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それ後デイビッドはアナベルから離れることは無かった。

デズモンドと別れてからその足で、両親と姉達に挨拶をしに向かった。
長姉の婚約者も一緒にいて、暫く和やかな歓談をする。
姉が耳元で、「上手くやってるみたいね。安心したわ。」と囁くのに、「ちょっとハプニングがあったの。」と返して、夜会から帰ったら報告会になりそうであった。
それから、嫁ぎ先の伯爵家家族と一緒いた次姉とも言葉を交わすことが出来た。

「お付き合いがお有りの方とは、もう宜しいのですか?」
アナベルに合わせていては社交もままならないのではと心配すると、

「婚約者を紹介する以上の大切な社交は無いよ。」と、大人の返答で返された。

本当?上手過ぎて疑ってしまう自分は、デズモンドとの婚約解消ですっかり疑り深くなったらしい。

それからも幾家かの貴族達と会ったが、何れも婚約者であるアナベルの紹介と、婚姻式への案内などの話に終始した。

正直言えば、ほっとしていたアナベルであった。デイビッドは会話の中にアナベルを誘うことを忘れる事はなかった。

いつかの劇場での様に、隣にいながらまるで居ない者の様に蚊帳の外に置かれるというのは、居心地が悪い。
それが仕事の話であれば仕方が無いと合点も出来るが、私的な友人知人を前にして置いてけぼりにされるのは、出来れば経験したくはないことであった。

社交も進み、少しばかり疲れも感じた頃に、
「こんなところにいたのか、デイビッド。」
デイビッドの知人らしき青年貴族に声を掛けられた。デイビッドとは歳が近いように見える。
問題は、彼の横の女性であった。
アデレード。彼(か)の人本人であったから。

「久しぶりだな、ハロルド。アデレードとはちょっと前ぶりかな。」
微笑みで答えるデイビッドに変わったところは見つけられない。
どうやらこのハロルドがアデレードの夫らしい。

「紹介しよう。婚約者のアナベル嬢だ。」
そのまま流れるように紹介されて、家名と共に挨拶をする。

「ああ、噂に聞いていたよ。とうとう身を固めるのだな、お目出度う。可憐なご令嬢だね。良い縁を得たな、デイビッド。」

人当たりの良い笑みでハロルドが、
「妻のアデレードだ。これから茶会で会うこともあるだろうね。宜しく頼むよ。」
そう紹介をすると、アデレードからは、
「初めまして。ハロルドの妻のアデレードと申します。」と挨拶をされた。
初めてではないけれど。

その様子を見ていたデイビッドは何も言わない。先程、ちょっと前に会ったと夫君にも話していたのに、あの日確かに二人が出会っていたのを無かった事にしたいのか。

そんな事を考えながらデイビッドの表情を覗っていたが、ふと視線を感じて前に向き直した。
思わぬ強い視線を受けた。
先だっては、あれ程無視をしていたのが、真っ直ぐにアナベルを見つめていた。

アデレードの刺すような視線に思わず怯む。硬い表情のアナベルを緊張していると捉えたのか、
「僕達は学園からの付き合いなのだよ。所謂学友さ。」
ハロルドがアナベルに説明をしてくれた。

たったそれだけの事なのに、劇場で会った時に、そう紹介されても可怪しくないのにと、アナベルの胸に暗いものが湧いて来る。

隣のデイビッドをそっと見上げれば、まるでそれ以上の説明は必要無いと云うふうに未だ無言を貫いていた。

それからハロルドがデイビッドに幾つか尋ねて、それにデイビッドが返答をする形で会話は終わった。

彼らと別れてからも、デイビッドの様子に変わりは無く、何かを説明されると云う事も無かった。

触れて欲しくないのかも知れない。
流石にアナベルもそう観念するより無かった。彼らについて、いや、アデレードについて、デイビッドはアナベルに話す事も無ければ聞いて欲しい事も無いらしい。

時間を掛けて自分に納得させた筈なのに、一度目覚めた欺瞞の思いはなかなか鎮まる事は無かった。

夜会も終わりに近づいて、そろそろ帰ろうと言われる頃には、すっかり頭の中は考え過ぎた思考でぱんぱんに、不快一色に塗り潰されていた。

こんな執着心が自分の中にある事に我ながら驚いてしまう。今度こそ面倒な感情とは無縁の婚姻を結びたかった筈なのに。


帰りの馬車の中で無言になってしまったアナベルを、初めての夜会で疲れてしまったと思ったらしいデイビッドは、そっとしておくつもりであるらしい。

会話らしい会話も無く邸に着いて、座席を離れようと腰を浮かしたアナベルを、デイビッドが引き寄せた。
驚いて思わずデイビッドを見上げたアナベルの唇をそのまま奪う。
それまでも何度かされていたけれど、常に無い熱の籠もった口付けに、アナベルは飲み込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。

苦しい息さえ愛しい。
角度を変えて何度も繰り返されるうちに益々深くなる口付けに口内を蹂躙されて、思わずデイビッドのジャケットを強く握りしめた。
熱い掌に背中をホールドされて、アナベルを逃さない意思を持った追い詰める様な口付けは、もうどちらが求めているのか分からなかった。

狂おしいほどの胸の痛みと熱さを感じて、何があってもこの男を奪われたくない、そんな本能が剥き出しになるような激情に囚われた。






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