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新緑の眩しい季節に、婚姻式は領地の教会で執り行われた。

王都では婚姻後にお披露目の茶会を開いて、それを婚姻の挨拶とした。

出産を控えるエミリアが、領地での式に出席出来ないのを悔やんでいた。馬車で片道三日の行程は、妊婦には無理であったから。妻の身体を案ずるウォルターも王都に残った。


カテリーナの子爵家を含む、グレイ伯爵家傘下の一族達に見守られての婚姻式であった。
アナベルはこの婚姻式を以って一族に加わる。華やかな式に浮かれる気持ちは起こらなかった。
それよりも胸の奥から沸いてくる、この大地と一族領民を夫と共に守り繁栄させて行くことへの覚悟と決意を、神への誓いの言葉に重ねた。

新年の茶会からは三月が過ぎていた。
いつこれ程の心配りが出来たのか、母はアナベルの婚姻ドレスの誂えに見事な差配を見せた。学園を卒業したばかりと思えぬ気品あるアナベルの花嫁姿は、濃いサファイアの瞳と相まって美しく人々の記憶に残った。


学園の卒業直後の婚姻式は慌ただしく、余計な事を考える暇は無かった。それは、僅かでも隙が出来れば思い出すと言うことでもあった。

噂話しに溢れ返る王都よりも、山脈に抱かれた新緑眩しい領地の方が、アナベルを迎え入れる確かな安心感を与えてくれた。

式の後も三日三晩の宴が続いた。
貴族ばかりで無く、領地を支える平民の有力者達にも伯爵家の迎えた新妻だと顔見せをする。
街へ降りて領民達とも言葉を交わし、若奥様と皆に呼ばれて手を振り返した。


領民は皆温かであった。
王都生まれの王都暮らしであったアナベルに経験したことの無い、「一族の誇り」を自覚させた。
学園で一緒であったカテリーナは、疾うの昔に知り尽くしていた事だろう。
彼女は学生の時から既に、領主と領地を支える貴族の顔をしていたから。

生家であったアビンドン伯爵領の領民に、今迄こんな気持ちを持たぬままに育ってしまったことを申し訳なく思った。庇護の下で世間を知らずに育って、貴族の根幹に理解が及ばなかった娘時代の反省は、婚家の繁栄の糧にしようと誓って王都へ戻った。



「アナベル、すっかり伯爵夫人の顔になったわね。」
生家を訪ったアナベルを姉妹が囲む。

「お姉様、御身体はどう?」
「もう、いつ出て来てくれてもOKよ。」
気さくな口ぶりでエミリアが応えた。

「アナベルお姉様、とてもお美しかったわ!私もあんなドレスにしたいわ!」
「あら、マーガレット。貴女、私にもそんな事を言っていたじゃない。」
興奮気味のマーガレットをアリシアがからかう。

アリシアもこの秋婚姻を控えている。
真逆、アナベルが先になるとは思わなかった。そんな事を姉妹で話したのだった。

ほんの少し前まで住んでいた邸は、もう他家の邸宅に感じられた。
伯爵邸に移り住み、奥様と呼ばれて使用人に傅かれ、家政を覚える。
その一日一日が、アナベルを夫人として育てて行った。

当主の部屋があり、夫人の部屋があり、夫婦の部屋がある。
独り寝していたのは、ついこの前であったのに、自分とは違う熱い身体と共に横たわりながら、生まれたときからそうして来たように思えるのが不思議であった。

もう独り寝には戻れない。
背中から抱き締められて、すっぽりと包まれて眠る安堵感。平民は家族が皆一緒に眠ると聞いたことがあったが、それはとても素敵な習慣であると思えたアナベルであった。


「母が寂しがっているようだな。」
朝食の席でお行儀悪く文を読んでいたデイビッドが言う。

朝一番の早馬で届けられた文である。

「届いたなら直ぐに読まねば。あの人がどんな無理難題を吹っ掛けてくるか分かったものではないからね。」

言い訳めいた事を言いながら、その実、互いを案じ合う家族の姿は、いつ見てもアナベルを温かな心持ちにさせる。
文には嫁いだばかりのアナベルが、不自由してはいないかと認(したた)められていた。

「私も寂しいです。お義母様にもお義父様にも、また近い内にお会いしたいと。」
「そんな事を言ったら明日にも来るよ?母は馬を駆けるからね。」
「真逆。」
「追い付くのは私でも至難の技だよ。スピード狂だな、あれは。」

他愛もない話しに朝から笑える幸せ。
私は、この幸せを守らねばならない。
貴方が私を妻にした事を、幸せな事だと思ってほしい。
間違っても、彼女であったならなどと思わせぬ様に、私は貴方の笑顔を確かめる。

拭っても拭っても落ち切れない染みの様に心を染める黒い点を、アナベルは忘れる事が出来ない。
その心を抱えたまま、この男の幸せの中に自分が含まれていてほしいと願っていた。



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