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「愛していたよ。」
デイビッドの眼差しは、その言葉が真実であると告げている。

「ではなぜ「それが君に関係あるのか?」
胸が痛い。夫からこんな言葉を投げ掛けられるだなんて。
「彼女の事は愛していたよ。婚約者を愛して何が悪い。」
「ではなぜ婚姻なさらなかったの?」
いけない、声が震える。

「それを知って何になる。私は君と婚姻した。」
「頼んでなどおりません!」
父は頼んだかもしれないけど。
「なに?」
「愛していらっしゃるなら、お迎えに行ってはどうですか?私は退きますから。」
「何を言っている。」

ああ、もうこれ以上は駄目だ、そう思うのに止められない。

「言った通りです。愛しているのならアデレード様と婚姻なされば良かったでしょう!」
「彼女とは終わっている。既にハロルドの妻だ!」

はぁぁ、とデイビッドが溜息を吐く。
眉を顰めて心底鬱陶しいのだろう。
もう駄目かもしれない。妻になったばかりだと云うのに。

「なら言わせてもらおう。君こそどうなんだ。」
「え?」
「君こそ前の婚約者を慕っていなかったのか?」
「お、お慕いしておりました「では私に何が言いたい。」

「君だって同じではないか。愛した男がいたんじゃないか。あいつもどうやら君に未練があるらしいし、君だって気持ちを残しているんじゃないのか?一層の事、君等こそ縒りを戻したいんじゃないか?」
ぱん、と乾いた音が夜更けの寝室に響く。
手の平がじんじんと痺れる。

「馬鹿にしないで!私はそんな気持ちで貴方の妻になったんじゃないわ!」

手の平の痺れはそのままデイビッドの頬の痛みであろう。
頬を張られたデイビッドがアナベルを見つめる。

「私が愛しているのは貴方一人よ!世界で貴方だけいてくれれば生きて行けるわ!」
涙が滲む。ここで泣けない。まだ駄目よ。


「はは、良いななんかこういうの。」
しんと静まり返る寝室。はは、と小さく笑うデイビッドが痛えと頬をさすった。

「は?」
拍子抜けしたのはアナベルである。

「やっと本音を吐いたな、じゃじゃ馬め。」
「なにを、」
「君が弱気で気弱なご令嬢だなんて初めから思っていないよ。」
「..」
「あの父親の下で、あの馬鹿な坊主の阿呆な行いの後で、腐らず私に礼を出来たじゃないか。」
「あれは、」
「こんな年上の男に会わされて。どうせあの父親は何も君には言ってないだろう。」
言われた通りである。

「アデレードの無礼も耐えて、」
そうだわ、それよ!

「アデレード様との事は、」
「待て待て、言った通りだ、終わった事だ。真の愛かは分からないが確かに彼女を好きだった。まだ十代であったから、それなりに夢中にはなったさ。」「であれば!」

「言葉のままだよ。もう過ぎた事だ。君は前の婚約者をどう思っていた?慕っていたんだろう?同じだよ。そして、終わった事も同じだよ。」

「何故解消を?」
漸く心が落ち着きを取り戻す。デイビッドの穏やかな眼差しがアナベルを鎮めてくれる。
「二人が恋に落ちたからさ。」
「え?」
「今は夫婦になっている。」 
「貴方は許せたの?」
「君は許しただろう。二人で家を守れと諭しただろう。」
デズモンドに再婚約を求められた時に、確かにそんな事を言った。

「同じなんだよ。自分に置き換えてくれれば解ってもらえるか。」

確かに言われた通りである。
デズモンドに恋心を抱いて慕っていた。そのまま妻になると疑わなかった。けれども不実で覆されて、それでも結局許してしまった。それからデイビッドに会って、

「デイビッド。」
「いいな、それ。」名で呼ばれるのもいいな、などと夫が呑気な事を言う。

「だ、旦那様、では貴方はどうして私を妻にしたの?」
ずっと知りたくても聞けずにきた事を言葉に出す。
「はぁ、可愛いと思っただけでは駄目なのか?初見で気に入ったら駄目なのか?」
一目惚れとかあるだろう、と心の底からどうでも良いという言い様で続ける。

「じゃあ、」
どこで女の身体を覚えたの?真逆、とそこまで聞いた所で、
「あー、誤解はよしてくれ。彼女とはそんな関係ではないよ。誓って。」

「真逆どう「それも止めてくれ。この年で女を知らなかっただなんて気持ち悪いだろう。」
「じゃあ何処で?!」
むくむくと起き上がる悋気を抑えられない。

「あー、色々あるんだよ。」
疑り深い上に潔癖な妻が夫を睨む。

「ならどうして今まで妻を望まなかったの?」まだ言うか。
「仕事が忙しかった。」
「嫡男に妻は必要でしょう?」
「だから君がいる。」
「だから、「アナベル。」

漸く和み掛けた空気を、悋気に囚われた妻はどうやら本当に夫を怒らせてしまったらしい。
真っ直ぐこちらを見据えたデイビッドが言葉を続けた。

「これだけは言わせてもらう。私は嫡男だよ。愛だの恋だのにうつつを抜かしている訳にはいかないんだ。領地も事業も待ってはくれない。守るのは妻だけなどと言える男が羨ましいよ。けれどもアナベル、」

温かな掌がアナベルのすっかり冷えた手を包む。

「君を失ってしまったら、どれもこれも手を付けられなくなる自信はある。」

アナベルは漸く堪えていた涙をぽろりと落とした。







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