13 / 24
【13】
しおりを挟む
すっかり拗らせてしまった夏風邪が漸く癒えて、オーガストにも日常が戻った。ルイーザがいないのだから、本当の意味での日常ではない。
料理長がルイーザのレシピだと言ってミルク粥を作ったのも完食した。夜は相変わらず夫妻の寝室を使う気にならず、見兼ねた執事が執務室に簡易ベッドを持ち込んだ。そんな事をせずとも自室には寝台はあるのだが、どうせ執務室に籠もる気だろうと見抜かれている。これにてソファーに雑魚寝するのは厳禁とされた。
朝食を食べる気が起こらず珈琲を頼もうとすると、執事が粥を持って来た。
「食欲は無いんだがな。」
「子供の様な我が儘を仰らないので下さい。ルイーザ様がいらしたら叱られますよ。」
叱れるなら叱って欲しいと思う。だが彼女はここにはいない。
「それから、ルイーザ様よりお葉書が届いております。」
「それを先に言え。」
「葉書の速達を初めて見ました。」
「葉書の速達?そんな事が出来るのか?」
「普通は出来ませんし、そもそもしません。」
訝しく思いながら葉書を受け取る。
「これをルイーザが?」
薄桃色の葉書は絵葉書で、裏面は一面花模様、表側にも四隅に花弁模様が描かれている。そこに色鮮やかなローズ色のインクで文字が綴られていた。
「目が痛くなる色だな。」
それはオーガストの照れ隠しである。こちらを見下ろす執事の視線から葉書を隠す。ここに来るまで執事も読んだだろうから無駄な足掻きであるが。
「粥は食べる。置いて行ってくれ。」
執事を追い払って、再び葉書に目を移した。
「ピンク色だ。」
いつも落ち着いた色合いを好むルイーザが、こんな甘やかな葉書をくれるだなんて。
「葉書を速達?本当に出来るんだな。」
出来ないけれど、やってのけたルイーザである。葉書には、確かに真っ赤なインクで[速達]とスタンプが押されている。
「ふっ、どこもかしこもピンク色だ。」
吹き出した小さな笑いは、久し振りの笑いだった。それにオーガストは気が付いていない。
『旦那様、お元気なの?私は元気です。』
「はは、なんで疑問形なんだ?」
ルイーザの流麗な文体で綴られた文を読み、オーガストは笑い声を漏らした。
ルイーザはもしかしたら、こんな可愛らしいものが好きなのかもしれない。
「可愛いものか。可愛いものってなんなんだ?」
可愛いものに無縁で生きて来た朴念仁には、可愛いものが思い浮かばない。
「こんな葉書が好きなのか。」
ふむ。と少し考えて、また文具店を覗いてみようかと考える。
「君は元気なんだな?ルイーザ。」
便りが無いのは無事な証拠とは言うが、こんな可愛らしい便りをくれる妻は、きっと元気でいるのだろう。
オーガストの妻になった事で、彼女には背負わせずとも良いものを背負わせて来た。無理をしているのも背伸びをしているのも、何より一所懸命に励んでいるのも知っている。
知っていながら、上手く言えなかった。
「君に会ったら伝えるよ。」
今度は間違えないとオーガストは思った。
「これくらいで足りるかしら。」
大量のガラス瓶を前にルイーザは考える。
「大丈夫ですよ。これだけあればルイーザ様が王都へお帰りになるまでは保ちます。」
「そう?」
ジェイムズが大丈夫と言う事は大抵大丈夫なので信用している。
「美味し過ぎて足りなくなるかも。」
「確かに、その可能性はございますね。」
「でしょう?ヘレン。やっぱりもう少し追加しましょう。」
大量のガラス瓶を木箱に詰める。瓶の中身はジャムである。
あれからルイーザは、暇に飽かせてブラックベリーを只管摘んだ。自動的にジェイムズとヘレンも駆り出されて、三人で木苺摘みに勤しんだ。お陰で日に焼けたほっぺが赤い。
摘んだ木苺はマーサが大鍋で煮てジャムにした。日持ちするようしっかり火を入れ砂糖も心もち多めにした。
ジャム瓶を収納して木箱の蓋を閉める前に、
「貴女達は美味しいジャムよ。美味しく旦那様の所へ届くのよ。さあ、行ってらっしゃい。」
と、ルイーザは謎の呪文を囁いた。
ずっしり重い木箱をジェイムズが抱えて馬車に積む。それから街の郵便局へ向かった。例の局員はすっかりルイーザを憶えてくれて、ぶんっと勢いのある礼をした。
「これを王都にお願いするわ。こわれもの注意の取扱注意よ。横倒しも上積みも要注意。優しいお取扱いでお願い出来るかしら。」
「お任せ下さい。街の郵便局の名に掛けて、必ずや王都にお届けします。」
郵便局員の瞳に決意の色が見えて、「宜しく頼むわね」とルイーザは言葉を掛けた。
