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【24】

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アナベルはデイビッドの妻となった。
その本当の意味を、なってみて初めて解った。

婚約と云う関係が如何に暫定的なものであるか。信じて疑わなかったのが、容易く覆る。
デズモンドとの関係で身に染みた経験であった。

けれども、婚姻は確かな契約である。神と一族の前で誓った誓約である。
揺るがない地位。それがアナベルを奮い立たせた。


見知った黒髪。濡羽色の艷やかな髪を持つ女性。

デイビッドが伯爵位を継承して初めて招かれた夜会の場であった。
目の端にその姿を認めて、左手をデイビッドの腕に掛けたままアナベルの心中は警戒態勢に入る。

無視を通すならそうすれば良い。瞳で射抜きたければそうすれば良い。
貴女が何をしたとしても、私がデイビッドの妻である事は覆らない。

知らぬ内に腕に掛けた手の平に力が込もっていたらしく、デイビッドがこちらを見下ろす。

「どうした?アナベル。」
「何でもないわ。旦那様。」
「はぁ、慣れないな。その呼び方。」
珍しく頬を染めた夫が愛しい。

「ふふ」
「笑ったな?」
「ええ、旦那様。」
帰ったら覚えていろ、と耳元で囁かれて、今度はアナベルが頬を染める。

そんな風に浮かれていると、必ずこうなるのは覚悟をしていた。

「デイビッド。」

濡羽色が声を掛けてくる。

「良い夜ね、デイビッド。」
「ああ、そうだな、アデレード。」

今回は無視を決め込むつもりらしいアデレードは、アナベルには目もくれず挨拶の言葉も掛けない。
これはこちらから挨拶をすべきか、少しばかり迷う。礼を欠く行為はデイビッドの恥になろう。

「夫君は何処かな?」
「彼ならお知り合いの方々へ挨拶しているところよ。」
後方には紳士達と歓談している様子のハロルドが見えた。

夫君と一緒に居ずともよいのか。
ここで和やかな会話を望むのであれば、デイビッドの妻にも気遣いを示さねば、デイビッドに対して失礼となろう。
何処までもアナベルを居ないものとするアデレードに、アナベルは些か呆れてしまう。

「披露パーティーではゆっくり話が出来なかったな。妻のアナベルを宜しく頼むよ。」

「ええ。」
ちら、とアナベルに視線をやって、挨拶はそれで終わったらしい。

「ご機嫌よう、スタンリー伯爵夫人。以前もご挨拶させて頂きましたが、改めまして。デイビッドの妻となりましたアナベルと申します。婦人の会でもお会いすることも御座居ましょう。伯爵様にもお世話になろうかと思いますが、宜しくお願い致します。」

一息に挨拶を述べる。
夫が紹介したのだから、それに応えなければ。

「ええ、こちらこそ宜しく。」
にこりと微笑む笑みが美しい。しかし、どうやら年若のアナベルを下に見るつもりであるらしい。

それから他愛もない話しを二言三言交わしてからアデレードは、夫の下へ戻って行った。

その後ろ姿を見送りながら、どうやってもこの夫人を好きになれそうにないとアナベルは思った。


邸へ戻ってからも、アナベルは夜会の出来事に引き摺られていた。
アデレードの態度は無礼であった。社交に疎いアナベルにも分かる。何より不愉快な気持ちにされた。その事実だけで十分無礼を受けたと思う。

何故デイビッドは黙って見ていられたのだろう。確かにアナベルを妻だと紹介はしてくれた。けれども、彼は妻への非礼を許す男なのだろうか。
それとも、アデレードであれば許せると?

むくむくと不快なものが胸を覆う。
アデレードの存在に煩わされる事はアナベルの軟な心に小傷を幾つも付ける。

「アナベル、」
寝台で横になり、後から抱きすくめられても、アナベルは素直に返事が出来なかった。

「奥方様はご機嫌斜めかな?」
いつもなら笑ってしまうデイビッドの冗談にも何も返したくない。

「アナベル、何かあったか?」
何かあったか?貴方の目の前であったでしょう!

瞳を閉じているのに眦(まなじり)が吊り上がるのが分かる。
無言を貫くアナベルに、いよいよ不審を思ったらしいデイビッドが、
「アナベル、何が言いたい?」と聞けば、
アナベルはもう押さえが外れてしまうのを感じた。

「旦那様、貴方、あの方とはどういうご関係?」
横寝から起き上がり、アナベルは問い詰める。言ってしまったと思うも止められない。
無言のまま寝そべる夫が憎たらしい。

「婚約者であったと聞きました。」
「だったら?」
「あの方をお慕いなさっているの?」
「何故君に話さねばならない。」
常にない冷えた声に怯みそうになるも、アナベルこそ常より頭に血が上っている。

「まだお心を残していらっしゃるのでは?」
「何が言いたいんだ。」
不機嫌を隠さずデイビッドも起き上がる。

「愛していらっしゃるの?」
「ああ、愛していたよ。」 

目の前が真っ暗になった。





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