16 / 32
【16】
しおりを挟む
ローレンの指差す場所を見て、ソフィアは真っ赤に逆上せ上がった。
そ、そ、そんな、で、殿下のそんなとこを指差されるままに視線を向けてしまった!
そんな場所を確かめるだなんて、い、致さなければ無理なのでは?
「君の思っている通りだよ。陛下は私に命ずる事はなさらなかった。王太子を汚したくは無かったのだろう。私であれば、もっと違う方法で確かめられたのを。陛下の退位は早めなければね。判断がぶれ過ぎだ。
ルイは素直な子だよ。命じられた通りにしたまでだ。陛下が自分を軽んじている事を薄々気付いて、何とか成果を見せようと命じられた様に彼女に接近し、そう云う関係を持った。筆下ろしも未だであったのに。閨の教育も済まない内に。
可哀想な事をしたよ。ルイはそんな事を考えずとも良かったんだ。まあ、王族に汚れ仕事は日常だ。君も私の本質を知ったなら、きっと心底忌み嫌う事だろう。
結果を言えば痣は無かった。アマンダの母は祖父の子ではなく、別の種であったのだよ。
祖父も祖父なら女官も女官だ。祖父以外からも種を貰い受けていた。当時の近衛の一人にあの特徴的な髪色と瞳の兵士がいたらしい。
女官は孕むと早々に職を辞した。兵士の子を何処かで産み落としたのを祖父は追っていた。
では何故、初めから髪色で分からなかったか?
アマンダの母は女官に似て、ブルネットに榛の瞳であった。王家の色も兵士の色も、どちらも引き継いではいなかった。
であれば早々に、拐ってでも痣を確かめていたなら今頃ルイの苦悩は生じてはいなかったよ。祖父は初動も出遅れその後の判断も見誤った。
痣の見分けは王族にしか出来ない。
王家の色すら持ち合わせてはいないのに、痣など在る筈もないと主張する祖母に祖父は反論出来ず、まだ成人前の陛下には女の相手は無理であった。
そうやって王家が手を拱く内に、早熟な娘はアマンダを孕んで産み落とした。兵士そっくりのあの髪色と瞳は隔世遺伝なのだろう。
それより、アマンダがあれ程はっきりと兵士の特徴を引継いでいるのに、陛下はそれで終いとはしなかった。最後の最後、決め手となる確たる証が欲しかった。それで愚かな手法を選んだ。
お陰でアマンダから恋人になったと思われたルイは、要らぬ苦労を背負い込んだ。尻の軽い庶子にうつつを抜かしていると酷い噂を立てられた。
折角、気になる女の子が婚約者候補に選ばれたのに、噂のせいでその子に嫌われていると悩んでいたよ。アマンダは、その子を敵対視し始めて、あろう事か窃盗の罪まで擦り付けようとした。」
え?え?真逆それは?
「ソフィア嬢、ルイは君を好いていた。このまま何も無ければ、妃は君に決まっていた。」
「これだけは分かって欲しい。ルイは好き好んでアマンダと関係を持ったのでは無い。残念ながら、その方法しか考えられなかった。悲しい事にね。
だから、ルイを隣国ヘ留学をさせた。あの見目だから必ず王女の目に留まる。王女は私より優しげな風貌のルイがお好みなんだよ。
結局、私もルイを追い詰めたのかな。こうなる事が分かって行かせたからね。
けれども、この国にいるよりもルイにとっては幸せなのではないかな。
ソフィア、私はね。陛下から王位を奪おうと思っている。そうなれば国は暫く荒れるだろう。そんな国の姿を見ずに済むのなら、ルイには隣国で生きる道を開いてやりたい。」
秋の日が落ちるのは早い。
落日の夕日が王太子の頬に濃い影をつくって、その表情を曇らせて見せている。
こんな事を聞いてしまって良いのだろうか。
この国の未来はどうなるの?
秋風の冷ややかさとは違う寒さを覚えて、ソフィアはぶるりと身震いをした。
王太子のほんの少し後ろに付いて、王宮の長い回廊を歩く。ローレンが馬車留まで送って行くと言ったから。
荘厳で麗美な宮殿である。それが近い将来、血を見るかもしれない。平和ボケしていた自分が恥ずかしい。
女の影があるからと、嫌だ嫌いだと喚く自分のなんと幼稚で無知な事か。
二歳しか歳の違わない、まだ学生の身である王太子の覚悟を知って、それさえほんの一端に過ぎないが、ソフィアはすっかり恥じ入った。
方法は間違えてしまったかもしれないが、ルイもまた王族としての覚悟を持っていたのだろう。
いつか会える日が来るのなら、誤解をした事を、傷付けてしまった事を、誠心誠意謝りたいと思った。
結局あの後アマンダは、男爵家から放逐されて学園も退学させられた。
その後は暗部の手の内だろう。彼女が王家の血筋で無ければ害にしかならない。
あちこちでルイとの関係を面白可笑しく吹聴されて困るのは王家なのだ。
そう思うとアマンダも報われない。
結局みんな王家の勝手に振り回されていたのだから。
そ、そ、そんな、で、殿下のそんなとこを指差されるままに視線を向けてしまった!
