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この騒ぎの後では、今日は授業になるまい。
ソフィアはもうこのまま帰ろうと思った。
帰り道は辻馬車でも使おう、ついでに馬車留の隣にある飯屋で昼食を頂こう。
ソフィアは侯爵家の末っ子である。
四人も子がいて、上の三人が貴族の役目をしっかり果たしている。最後の子には、父も母も甘かった。甘いというより、それ程五月蝿く言わなかった。
ソフィアはそれを良い事に、侍女や兄の従者がお使いに街へ出掛けるのを、それにくっ付いて行くことが度々あった。
それを、両親の束縛に雁字搦めな兄姉達に、街で見てきたあれこれを話して聞かせた。
だから、辻馬車の乗り方も分かっているし、隣の飯屋が安い旨い大盛りで評判なのも知っていた。なんなら常連だったりする。
そんな事をつらつら考え廊下を玄関口目指して歩いていると、行き成り後ろから手を取られた。
ここで剣を持っていたなら、問答無用で叩き切ってる。そんな勢いのまま振り返れば、なんだ馬鹿王子。お前の恋人何とかしてくれ。
ルイは額の雫が珠になって前髪を濡らしている。騒ぎを聞いて慌てて駆けて来たのだろう。
「ソフィア嬢、」はあはあと息が荒い。
「済まなかった、必ず挽回する。」
そんな必要ございません。
ソフィアはルイに向き合う。
背の高いルイを見上げているが、気迫なら王子に勝っていた。
「ルイ王子殿下。側近と恋人の管理はしっかりなさって下さいませ。余りに五月蝿いので、私、候補を降りようと思っております。今日にでも父を通し「待ってくれ」
ルイは、被せてまでその先を言わせなかった。
「待ってくれ、必ず挽回する。それと、アダムにアナスタシア嬢を戻すと約束する。」
「真(まこと)に?」
「真だ。」
シトリンの色の無い瞳は何処までも冷たく王子を射る。
これだけで十分不敬に当たるのだろうが、そもそもそちらが撒いた種。貴族は王家の奴隷ではない。勘違いしてもらっては困る。
「承知しました。」
そう言ってソフィアは礼を取り、そのまま学園を出て行った。
さあさあ飯だ。唐揚げ定食が待っている。
ソフィアはオンオフの切り替えが神業的に上手い。
過ぎた事など起こった先から忘れてしまう。
だから、青いリボンを手に、いつまでもその後ろ姿を見つめたまま動けずにいるルイにも気が付かなかった。
だって、唐揚げが待っているから。
ソフィアは、色素の薄い見目に、益にもならない末っ子と云う貴族の旨味も少ないご令嬢であるが、だからと言って気弱でも不義理を赦すお人好しでもない。
そう云うところは父侯爵によく似ていた。
食うか食われるかの貴族社会にあって、小さな目溢(こぼ)しが大きな解(ほつ)れに、そうしていつか崩壊に繋がることを知っている。
あそこでピンク頭と阿呆な宰相令息を目溢ししたなら、有らぬ罪まで真にされて、悪ければ侯爵家は傷を負わされる。
傘下の貴族家も領地領民も、確実にその煽りを食らう事になる。
ましてや手渡しで何かを渡そうなど、毒を仕込まれたなどと罪を被せられてはたまったものではない。
如何に冷酷であろうが、あそこできっちり締めておかなければ、明日にでも侯爵家は馬鹿を見ることになる。
男爵令嬢が命知らずなのは分かったが、宰相閣下の令息には情は無用。彼とは今日でお別れであろう。
何せ、王太子殿下の御手を煩わせたのだから。
唐揚げ定食を完食して、辻󠄀馬車の馬車留めへ向かえば、侯爵家の馬車が横付けされていた。傘下の貴族の子息が事の次第を兄に伝えたのだろう。最初に外へ飛び出して行った子爵家令息の顔を思い浮かべる。
心の中のノートを開き、左側の欄に子爵令息の名を記す。そうして右側の阿呆チームから騎士家の令息と宰相家の令息の名に斜線を引いた。
