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晩餐の席で父伯爵に、「お父様、ご相談したい事があるの。少しだけお時間宜しくて?」

そう言えば、
「今、ここで話したら駄目なのかい?」
そう言われてしまった。

長姉のエミリアと次姉のアリシアが目配せをして来る。

「ええっと、お父様と二人でお話ししたいの。」
「私は今でも構わないよ。」
もう、そう云うところよお父様!

「ねえ、お父様。アナベルがこう言っているのだから、少しは気を遣ってあげてよ。」
「そうよ、お父様。そう云うところがいけないのよ?」
エミリアとアリシアに思わぬ加勢をされて、流石の父伯爵も些か怯む。

「あー、分かった分かった。では後で執務室においでアナベル。」

晩餐が終わって席を立つと、エミリアとアリシアが寄って来て、「一緒に行く?」と聞いてきた。
「ええ、お姉様方が一緒だと心強いわ。」

三人集まればなんとやら、非力なアナベルの言葉も伝わるかもしれない。


「それで、どうしたのかな?」
父に聞かれてありのままを話す。
途中、アナベルの言葉足らずを姉二人が助け舟を出して補ってくれた。
真逆、こんな話だとも思わなかった父の顔色も、だんだん冴えなくなって来る。

デズモンドはこの婚約の解消を願った。
「終わりにしたいと思っている。」とはそう云う事だろう。
あの後アナベルに言葉らしい言葉も掛けず、今日はこれで失礼するよと帰って行ったデズモンドの背を、半ば呆然と見送るアナベルに、エミリアとアリシアが寄って来た。大丈夫であったか案じていたらしいが、あって欲しくなかった結末に息を吐いた。

「お父様に相談しましょう。」
エミリアの言う通りだろう。
本人の口から告げられたのを、もうアナベルだけに留めておけない。もしかしたら、今頃デズモンドこそ生家で婚約の解消を乞うているかもしれない。

どの道、解消しか道が見えないのであれば、早い内に報告しなければならない。


「デズモンド君は、確かにそう言ったのだな?」
苦い顔で父が尋ねる。
「ええ。終わりにしたいと。お父様、きっとデズモンド様も伯爵様にそうお話なさると思います。」

暫く何やら考えていた父が、
「仕方無かろう。」
デズモンドの心移りに対してか、婚約の解消に対してか、一体どちらに対してなのか。

「分かった。後は私が話しをするよ。」
渋顔を戻す事なくそう言った。

アナベルがどうしたいのか、傷付いてはいないのか、アナベルを案ずる問い掛けが無いのには、もうアナベルは慣れっこになっている。

同じ事を思ったらしい姉達と執務室を出る。 

悪気は無いのだ。父はああ云う人なのだ。父の中では、アナベルの価値とはその程度のものなのである。
後で母から何があったか聞かれるのが億劫であった。

見ない振りを通せば良かったのかしら。
そうしたら婚約は続いたのかしら。
いいえ、それは無いわね。何れはデズモンド様の方から申し出をされたわ。遅かれ早かれこうなった筈よ。

それから、
父達の事業に影響してしまうのだろうか、母同士の関係は?お茶会でも度々一緒になっていた。
両親の都合を思うと心がどんどん沈んで行く。
そうして漸く、一番傷付いている筈の自分自身が、大人達のあれこればかりを憂いて、砕かれてしまった恋心を弔う事をすっかり忘れているのに気が付いた。

私がこんなだから、デズモンド様の心が離れてしまったのかしら。
アナベルは今度こそ泣きたくなってしまった。



意外な事に、父の行動は早かった。
翌日には先触れを出して、程なく婚約解消の話し合いの場を持った。
アリシアが無事に学園を卒業し、その学園も年度が変わって休みの時期に入っていた。頃合いも良かったのだろう。

両家でどんな話し合いが成されたのか、当事者であるのに、アナベルが詳しく聞かされる事は無かった。

父にとっても母にとっても、アナベルの気持ちは重要では無いのかもしれない。両家の間の事業やら、貴族家同士のこれからの付き合いやらの方が余程大切な事だろう。

分かっていても流石に堪えた。
失った恋心が悲しいのか、顧みられない両親への思慕が悲しいのか、それともその両方なのか、アナベルは分からないまま涙が零れてしまった。

けれども、いつまでも泣いてはいられなかった。
何処まで仕事が早いのか、早々に父は次の婚約者を見繕ったから。

一体、どんな風に婚約話を持ち掛けたのか分からないが、あぶれた娘を片付ける事には注力していたらしい。
アビンドン伯爵家は、長女と次女の婚姻を控えている。
長女エミリアは今年の秋には婿を迎えるし、次女アリシアは同じ伯爵家の子息の下へ来年嫁ぐ事が決まっている。
ここでアナベルが行く先も決まらずに、足枷になっては困るのだろう。

新学期が始まって、アリシアが卒業してしまった学園にアナベル一人登校する頃には、新たな婚約が結ばれていた。





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