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「まあ、ソフィア。顔が赤いわ、大丈夫?」
上の姉が心配げに覗き込む。
「だ、大丈夫よ、お姉様。」
「可哀想に。疲れているのね。学園の授業に加えて王妃教育も受けているのですもの。」
可哀想に、と姉はソフィアの頬を両手で包んだ。
ぼっ。
音がしたかもしれない。
頬が赤く染まって行くのが自分でも分かる。ほっぺを持ち上げられて、昼間のローレンがフラッシュバックする。
「まあ!熱があるじゃない!」
誰か、医者を手配して!と姉が命ずるのを手で制す。
「お姉様、大丈夫よ、ちょっと疲れただけなの。今日はもう休むわ!」
最後の辺りは声が上ずってしまった。
あれよあれよと言う間に寝間着に着替えさせられて、半ば強制的に温かなミルクを飲まされて、ごろんと寝台に転がされた。
「辛ければ明日の学園はお休みするのよ。」
姉は重ね重ねソフィアを案じ部屋を出た。
と、思ったら下の姉が入って来て、ミルクは飲んだか横になっとれ「辛ければ明日の学園はお休みするのよ。」と同じ事を言う。
と、思ったら兄が部屋に入って来て以下同文。
ソフィアの身体を心配する兄姉が休む間もなく様子を観に来るので、文字通り休む間はなかった。
騒々しい兄姉達のお蔭で気が外(そ)れた。
でなければ、ローレンのく、く、く、
くぅ~!
ローレン様ってば、あんな事をなさるなんて!
は、人生初めての口付けだった!
青く澄んだサファイアの瞳に自分の顔が映っていた。それが近づいてきたと思ったら、や、や、柔らか~~
もう、駄目である。
豪胆なソフィアは、その内側は柔で初心(うぶ)な乙女であった。ローレンから与えられた口付けに、すっかりメロメロメロウと酔ってしまった。
ソフィアがへろへろなのに気付いたローレンがそのまま抱き上げて、馬車まで運ぶと云う珍事まで引き起こしてしまった。
今頃は、王城にいる父の耳にも入っている事だろう。
なんて危険な男なの!
美しいだけでも罪なのに、あの台詞と来たら!
あれって、小説か何かの台詞なのかしら?
それとも御芝居の役者の台詞?
ローレン渾身の告白は、初心な上に鈍感なソフィアには、ローレンが婚約者に気を使って場を盛り上げる為に、物語の名場面を踏襲したものだと思った。
哀れ、ローレン。
お馬鹿、ソフィア。
広くて温かな胸板に顔を埋めた。
スパイシーな香りが鼻腔を擽って、ローレンの香りなのだと分かった。
抱き締められて、大きな掌がソフィアの頭を包み込んだまま、やわやわとの髪を梳くのを、幼子の様に為すがままに任せていた。
ぽかぽかと胸が温まる。
ローレンはソフィアを信用していると言った。その言葉が胸の内を明るく照らす。
貴方が私を信じて欲する限り、私は全身全霊で貴方にお仕えします。
頬の熱が引かぬまま、毛布に包まり横たわり、そのまま寝入ってしまったソフィア。
今夜はきっと、良い夢を見たことだろう。
晩餐の席で、父の話に激昂した兄が東洋で言うところの卓袱台(ちゃぶだい)返しをしようとして、ディナーテーブルが重すぎて失敗したのを知らないのだから。
「し、失礼しました!」
「いえ、」
ソフィアは思わず詫びてしまう。
何故かしら、上手くいかない。
ソフィアはダンスの稽古中である。
ルイの婚約者候補であった時から、王城の講師の下でダンスを習ってきた。そこそこ上達した筈が、先程からお相手の足を踏んでしまう。
ルイが留学してからは、代理だと言って当時王太子であったローレンがお相手を務めてくれた事もあった。
王子達相手でも、足を踏むなどという端(はした)ない失敗など一度も無かった。
ローレンは多忙を極める。
睡眠を削ることを、ソフィアが婚約者となってからはローレンにも周囲の文官達にも極力止めさせている。良好なパフォーマンスは良質の睡眠から、である。
しかしながら、時間は有限。ソフィアがダンスの稽古をする時に、パートナーとなってくれたローレンには、そんな時間こそ寝て欲しい。
であるから、ソフィアはローレンにそのままを伝えて、代わりに近衛騎士がお相手を務めているのだか、それからソフィアは駄目駄目なのだ。
どうしても、どんなに気を付けても足を踏んでしまう。
騎士との相性が悪いのだろうかと、別の騎士をお願いしても結果は同じであった。
どうしましょう。何故か分からないけれど、ダンスが下手になってしまった。
講師に聞いてもウニャムニャとはっきりしない。
騎士とすり合わせようとしても、彼らはひたすら視線を前方に向けて、ソフィアとは目も合わせない。
き、嫌われてる?
なんだかしょんぼりするソフィア。
そこで、ん?と気が付いた。
気配を感じる。何だろう、この刺すような視線。野獣?野獣なのか?
そぉ~っと辺りを窺い見る。
!!