ソフィアはもうこのまま帰ろうと思った。
帰り道は辻馬車でも使おう、ついでに馬車留の隣にある飯屋で昼食を頂こう。
ソフィアは侯爵家の末っ子である。
四人も子がいて、上の三人が貴族の役目をしっかり果たしている。最後の子には、父も母も甘かった。甘いというより、それ程五月蝿く言わなかった。
ソフィアはそれを良い事に、侍女や兄の従者がお使いに街へ出掛けるのを、それにくっ付いて行くことが度々あった。
それを、両親の束縛に雁字搦めな兄姉達に、街で見てきたあれこれを話して聞かせた。
だから、辻馬車の乗り方も分かっているし、隣の飯屋が安い旨い大盛りで評判なのも知っていた。なんなら常連だったりする。
そんな事をつらつら考え廊下を玄関口目指して歩いていると、行き成り後ろから手を取られた。
ここで剣を持っていたなら、問答無用で叩き切ってる。そんな勢いのまま振り返れば、なんだ馬鹿王子。お前の恋人何とかしてくれ。
ルイは額の雫が珠になって前髪を濡らしている。騒ぎを聞いて慌てて駆けて来たのだろう。
「ソフィア嬢、」はあはあと息が荒い。
「済まなかった、必ず挽回する。」
そんな必要ございません。
ソフィアはルイに向き合う。
背の高いルイを見上げているが、気迫なら王子に勝っていた。
「ルイ王子殿下。側近と恋人の管理はしっかりなさって下さいませ。余りに五月蝿いので、私、候補を降りようと思っております。今日にでも父を通し「待ってくれ」
ルイは、被せてまでその先を言わせなかった。
「待ってくれ、必ず挽回する。それと、アダムにアナスタシア嬢を戻すと約束する。」
「真(まこと)に?」
「真だ。」
シトリンの色の無い瞳は何処までも冷たく王子を射る。
これだけで十分不敬に当たるのだろうが、そもそもそちらが撒いた種。貴族は王家の奴隷ではない。勘違いしてもらっては困る。
「承知しました。」
そう言ってソフィアは礼を取り、そのまま学園を出て行った。
さあさあ飯だ。唐揚げ定食が待っている。
ソフィアはオンオフの切り替えが神業的に上手い。
過ぎた事など起こった先から忘れてしまう。
だから、青いリボンを手に、いつまでもその後ろ姿を見つめたまま動けずにいるルイにも気が付かなかった。
だって、唐揚げが待っているから。
ソフィアは、色素の薄い見目に、益にもならない末っ子と云う貴族の旨味も少ないご令嬢であるが、だからと言って気弱でも不義理を赦すお人好しでもない。
そう云うところは父侯爵によく似ていた。
食うか食われるかの貴族社会にあって、小さな目溢(こぼ)しが大きな解(ほつ)れに、そうしていつか崩壊に繋がることを知っている。
あそこでピンク頭と阿呆な宰相令息を目溢ししたなら、有らぬ罪まで真にされて、悪ければ侯爵家は傷を負わされる。
傘下の貴族家も領地領民も、確実にその煽りを食らう事になる。
ましてや手渡しで何かを渡そうなど、毒を仕込まれたなどと罪を被せられてはたまったものではない。
如何に冷酷であろうが、あそこできっちり締めておかなければ、明日にでも侯爵家は馬鹿を見ることになる。
男爵令嬢が命知らずなのは分かったが、宰相閣下の令息には情は無用。彼とは今日でお別れであろう。
何せ、王太子殿下の御手を煩わせたのだから。
唐揚げ定食を完食して、辻󠄀馬車の馬車留めへ向かえば、侯爵家の馬車が横付けされていた。傘下の貴族の子息が事の次第を兄に伝えたのだろう。最初に外へ飛び出して行った子爵家令息の顔を思い浮かべる。
心の中のノートを開き、左側の欄に子爵令息の名を記す。そうして右側の阿呆チームから騎士家の令息と宰相家の令息の名に斜線を引いた。
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