、ハデスにブライアン、パトリシアも同じクラスであった。
学力ばかりか生家の爵位もサラブレッドなハイソサエティー上流階級クラスなのである。

席も殿下とアンネマリーは隣り同士。
その後ろの席にはハデスとブライアンが座っている。

アリアドネは流石にクラスの席決めからは解放されて、一番後ろの窓際と言う超絶最高ポジションを獲得していた。

ここは三階であったから、窓からは王都の街並みに続く遠くの山並みまでよく見える。青い空まで続く風景を眺めるのがアリアドネは好きだった。

授業の間だけは、一人の令嬢としていられるのである。



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