そんな場所を確かめるだなんて、い、致さなければ無理なのでは?
「君の思っている通りだよ。陛下は私に命ずる事はなさらなかった。王太子を汚したくは無かったのだろう。私であれば、もっと違う方法で確かめられたのを。陛下の退位は早めなければね。判断がぶれ過ぎだ。
ルイは素直な子だよ。命じられた通りにしたまでだ。陛下が自分を軽んじている事を薄々気付いて、何とか成果を見せようと命じられた様に彼女に接近し、そう云う関係を持った。筆下ろしも未だであったのに。閨の教育も済まない内に。
可哀想な事をしたよ。ルイはそんな事を考えずとも良かったんだ。まあ、王族に汚れ仕事は日常だ。君も私の本質を知ったなら、きっと心底忌み嫌う事だろう。
結果を言えば痣は無かった。アマンダの母は祖父の子ではなく、別の種であったのだよ。
祖父も祖父なら女官も女官だ。祖父以外からも種を貰い受けていた。当時の近衛の一人にあの特徴的な髪色と瞳の兵士がいたらしい。
女官は孕むと早々に職を辞した。兵士の子を何処かで産み落としたのを祖父は追っていた。
では何故、初めから髪色で分からなかったか?
アマンダの母は女官に似て、ブルネットに榛の瞳であった。王家の色も兵士の色も、どちらも引き継いではいなかった。
であれば早々に、拐ってでも痣を確かめていたなら今頃ルイの苦悩は生じてはいなかったよ。祖父は初動も出遅れその後の判断も見誤った。
痣の見分けは王族にしか出来ない。
王家の色すら持ち合わせてはいないのに、痣など在る筈もないと主張する祖母に祖父は反論出来ず、まだ成人前の陛下には女の相手は無理であった。
そうやって王家が手を拱く内に、早熟な娘はアマンダを孕んで産み落とした。兵士そっくりのあの髪色と瞳は隔世遺伝なのだろう。
それより、アマンダがあれ程はっきりと兵士の特徴を引継いでいるのに、陛下はそれで終いとはしなかった。最後の最後、決め手となる確たる証が欲しかった。それで愚かな手法を選んだ。
お陰でアマンダから恋人になったと思われたルイは、要らぬ苦労を背負い込んだ。尻の軽い庶子にうつつを抜かしていると酷い噂を立てられた。
折角、気になる女の子が婚約者候補に選ばれたのに、噂のせいでその子に嫌われていると悩んでいたよ。アマンダは、その子を敵対視し始めて、あろう事か窃盗の罪まで擦り付けようとした。」
え?え?真逆それは?
「ソフィア嬢、ルイは君を好いていた。このまま何も無ければ、妃は君に決まっていた。」
「これだけは分かって欲しい。ルイは好き好んでアマンダと関係を持ったのでは無い。残念ながら、その方法しか考えられなかった。悲しい事にね。
だから、ルイを隣国ヘ留学をさせた。あの見目だから必ず王女の目に留まる。王女は私より優しげな風貌のルイがお好みなんだよ。
結局、私もルイを追い詰めたのかな。こうなる事が分かって行かせたからね。
けれども、この国にいるよりもルイにとっては幸せなのではないかな。
ソフィア、私はね。陛下から王位を奪おうと思っている。そうなれば国は暫く荒れるだろう。そんな国の姿を見ずに済むのなら、ルイには隣国で生きる道を開いてやりたい。」
秋の日が落ちるのは早い。
落日の夕日が王太子の頬に濃い影をつくって、その表情を曇らせて見せている。
こんな事を聞いてしまって良いのだろうか。
この国の未来はどうなるの?
秋風の冷ややかさとは違う寒さを覚えて、ソフィアはぶるりと身震いをした。
王太子のほんの少し後ろに付いて、王宮の長い回廊を歩く。ローレンが馬車留まで送って行くと言ったから。
荘厳で麗美な宮殿である。それが近い将来、血を見るかもしれない。平和ボケしていた自分が恥ずかしい。
女の影があるからと、嫌だ嫌いだと喚く自分のなんと幼稚で無知な事か。
二歳しか歳の違わない、まだ学生の身である王太子の覚悟を知って、それさえほんの一端に過ぎないが、ソフィアはすっかり恥じ入った。
方法は間違えてしまったかもしれないが、ルイもまた王族としての覚悟を持っていたのだろう。
いつか会える日が来るのなら、誤解をした事を、傷付けてしまった事を、誠心誠意謝りたいと思った。
結局あの後アマンダは、男爵家から放逐されて学園も退学させられた。
その後は暗部の手の内だろう。彼女が王家の血筋で無ければ害にしかならない。
あちこちでルイとの関係を面白可笑しく吹聴されて困るのは王家なのだ。
そう思うとアマンダも報われない。
結局みんな王家の勝手に振り回されていたのだから。
3,377
お気に入りに追加
3,519
あなたにおすすめの小説
あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様
すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。
彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。
そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。
ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。
彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。
しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。
それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。
私はお姉さまの代わりでしょうか。
貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。
そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。
8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された
この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE
MAGI様、ありがとうございます!
イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
日向はび
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる