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結局のところ、スタンリー伯爵家との話し合いは、アデレードに対して今後アナベルへの一切の接近を禁ずる事で手打ちとされた。金銭的な賠償をデイビッドは求めなかった。

接近しないと一言で言っても、なかなか難しい事である。
なにせ、スタンリー伯爵家とは事業に於いても関わりがあれば、政(まつりごと)の派閥も同じくしていた。親世代からの付き合いであるし、デイビッドと伯爵とは嘗ての学友でもある。互いの夫人であるアデレードとアナベルが茶会や夜会で同席する場面は多い。

それを接近せずに済ますには、アデレードはアナベルを避けるが為に常にアナベルを注視し、アナベルの動行を視野に入れて行動せねばならなくなる。なかなか気の張る事であるし、何よりアナベルから逃げ続ける事が彼女のプライドを痛く傷付ける事は確かである。

金銭での賠償は、一時の負担はあれどその時限りで終結するが、デイビッドの選んだ手段は長期に渡ってアデレードの行動を規制するものであった。果たしてアデレードにとっては、どちらが苦しいか。


事の顛末を聞いて、アナベルは漸くほっと肩の力を抜いた。

「もうそれでお仕舞いなのね?」
「ああ、これで仕舞いだ。」
「有難うございます。」

手数を掛けてしまった事を詫びれば、
「お気になさらず、宣伝頭殿。」
と、からかわれてしまった。

どうやらドレスの評判が良いらしい。
デイビッドの商会には、例の生地を使った来シーズンのドレスの仕立てについて、ご婦人らからの問い合わせが増えていると云う。

「お役に立てて?」
「満点だよ。」
だけど、とデイビッドが続ける。

「もう無茶はしないでくれ。それから、誰の前にも胸は開いてはいけないよ。」

開いて良いのは私だけだからね、そう言いながら夜着の合わせを開く不埒な夫であった。



「大変だったわね。」
「ええ。旦那様が後始末をして下さったわ。」

アナベルは今日、生家の離れを訪っていた。生憎、マーガレットは学園に通って不在であったが、エミリアとはあの夜会ぶりであった。

姉達が言うのは、夜会でのアデレードとの一件である。心配するも落ち着くまでは、と遠慮をしていたのだろう。

大勢の貴族たちの眼前での出来事であったから、デイビッドとアデレードの過去もあって衆目を集めた事だろう。
同じ夜会に出席していた両親に姉夫婦も、噂の矢面に立たされて大変であった筈である。

それも、例の「グレイ伯爵家の戦闘服ドレス」のお蔭で醜聞にならずに済んだ。
一方のアデレードは、年若の新妻に対して身勝手で無礼な振る舞いが非常識であると、人々の口の端に上っているらしい。
姉の話によれば、あれから社交の席では、とんと見掛けていないという。アナベルにとっては、そんなの知ったことでは無い話しである。

心配しているのか人の噂が気になるのか、母からはどうなっているのかと問う文が届いていたが、全てデイビッドに任せてあると返せば、それから再び文が来ることは無かった。

次姉のアリシアは、件の夜会には参加していなかったが、彼女も別の茶会や夜会でその件についてを聞かれていたという。
それと合わせて、例のドレスについても。
グレイ伯爵家の商会では、いつ頃売り出されるのかと聞く御婦人は一人二人では無かったらしい。

「旦那様が、お姉様方にも是非ともお仕立てしたいと仰っていたわ。」
「流石はデキる男は違うわね。」
エミリアの言葉にアリシアが頷く。

「お母様は、どうやらそこも気になっているご様子よ。今日も何故本邸を訪わないのかと不満を漏らしていたわ。」

デイビッドと婚姻してから、両親はアナベルをデイビッドとを繋ぐ車輪か何かだと思うらしく、頻繁に文を送って来る様になっていた。

「そんな事よりお姉様。」
両親の事はそんな事呼ばわりで流したアナベルが、エミリアに問う。

「予定日を大分過ぎているけど、お身体は大丈夫なの?」

エミリアはもう産み月を迎えているのに、一向にその気配が無い。
医師も毎日往診するも、出ないものは出ない。
焦っても仕方が無かろうと落ち着いているのはエミリアばかりで、両親も夫君も皆そわそわと落ち着かない。

今日アナベルが訪ったのも、黙って自邸におられず、姉の元気な様子を確かめたかったからである。

そこでアリシアがとんでも無い発言をした。

「御婦人方の噂なのだけれど。」
そう前置きをしてアリシアは、

「夫君と致せばよろしいらしいわ。赤子に催促をするのよ。」と、爆弾発言を投下した。

まともに被弾したアナベルの顔は真っ赤っかである。
ところがエミリアは、
「まあ。」と、常と変わらぬ落ち着いた返しをした。


果たしてエミリアが噂の行為を成したのかは分からない。
けれども、姉達との会合の翌々日、エミリアは頗る元気な女児を出産した。

お産が始まったとの知らせを受けて駆けつけたアナベルは、父が孫娘の誕生に不用意な溜息など付こうものなら向こう脛を蹴り飛ばしてやろうと構えていたが、父は予想に反して男泣きに泣いた。

余りに泣くものだから、婿殿は些か遠慮気味に目を潤ませるに留めたのであった。





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