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ハデスと初めて会ったのは学園に入学する前年、互いに十五歳の年であった。

まだ少年の面影が残るハデスは、当時から美しい青年だった。漆黒の髪が緩くうねって、それを肩に付かぬ程度に切り揃えている。淡く薄い翠の瞳が綺麗だと思った。

初見の席であったから、真正面から見つめる事は出来なかったが、挨拶を交わした際に見た彼の瞳はとても美しかった。淡い色合いに僅かに榛を帯びた深みがあった。

宝石のようだわ。

自身も鮮やかなサファイア色の瞳が侍女等からは美しいと言われていたが、ハデスと並べばアリアドネなど比べられるものでは無い。

釣書で既に殆どの情報は知っていたから、初めから改めて確認する事などお互い殆ど無かった。宜しくお願い致します。この一言が、アリアドネがまともに話した最も長い言葉であったろう。

ハデス様はこの婚約が不服なのだわ。

それが彼から受けた第一印象であった。そしてそれは会合が終わるまで覆ることは無かった。

正直なところ、彼の距離を置いた姿勢にアリアドネは少なからず気落ちした。

どうやらハデスはアリアドネに不服を感じているらしい。
それが柔らかな少女の心を傷付けたのは確かであった。

アリアドネ自身、きちんと笑えていたか定かではない。
ハデスからは初めから表情の無い顔を向けられて、動揺したのを憶えている。

美しい肖像画と向き合うのだから、会話が無くて当然だろう。今ならそんな風に流して考えられる。
彼は美しいだけの肖像である。言葉も通わなければ心も通い合うことなど無い。それはこれまでもこれからも変わることは無い。


初めて二人で会ったのは、ハデスの生家であるグラントン侯爵邸での茶会であった。
婚約は親同士で既に決められていたから、後は二人が心を近づける為にと母達が用意してくれた席だったのだろう。

ハデスはいつだって言葉も感情も示してはくれないが、だからといって無礼な人物ではない。それは婚約当初からそうで、初めての二人きりの茶会でも、間違ってもお前の事は好みではないだとか、この婚約を無しにしたいとか、そんな子供地味た無礼な悪態は付かなかった。

ただ、楽しくもない、嬉しくもない、そんな感情の無い表情を貫いて、アリアドネとの会合に髪の毛の先ほどの喜びも示さなかった、それだけなのである。

だが、一貫して彼はアリアドネを名呼びした。初めの挨拶をして、どの時点からか、彼は「アリアドネ」と名前で呼ぶようになっていた。アリアドネ嬢などと呼ばれた記憶が無い。
ちなみにアリアドネは、今だにハデス様と呼んでいる。


茶会の席で、アンネマリーらがファニー嬢の奇っ怪な行動について話しているのに耳を傾けながら、アリアドネはハデスと演劇を観に行った日の事を思い出していた。

その日は初めて二人で街へ出た日であった。
ハデスは約束の時刻通りに邸まで迎えに来てくれた。
弟も一緒に出迎えたのだが、そこでハデスは硬い表情を和らげたのである。アリアドネへではない。弟ヘンドリックに対してであった。

それは哀しい衝撃であった。
彼はちゃんと感情を示せるのだ。
友愛の表情も出せるのだ。なんなら挨拶に二言三言を足して、軽い会話も出来るのだ。
そうして、そんな気安さを示さないのは、アリアドネが知る限り、婚約者であるアリアドネに対してだけなのだ。

観劇に行く途中の馬車内でも、劇場に着いてからも、演劇を観る間も、アリアドネはその哀しい衝撃から立ち直れなかった。

元々会話らしい会話の無い二人であったから、そんなアリアドネの沈んだ心にハデスはきっと気付かなかっただろう。


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