「ああ、それと。」
思い出したようにルイーザは手持ち袋をゴソゴソ探る。
「これは貴方へ差し入れよ。先日はお世話になったわね。」
葉書の速達化に尽力した彼へガラス瓶を手渡した。
「うちのマーサが作ったの。木苺のジャムよ。美味しいから食べてね。」
「あ、有難うございます!!」
マーサって誰だ?と思うも、出来る局員はそんな事は聞かない。例の如く半身で風を切って礼をした。
頬にほんのり日焼けの跡が残る麗しい貴族夫人の微笑みに、郵便局員は今日の事を生涯決して忘れるまいと思った。これから何通だって葉書を速達でお送りしようと心に誓った。
料理長がルイーザのレシピだと言ってミルク粥を作ったのも完食した。夜は相変わらず夫妻の寝室を使う気にならず、見兼ねた執事が執務室に簡易ベッドを持ち込んだ。そんな事をせずとも自室には寝台はあるのだが、どうせ執務室に籠もる気だろうと見抜かれている。これにてソファーに雑魚寝するのは厳禁とされた。
朝食を食べる気が起こらず珈琲を頼もうとすると、執事が粥を持って来た。
「食欲は無いんだがな。」
「子供の様な我が儘を仰らないので下さい。ルイーザ様がいらしたら叱られますよ。」
叱れるなら叱って欲しいと思う。だが彼女はここにはいない。
「それから、ルイーザ様よりお葉書が届いております。」
「それを先に言え。」
「葉書の速達を初めて見ました。」
「葉書の速達?そんな事が出来るのか?」
「普通は出来ませんし、そもそもしません。」
訝しく思いながら葉書を受け取る。
「これをルイーザが?」
薄桃色の葉書は絵葉書で、裏面は一面花模様、表側にも四隅に花弁模様が描かれている。そこに色鮮やかなローズ色のインクで文字が綴られていた。
「目が痛くなる色だな。」
それはオーガストの照れ隠しである。こちらを見下ろす執事の視線から葉書を隠す。ここに来るまで執事も読んだだろうから無駄な足掻きであるが。
「粥は食べる。置いて行ってくれ。」
執事を追い払って、再び葉書に目を移した。
「ピンク色だ。」
いつも落ち着いた色合いを好むルイーザが、こんな甘やかな葉書をくれるだなんて。
「葉書を速達?本当に出来るんだな。」
出来ないけれど、やってのけたルイーザである。葉書には、確かに真っ赤なインクで[速達]とスタンプが押されている。
「ふっ、どこもかしこもピンク色だ。」
吹き出した小さな笑いは、久し振りの笑いだった。それにオーガストは気が付いていない。
『旦那様、お元気なの?私は元気です。』
「はは、なんで疑問形なんだ?」
ルイーザの流麗な文体で綴られた文を読み、オーガストは笑い声を漏らした。
ルイーザはもしかしたら、こんな可愛らしいものが好きなのかもしれない。
「可愛いものか。可愛いものってなんなんだ?」
可愛いものに無縁で生きて来た朴念仁には、可愛いものが思い浮かばない。
「こんな葉書が好きなのか。」
ふむ。と少し考えて、また文具店を覗いてみようかと考える。
「君は元気なんだな?ルイーザ。」
便りが無いのは無事な証拠とは言うが、こんな可愛らしい便りをくれる妻は、きっと元気でいるのだろう。
オーガストの妻になった事で、彼女には背負わせずとも良いものを背負わせて来た。無理をしているのも背伸びをしているのも、何より一所懸命に励んでいるのも知っている。
知っていながら、上手く言えなかった。
「君に会ったら伝えるよ。」
今度は間違えないとオーガストは思った。
「これくらいで足りるかしら。」
大量のガラス瓶を前にルイーザは考える。
「大丈夫ですよ。これだけあればルイーザ様が王都へお帰りになるまでは保ちます。」
「そう?」
ジェイムズが大丈夫と言う事は大抵大丈夫なので信用している。
「美味し過ぎて足りなくなるかも。」
「確かに、その可能性はございますね。」
「でしょう?ヘレン。やっぱりもう少し追加しましょう。」
大量のガラス瓶を木箱に詰める。瓶の中身はジャムである。
あれからルイーザは、暇に飽かせてブラックベリーを只管摘んだ。自動的にジェイムズとヘレンも駆り出されて、三人で木苺摘みに勤しんだ。お陰で日に焼けたほっぺが赤い。
摘んだ木苺はマーサが大鍋で煮てジャムにした。日持ちするようしっかり火を入れ砂糖も心もち多めにした。
ジャム瓶を収納して木箱の蓋を閉める前に、
「貴女達は美味しいジャムよ。美味しく旦那様の所へ届くのよ。さあ、行ってらっしゃい。」
と、ルイーザは謎の呪文を囁いた。
