ソフィアの選択

桃井すもも

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邸に戻ってからも、ソフィアは今日ローレンから明かされたばかりの話を消化し切れずにいた。

ソフィアの様子が可怪しい事を、兄姉ばかりでなく両親さえも気付いたようだ。ああ見えて時勢を読む能力に長けている父には、最近の王家の動きに何か思うところがあったのかもしれない。

気にする風であるのに聞いてこないのは、それが迂闊に耳にしてはならない内容であることを察しているからだろう。

「ソフィア、大丈夫か?」
兄は優しい。何があったとは聞けずとも、ソフィアの心が耐えられるのかを案じている。

「お兄様。」
眉が下がるソフィアを、同じ様に眉を下げる兄が優しく見つめる。

せめて兄には話しておきたい。この家は、これから起こる王家の騒動の渦中に入るのだろうから。

ローレンからは口止めをされなかった。
それはソフィアの判断に任せるという意味なのか。逡巡していたソフィアは晩餐の後、漸く兄に声を掛けた。

兄にも婚約者がおり、二年後には婚姻式を控えている。父は良い頃合いで家督を譲るつもりだろうし、そうなれば国勢の変革を、兄は侯爵家当主として受け入れなければならない。

「私が耳にして良い事を話すんだよ。」
ほら、兄はやっぱり解っている。

「どこまでお話して良いのか、私にも分からないの。」
珍しく弱気のソフィア。兄が大きくて温かな両の手で、俯くソフィアの頬をそっと包む。そのままやんわり持ち上げて視線を合わせ、大丈夫だと頷いてくれた。

結局ソフィアは、ローレンから聞いた話の殆どを兄に話した。言葉を選び言い間違えの無いように気を付けながら、話して聞かせた。

ルイと隣国王女の婚姻については、他の婚約者候補も、なんならダンスの講師も聞いている。当然、王家の血を引く公爵家には令嬢達は聞いたそのままを伝えた筈である。

だが、アマンダと王家の関わりやルイの置かれた状況、ローレンによる王位簒奪などという大事についてを知らされたのは、あの日はソフィア一人であった。

今、それを知るのは多分、限りなくローレンの側にあり且つローレンの信頼を得ている者だけだろう。話を聞かされたソフィアがそこに含まれるのかは、ソフィア自身には判断できない。


政(まつりごと)に疎いソフィアには理解が及ばずとも、兄には正しく伝わったらしい。

「我が侯爵家はローレン国王陛下の誕生を祝福する。」
兄はそう言った。

あと数ヶ月でローレンは学園を卒業する。
しかし、まだ若く未熟な青年王族である。

兄の表情から、陛下の御代に於いてはこれまでも、的を外れた判断や見誤まりが幾つかあったのではないかと考えられた。
その尻拭いをして帳尻を合わせて来たのが貴族達であったのだとしたら、その貴族達は果たして誰を担ぐのか。


その考えがあながち誤ってはいなかったと云う事を、ソフィアは間もなく知る。

ルイと隣国王女との婚約が正式に発表された。それに伴いローレンの婚約者が選定される事も併せて公表された。
アナスタシアは婚約者候補から外され、そこにすかさずアダムは再婚約を申し入れた。

この国は十六歳で成人を迎える。
アダムとアナスタシアは、既にその年齢に達している。

驚く事に二人は、成人したばかりの未だ学園に在席する身で、婚約すると間を置かずに婚姻をしたのである。

両家とも共に古くから王国の歴史に名を残す名家である。それを限られた親族のみが見守る中で神殿に於いて厳かな婚姻式が執り行われた。貴族達へのお披露目式は催されなかった。
そして、婚姻式に賓客として招かれたのは、ローレン王太子殿下の侍従唯一人であった。

アダムはアナスタシアを妻に迎えて、自らの手の内で彼女を守る事を決めたのだろう。
国内の情勢がきな臭くなる前に、彼女を得て二度と離すまいと誓ったのだろう。

限りなくローレンに近いアダムの身に何が起こっても、全てを夫婦として受け入れることを、人生を共に歩む覚悟を決めたに違いない。

考えようによっては残酷な話である。
アダムに関わらなければアナスタシアにもその生家にも危険は及ばないのを、そうはしなかった。学生の身分で未だ年若であるのを、敢えて婚姻に至った。
そうしてその二人の覚悟を、両侯爵家は受け入れたのである。



秋の夜の空気は、夏の喧騒を忘れた様に澄み渡っていた。
虫の音だけが響いて聞こえる星の綺麗な夜である。

星の瞬く夜空を見上げてソフィアは、ローレンがどうか無事であります様に、企てが滞りなく成せます様にと、そんなあってはならない無謀な事を知らず知らずのうちに祈っていた。

どうしてそれ程までにローレンに肩入れしているのかを思い至らずにいる。



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