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「ルイ、母上から言付けだ。ご令嬢方にお渡ししたい物がある。」
ローレン王太子殿下がそう言えば、後ろに控えていた侍従が何やらトレイに乗せて恭しく差し出してくる。その奥にはアダムも控えていた。
「ハンカチだよ。記念に受け取ってほしいと。」
はっは~ん。そう云う事か。
ソフィアは少しばかり面倒に思った。
帰り道の回廊であちらこちらに掲げられているタペストリーを穴が開くんじゃないかと思われる程凝視した。
アナスタシアは、王太子に付いていたアダムと目配せしていたから、多分庭園か何処かで会っているのだろう。王太子が二人の縁を理解しているのなら、人目に付かぬ場所を使わせているだろう。
ちゃんと心が通い合って縁談が進んでいたのに。
貴族にとって、恋愛による婚姻はまだまだ少ない。嫡子であれば尚の事である。
二人の愛がバレませんように。
第二王子の婚約者候補であるから、これは不貞だとみなされては、アナスタシアとアダム、双方の侯爵家もただでは済まない。
王太子がそこを解って上手く誤魔化して欲しいとソフィアは思った。
邸に戻って、ソフィアは早速裁縫箱を開けた。
そこから一番上質な刺繍糸を選ぶ。
目に焼き付けた王家の紋章を頭の中で再現して、下書きなしに一針刺す。ポジションを確認してからはサクサク針を進める。
これは王妃の課題である。このハンカチに刺繍を施して見せなさいと言うのだろう。刺すのなら、最も繊細で複雑でそれ故大柄となる王家の紋章であろう。
邸にも王家の紋章を記した文書などはあるだろうが、あれは父の執務室にある。いちいち父を訪うのも面倒に思えて、ソフィアは憶えて帰る事にした。
タペストリーに見入っていたのも、詳細まで記憶する為である。
赤・青・白・金の色が必要だろうが、そこを敢えて白一色にした。
上質の糸を絡ませぬよう注意して刺すなら、仕上がった刺繍は光を受けてキラリと輝く。刺繍面が光を反射するのだ。
一晩掛けて刺繍を仕上げ、父を通して王妃に献上した。流石にソフィアでは王妃への御目通りは叶わない。王宮勤めの父は、日頃から王族に近い位置にいる。あの父でもソフィアの頼みを聞いてくれたのは、王妃の課題を提出するのだとそのままを伝えたからである。
ハンカチを広げて確認した父は「ふむ」と一言言って翌朝に参内した。
やる時はやれる令嬢ソフィアは、実は父親似なのであった。この男、仕事が早くその上ここ一番で必ず成果を上げるのだ。
果たして夕刻邸に戻った父は、王妃からの預かりものを携えて来た。
サファイアのブローチである。
「これは」
「ううむ」
ブローチを父と一緒に見入りながら、これって合格なのかしら?そうかな?そうよね!と浮かれてしまって、他の婚約者候補より一步リードして、このまま行けば妃に据えられるかもしれない事に気付かない。
課題提出の鬼・ソフィア。
真面目さが仇となったのである。
それともう一つ。父はルイ王子からも預かり物をして来た。
「まあ!これは」
「ううむむ」
ロイヤルブルーのリボンであった。
ルイは早速、ソフィアにリボンを贈ってくれた。
リボンであるのにこの艶と光沢。目の覚める様なロイヤルブルー。触れてみれば靭やかであるのに張りもある。結いやすそう。
折角だから使っちゃおう。
お姉様方にも分けてあげよう。
呑気に考えるソフィアであるが、この日他の三名の候補者よりも二步前にリードしちゃった事に全く気付く事は無かった。
逃げ道がどんどん塞がって行くのに気が付くのは、もう少し後の事である。
ローレン王太子殿下がそう言えば、後ろに控えていた侍従が何やらトレイに乗せて恭しく差し出してくる。その奥にはアダムも控えていた。
「ハンカチだよ。記念に受け取ってほしいと。」
はっは~ん。そう云う事か。
ソフィアは少しばかり面倒に思った。
帰り道の回廊であちらこちらに掲げられているタペストリーを穴が開くんじゃないかと思われる程凝視した。
アナスタシアは、王太子に付いていたアダムと目配せしていたから、多分庭園か何処かで会っているのだろう。王太子が二人の縁を理解しているのなら、人目に付かぬ場所を使わせているだろう。
ちゃんと心が通い合って縁談が進んでいたのに。
貴族にとって、恋愛による婚姻はまだまだ少ない。嫡子であれば尚の事である。
二人の愛がバレませんように。
第二王子の婚約者候補であるから、これは不貞だとみなされては、アナスタシアとアダム、双方の侯爵家もただでは済まない。
王太子がそこを解って上手く誤魔化して欲しいとソフィアは思った。
邸に戻って、ソフィアは早速裁縫箱を開けた。
そこから一番上質な刺繍糸を選ぶ。
目に焼き付けた王家の紋章を頭の中で再現して、下書きなしに一針刺す。ポジションを確認してからはサクサク針を進める。
これは王妃の課題である。このハンカチに刺繍を施して見せなさいと言うのだろう。刺すのなら、最も繊細で複雑でそれ故大柄となる王家の紋章であろう。
邸にも王家の紋章を記した文書などはあるだろうが、あれは父の執務室にある。いちいち父を訪うのも面倒に思えて、ソフィアは憶えて帰る事にした。
タペストリーに見入っていたのも、詳細まで記憶する為である。
赤・青・白・金の色が必要だろうが、そこを敢えて白一色にした。
上質の糸を絡ませぬよう注意して刺すなら、仕上がった刺繍は光を受けてキラリと輝く。刺繍面が光を反射するのだ。
一晩掛けて刺繍を仕上げ、父を通して王妃に献上した。流石にソフィアでは王妃への御目通りは叶わない。王宮勤めの父は、日頃から王族に近い位置にいる。あの父でもソフィアの頼みを聞いてくれたのは、王妃の課題を提出するのだとそのままを伝えたからである。
ハンカチを広げて確認した父は「ふむ」と一言言って翌朝に参内した。
やる時はやれる令嬢ソフィアは、実は父親似なのであった。この男、仕事が早くその上ここ一番で必ず成果を上げるのだ。
果たして夕刻邸に戻った父は、王妃からの預かりものを携えて来た。
サファイアのブローチである。
「これは」
「ううむ」
ブローチを父と一緒に見入りながら、これって合格なのかしら?そうかな?そうよね!と浮かれてしまって、他の婚約者候補より一步リードして、このまま行けば妃に据えられるかもしれない事に気付かない。
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真面目さが仇となったのである。
それともう一つ。父はルイ王子からも預かり物をして来た。
「まあ!これは」
「ううむむ」
ロイヤルブルーのリボンであった。
ルイは早速、ソフィアにリボンを贈ってくれた。
リボンであるのにこの艶と光沢。目の覚める様なロイヤルブルー。触れてみれば靭やかであるのに張りもある。結いやすそう。
折角だから使っちゃおう。
お姉様方にも分けてあげよう。
呑気に考えるソフィアであるが、この日他の三名の候補者よりも二步前にリードしちゃった事に全く気付く事は無かった。
逃げ道がどんどん塞がって行くのに気が付くのは、もう少し後の事である。
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