真逆であった。ここにいてはいけないお人が、今は微睡みの中にあるお人が、確かにあそこにいらっしゃる。
その御身体は柱の陰で見えはしない。
けれども、彼の発する隠しきれないゴールドな気配が気迫が存在感が、ダンスホールに漏れ出している。
「ローレン様、貴方はここにいてはいけない方ですよね。」
「やあ、ソフィア。良い天気だね。」
競歩並みの速さで柱の陰にいるローレンの下へ行ってみれば、あれ程身体を休めて欲しいと願った筈であるのに、えへらえへらと。
「そんな可愛い顔で睨まれても、仔猫にしか見えないよ。」
「しゃーっ」
「ぶっ」
思わず吹き出してしまったローレン。
「ローレン様、一体何をなさっているの?」
シトリンの瞳に嘘は付けない。
国王陛下をじりじり追い詰めるソフィアの後ろ姿を、近衛騎士も講師も青くなって見つめていた。
上の姉が心配げに覗き込む。
「だ、大丈夫よ、お姉様。」
「可哀想に。疲れているのね。学園の授業に加えて王妃教育も受けているのですもの。」
可哀想に、と姉はソフィアの頬を両手で包んだ。
ぼっ。
音がしたかもしれない。
頬が赤く染まって行くのが自分でも分かる。ほっぺを持ち上げられて、昼間のローレンがフラッシュバックする。
「まあ!熱があるじゃない!」
誰か、医者を手配して!と姉が命ずるのを手で制す。
「お姉様、大丈夫よ、ちょっと疲れただけなの。今日はもう休むわ!」
最後の辺りは声が上ずってしまった。
あれよあれよと言う間に寝間着に着替えさせられて、半ば強制的に温かなミルクを飲まされて、ごろんと寝台に転がされた。
「辛ければ明日の学園はお休みするのよ。」
姉は重ね重ねソフィアを案じ部屋を出た。
と、思ったら下の姉が入って来て、ミルクは飲んだか横になっとれ「辛ければ明日の学園はお休みするのよ。」と同じ事を言う。
と、思ったら兄が部屋に入って来て以下同文。
ソフィアの身体を心配する兄姉が休む間もなく様子を観に来るので、文字通り休む間はなかった。
騒々しい兄姉達のお蔭で気が外(そ)れた。
でなければ、ローレンのく、く、く、
くぅ~!
ローレン様ってば、あんな事をなさるなんて!
は、人生初めての口付けだった!
青く澄んだサファイアの瞳に自分の顔が映っていた。それが近づいてきたと思ったら、や、や、柔らか~~
もう、駄目である。
豪胆なソフィアは、その内側は柔で初心(うぶ)な乙女であった。ローレンから与えられた口付けに、すっかりメロメロメロウと酔ってしまった。
ソフィアがへろへろなのに気付いたローレンがそのまま抱き上げて、馬車まで運ぶと云う珍事まで引き起こしてしまった。
今頃は、王城にいる父の耳にも入っている事だろう。
なんて危険な男なの!
美しいだけでも罪なのに、あの台詞と来たら!
あれって、小説か何かの台詞なのかしら?
それとも御芝居の役者の台詞?
ローレン渾身の告白は、初心な上に鈍感なソフィアには、ローレンが婚約者に気を使って場を盛り上げる為に、物語の名場面を踏襲したものだと思った。
哀れ、ローレン。
お馬鹿、ソフィア。
広くて温かな胸板に顔を埋めた。
スパイシーな香りが鼻腔を擽って、ローレンの香りなのだと分かった。
抱き締められて、大きな掌がソフィアの頭を包み込んだまま、やわやわとの髪を梳くのを、幼子の様に為すがままに任せていた。
ぽかぽかと胸が温まる。
ローレンはソフィアを信用していると言った。その言葉が胸の内を明るく照らす。
貴方が私を信じて欲する限り、私は全身全霊で貴方にお仕えします。
頬の熱が引かぬまま、毛布に包まり横たわり、そのまま寝入ってしまったソフィア。
今夜はきっと、良い夢を見たことだろう。
晩餐の席で、父の話に激昂した兄が東洋で言うところの卓袱台(ちゃぶだい)返しをしようとして、ディナーテーブルが重すぎて失敗したのを知らないのだから。
「し、失礼しました!」
「いえ、」
ソフィアは思わず詫びてしまう。
何故かしら、上手くいかない。
ソフィアはダンスの稽古中である。
ルイの婚約者候補であった時から、王城の講師の下でダンスを習ってきた。そこそこ上達した筈が、先程からお相手の足を踏んでしまう。
ルイが留学してからは、代理だと言って当時王太子であったローレンがお相手を務めてくれた事もあった。
王子達相手でも、足を踏むなどという端(はした)ない失敗など一度も無かった。
ローレンは多忙を極める。
睡眠を削ることを、ソフィアが婚約者となってからはローレンにも周囲の文官達にも極力止めさせている。良好なパフォーマンスは良質の睡眠から、である。
しかしながら、時間は有限。ソフィアがダンスの稽古をする時に、パートナーとなってくれたローレンには、そんな時間こそ寝て欲しい。
であるから、ソフィアはローレンにそのままを伝えて、代わりに近衛騎士がお相手を務めているのだか、それからソフィアは駄目駄目なのだ。
どうしても、どんなに気を付けても足を踏んでしまう。
騎士との相性が悪いのだろうかと、別の騎士をお願いしても結果は同じであった。
どうしましょう。何故か分からないけれど、ダンスが下手になってしまった。
講師に聞いてもウニャムニャとはっきりしない。
騎士とすり合わせようとしても、彼らはひたすら視線を前方に向けて、ソフィアとは目も合わせない。
き、嫌われてる?
なんだかしょんぼりするソフィア。
そこで、ん?と気が付いた。
気配を感じる。何だろう、この刺すような視線。野獣?野獣なのか?
そぉ~っと辺りを窺い見る。
!!
真逆であった。ここにいてはいけないお人が、今は微睡みの中にあるお人が、確かにあそこにいらっしゃる。
その御身体は柱の陰で見えはしない。
けれども、彼の発する隠しきれないゴールドな気配が気迫が存在感が、ダンスホールに漏れ出している。
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「そんな可愛い顔で睨まれても、仔猫にしか見えないよ。」
「しゃーっ」
「ぶっ」
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