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御者の隣にいた近衛騎士が馬車を飛び降り扉に向かって小さく一声掛けた。それから扉を開くとその奥に麗しい金色がちらりと見えた。

フランシス殿下が馬車を降りる。
朝の陽の光に金の髪が燦いて眩しい。濃い青の瞳が遠目にもはっきり分かる。

王国が誇る第一王子。昨年立太子したフランシス王太子殿下。
剣を扱うからと短髪にしているが、少し長めの前髪が風にふわりと靡いて、ただそれだけなのに麗しい。

その眩しく麗しい姿に、アリアドネは思わず目を細めてしまう。

ステップを降りたフランシス殿下がくるりと背を翻して手を差し出せば、馬車の中から白くほっそりとした手が伸ばされる。制服を着ていても分かる靭やかな細い腕、白魚の手。

公爵令嬢アンネマリーが降りて来る。
フランシス殿下に片手の指先をキュッと握り込まれて、ちょっと悪戯を仕掛けられたのが分かったらしく、アンネマリーがめっと言うようにフランシス殿下を小さく睨んだ。

殿下がそれに笑いを漏らしたのが纏う空気で見て取れた。

離れた所で一年生らしき令嬢達が小さくきゃあと声をあげた。彼女等ばかりでは無い。ここにも内心きゃあと言いながらうっとり眺める者がいる。誰とは言わない、自分である。


「「「お早う御座います。殿下。アンネマリー嬢」」」
「お早う、皆。」

発する言葉が同じ6文字でも、こんな麗しい所作に穏やかな声音で挨拶を返されるなら、こんなにも心は満たされるものなのだ。

側近候補とその婚約者、そして周りを囲む多くの生徒達が頭を垂れる。数名の新入生達がちらりと頭を上げて麗しいお二人を盗み見る。

これが学園の毎朝の光景であった。

ところがこの日は、毎朝には無い光景があった。

「すみません!私ったらうっかり遅くなってしまったの!」

鈴が転がる声と言うのは確かに聞くが、本当に鈴の様な声があるのだわ。

ふわふわの髪を靡かせた小さな物体が走り寄る。それと同時に鈴の音が響く。正しくは、鈴が転がる様な愛らしい声、である。

情報量が多過ぎて、アリアドネは何処に注力すべきか迷った。

王太子殿下の到着に僅かに遅れて、ほぼ同時に学園に現れる超絶妙なそのタイミングか。

ゆるゆるふわふわミルクティーブラウンの長い髪を朝日に輝かせ風に靡かせて、少し短めのスカートが捲れる勢いで走り込んで来たことか。

高貴な身分の貴人を前にして、許される前に思うがままに発言することか。

その声音が思いの外大きくて、背後の校舎に反響してビブラートを効かせる様に共鳴していることか。

それとも、

「殿下!お、お早うございます。あの、私、遅くなってしまいましたの。ごめんなさい!」

護衛する近衛騎士の脇をスルリと通り抜けて、直接殿下に遅刻の詫びを入れる事か。そこだけは違うと教えてあげたい。遅刻を詫びるなら殿下へではなく教師であるし、第一まだ遅刻の刻限ではない。

もし詫びねばならない事があるのだとすれば、それは登校が殿下の後になったなら、そのお姿が校舎に入るまで馬車の中で待つべきであった事だろう。

それから、殿下に好き勝手お声を掛けちゃ駄目だし、その前に走っちゃ駄目だし、その前にスカート丈が、ええい!定められた時刻に遅れて来るのではありません。

もう、遡れば全部駄目駄目である。
この方のガヴァネスは何を教えていたのかしら。この調子で自邸を出たのなら、使用人は何をしていたのかしら。お願いだから早く起こしてあげて頂戴。

もう、遡ると子爵家の家族構成や家業の運営方針にまで言及してしまいそうになる。


「あの馬車だわ。」

アリアドネの後ろでヴィクトリアが囁いた。

「私達の前を塞いでいた馬車よ。」

ヴィクトリアの視線の方向には、今まさに道を戻ろうとする馬車が見えた。
それが本当であるなら、彼女はとっくの疾うに学園前に着いていた事になる。



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