ずっしり重い木箱をジェイムズが抱えて馬車に積む。それから街の郵便局へ向かった。例の局員はすっかりルイーザを憶えてくれて、ぶんっと勢いのある礼をした。
「これを王都にお願いするわ。こわれもの注意の取扱注意よ。横倒しも上積みも要注意。優しいお取扱いでお願い出来るかしら。」
「お任せ下さい。街の郵便局の名に掛けて、必ずや王都にお届けします。」
郵便局員の瞳に決意の色が見えて、「宜しく頼むわね」とルイーザは言葉を掛けた。
「ああ、それと。」
思い出したようにルイーザは手持ち袋をゴソゴソ探る。
「これは貴方へ差し入れよ。先日はお世話になったわね。」
葉書の速達化に尽力した彼へガラス瓶を手渡した。
「うちのマーサが作ったの。木苺のジャムよ。美味しいから食べてね。」
「あ、有難うございます!!」
マーサって誰だ?と思うも、出来る局員はそんな事は聞かない。例の如く半身で風を切って礼をした。
頬にほんのり日焼けの跡が残る麗しい貴族夫人の微笑みに、郵便局員は今日の事を生涯決して忘れるまいと思った。これから何通だって葉書を速達でお送りしようと心に誓った。
3,198
お気に入りに追加
4,147
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ジルの身の丈
ひづき
恋愛
ジルは貴族の屋敷で働く下女だ。
身の程、相応、身の丈といった言葉を常に考えている真面目なジル。
ある日同僚が旦那様と不倫して、奥様が突然死。
同僚が後妻に収まった途端、突然解雇され、ジルは途方に暮れた。
そこに現れたのは亡くなった奥様の弟君で───
※悩んだ末取り敢えず恋愛カテゴリに入れましたが、恋愛色は薄めです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
アリーチェ・オランジュ夫人の幸せな政略結婚
里見しおん
恋愛
「私のジーナにした仕打ち、許し難い! 婚約破棄だ!」
なーんて抜かしやがった婚約者様と、本日結婚しました。
アリーチェ・オランジュ夫人の結婚生活のお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
勝手に勘違いして、婚約破棄したあなたが悪い
猿喰 森繁
恋愛
「アリシア。婚約破棄をしてほしい」
「婚約破棄…ですか」
「君と僕とでは、やはり身分が違いすぎるんだ」
「やっぱり上流階級の人間は、上流階級同士でくっつくべきだと思うの。あなたもそう思わない?」
「はぁ…」
なんと返したら良いのか。
私の家は、一代貴族と言われている。いわゆる平民からの成り上がりである。
そんなわけで、没落貴族の息子と政略結婚ならぬ政略婚約をしていたが、その相手から婚約破棄をされてしまった。
理由は、私の家が事業に失敗して、莫大な借金を抱えてしまったからというものだった。
もちろん、そんなのは誰かが飛ばした噂でしかない。
それを律儀に信じてしまったというわけだ。
金の切れ目が縁の切れ目って、本当なのね。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。
「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」
私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】
青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。
婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。
そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。
それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。
ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。
*別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。
*約2万字の短編です。
*完結しています。
*11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~
アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる