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事業の関係で内々の話があるから少しだけ待っていてくれと言われて、デイビッドと別れた。
喧騒から離れて、ほんのちょっと休むつもりであった。
聖夜を間近に装飾も大きなツリーが飾られており、その影に隠れるように置かれてあるローソファーに座ろうとした時だった。
どこにクレアを置いてきたのか。せめて彼女も一緒であったなら、デイビッドの怒りを抑えられたか。いや、無理だろう。
学園でクレアに詰め寄られた時に既に一度、目を瞑ってくれていた。
二度目は無い。
最悪の場合、
「どうやら君とは共に事業は出来そうも無い。残念ながら。」
そうなってしまった。
「何か思い違いをしていないか?アナベルは僕の妻だよ。もう妻なんだよ。」
意味が分かったらしいデズモンドがこちらを見る。
「真逆、」
「何度も言わせないでもらいたい。妻への無礼は二度、目を瞑った。三度目は無いよ。」え?三度目?
「君は一度アナベルを手放した。そうしたくてしたのだろう?その後、アナベルがどんな立場になるのか考えたか?まあ、考えられたらこんな恥ずかしげも無いことは言えないな。」
呆然と立ち竦むデズモンドを見下ろして、「アナベル帰ろう」、そう言ってアナベルの腰をとりデイビッドは夜会開場を後にした。
帰りの馬車でアナベルが詫びる。
「御免なさい。」
「何に対して?」
「デズモンド様の失言を止められなかったわ。」
「彼と君とは無関係だろう。」
こんな風にデイビッドを不機嫌にさせるのは初めてで、アナベルは戸惑ってしまう。
「私が怒(いか)っているのは、」
怒っているの?
「君が一人で隙だらけであんな処にいた事だよ。許し難いね。」
「え?」
「誰か来てくれと自分で言っているようなものだろう。君こそ自覚があるのか?私の妻だと。」
デイビッドの叱責に膝に置いた両手がカタカタと小刻みに震える。
叱られて当然である。迂闊であった。
デイビッドが来なければ、どんな噂をされた事か。未婚の男女、それも曰く付きの二人が何やら密やかな話しをしている。
「ご、御免なさい。」
ぽろりと涙が落ちてしまった。ここで泣いては駄目だと思うも、ぽろり、ぽろりと落ちてしまう。
「ああ、もう良い。この話は終わりだ。涙を拭いてくれ。」
眉間に皺を寄せたデイビッドが涙を拭う。
余りにも世間を知らない婚約者だと呆れられてしまったか。
戸惑いが悲しみやら悔しさやらを呼び込んで、ぽろぽろ、ぽろぽろと涙が止まらないのを慌てたデイビッドが「ああ~悪かった、頼むから謝るからもう泣き止んでくれ」と涙が止まるまで拭(ぬぐ)い続けた。
カテリーナは当然ながら、学園でのクレアとの出来事を生家ヘ知らせていた。
子爵家ではそれを受けて、グレイ伯爵当主夫妻にも報告を上げた。
デイビッドが様子見するのならと、当主夫妻が言うので静観していたが、子爵家では常に主家の動向に注視している。
当然ながら、デイビッドの婚約者となったアナベルについても、カテリーナを通して、その家柄、人柄、学園での行動、デズモンドとの婚約解消の経緯など把握していた。
アナベルが領地を訪問した際に、子爵家当主夫妻はアナベルを訪っている。カテリーナは婿養子を取って子爵家を継ぐ。娘の代で仕える伯爵家次期当主夫人への挨拶であった。
同時にそれは、将来の伯爵夫人の為人が、娘の報告と合致しているのかを見極めるものでもあった。それはとりも直さず、伯爵家の金庫番として娘の次期当主としての能力をも測る事であった。
この度の夜会の一件で、グレイ伯爵家より正式な抗議文が、デズモンドの生家モートン伯爵家・クレアの生家ルース子爵家両家へ出された。
結果、グレイ伯爵家とモートン伯爵家、ルース子爵家、三家の事業提携は解消される事となった。
それにより、優遇されていた通行料も通常の料金に戻された。事業提携が解消されるだけでも痛手であるのに、通行料の料金まで戻されるのは相当の損失であった。
グレイ伯爵領の先には大きな港がある。多くの商会が、その港から揚げられる積荷を運搬するのにグレイ伯爵領を経由していた。
他の経路も選べるが、王都へ運ぶのには、山脈を迂回しなければならない。通行料の料金が優遇されていたのは事業提携の恩恵であったから、これが戻されるのは手痛い出費であった。
僅かな差であっても、長い間には、そうデズモンドが当主になる頃には、伯爵家にも影響を与える事になるだろう。体力のある伯爵家は耐えられても、ルース子爵家には大きな負担となるのは目に見えていた。
子爵家を継ぐクレアの長兄は、妹が修道院にでも入ってそれで幕引きとなった方が余程幸運な事であったろうと思った。
残念ながら妹の婚約は継続されており、ルース子爵家はこれから様々なツケを支払わなくてはならない。
アビンドン伯爵が令嬢の傷よりも事業を取ったことに甘えてしまった。
デズモンドと妹が懇意らしいと知った時に早々に別れさせれば良かった。いや、婚約解消を知った時に伯爵家へ両親共々詫びに行くべきであった、せめてクレアが学園で失言を放った時に、と思いながら、もう何処から謝れば良かったのか分からなくなってしまったのだった。
喧騒から離れて、ほんのちょっと休むつもりであった。
聖夜を間近に装飾も大きなツリーが飾られており、その影に隠れるように置かれてあるローソファーに座ろうとした時だった。
どこにクレアを置いてきたのか。せめて彼女も一緒であったなら、デイビッドの怒りを抑えられたか。いや、無理だろう。
学園でクレアに詰め寄られた時に既に一度、目を瞑ってくれていた。
二度目は無い。
最悪の場合、
「どうやら君とは共に事業は出来そうも無い。残念ながら。」
そうなってしまった。
「何か思い違いをしていないか?アナベルは僕の妻だよ。もう妻なんだよ。」
意味が分かったらしいデズモンドがこちらを見る。
「真逆、」
「何度も言わせないでもらいたい。妻への無礼は二度、目を瞑った。三度目は無いよ。」え?三度目?
「君は一度アナベルを手放した。そうしたくてしたのだろう?その後、アナベルがどんな立場になるのか考えたか?まあ、考えられたらこんな恥ずかしげも無いことは言えないな。」
呆然と立ち竦むデズモンドを見下ろして、「アナベル帰ろう」、そう言ってアナベルの腰をとりデイビッドは夜会開場を後にした。
帰りの馬車でアナベルが詫びる。
「御免なさい。」
「何に対して?」
「デズモンド様の失言を止められなかったわ。」
「彼と君とは無関係だろう。」
こんな風にデイビッドを不機嫌にさせるのは初めてで、アナベルは戸惑ってしまう。
「私が怒(いか)っているのは、」
怒っているの?
「君が一人で隙だらけであんな処にいた事だよ。許し難いね。」
「え?」
「誰か来てくれと自分で言っているようなものだろう。君こそ自覚があるのか?私の妻だと。」
デイビッドの叱責に膝に置いた両手がカタカタと小刻みに震える。
叱られて当然である。迂闊であった。
デイビッドが来なければ、どんな噂をされた事か。未婚の男女、それも曰く付きの二人が何やら密やかな話しをしている。
「ご、御免なさい。」
ぽろりと涙が落ちてしまった。ここで泣いては駄目だと思うも、ぽろり、ぽろりと落ちてしまう。
「ああ、もう良い。この話は終わりだ。涙を拭いてくれ。」
眉間に皺を寄せたデイビッドが涙を拭う。
余りにも世間を知らない婚約者だと呆れられてしまったか。
戸惑いが悲しみやら悔しさやらを呼び込んで、ぽろぽろ、ぽろぽろと涙が止まらないのを慌てたデイビッドが「ああ~悪かった、頼むから謝るからもう泣き止んでくれ」と涙が止まるまで拭(ぬぐ)い続けた。
カテリーナは当然ながら、学園でのクレアとの出来事を生家ヘ知らせていた。
子爵家ではそれを受けて、グレイ伯爵当主夫妻にも報告を上げた。
デイビッドが様子見するのならと、当主夫妻が言うので静観していたが、子爵家では常に主家の動向に注視している。
当然ながら、デイビッドの婚約者となったアナベルについても、カテリーナを通して、その家柄、人柄、学園での行動、デズモンドとの婚約解消の経緯など把握していた。
アナベルが領地を訪問した際に、子爵家当主夫妻はアナベルを訪っている。カテリーナは婿養子を取って子爵家を継ぐ。娘の代で仕える伯爵家次期当主夫人への挨拶であった。
同時にそれは、将来の伯爵夫人の為人が、娘の報告と合致しているのかを見極めるものでもあった。それはとりも直さず、伯爵家の金庫番として娘の次期当主としての能力をも測る事であった。
この度の夜会の一件で、グレイ伯爵家より正式な抗議文が、デズモンドの生家モートン伯爵家・クレアの生家ルース子爵家両家へ出された。
結果、グレイ伯爵家とモートン伯爵家、ルース子爵家、三家の事業提携は解消される事となった。
それにより、優遇されていた通行料も通常の料金に戻された。事業提携が解消されるだけでも痛手であるのに、通行料の料金まで戻されるのは相当の損失であった。
グレイ伯爵領の先には大きな港がある。多くの商会が、その港から揚げられる積荷を運搬するのにグレイ伯爵領を経由していた。
他の経路も選べるが、王都へ運ぶのには、山脈を迂回しなければならない。通行料の料金が優遇されていたのは事業提携の恩恵であったから、これが戻されるのは手痛い出費であった。
僅かな差であっても、長い間には、そうデズモンドが当主になる頃には、伯爵家にも影響を与える事になるだろう。体力のある伯爵家は耐えられても、ルース子爵家には大きな負担となるのは目に見えていた。
子爵家を継ぐクレアの長兄は、妹が修道院にでも入ってそれで幕引きとなった方が余程幸運な事であったろうと思った。
残念ながら妹の婚約は継続されており、ルース子爵家はこれから様々なツケを支払わなくてはならない。
アビンドン伯爵が令嬢の傷よりも事業を取ったことに甘えてしまった。
デズモンドと妹が懇意らしいと知った時に早々に別れさせれば良かった。いや、婚約解消を知った時に伯爵家へ両親共々詫びに行くべきであった、せめてクレアが学園で失言を放った時に、と思いながら、もう何処から謝れば良かったのか分からなくなってしまったのだった。
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