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婚約解消の手続きは、本人同士は顔を合わせず、両家の父親達のみで成された。
年度変わりの学園の休み期間であっので、直後に顔を合わせる事も無かった為か、気構えた割に呆気ない幕切れに拍子抜けしてしまった。

傷付かなかった訳ではない。何ならしっかり傷付いた。父から手続きが終わった事を聞いた夜には、寝具に包まり涙した。
僅か二年であったが、アナベルはデズモンドを慕っていた。同年代にしては落ち着きのあるアナベルの心中を慮る程、デズモンドは成熟してはいなかったかも知れない。
それでも、アナベルにとっては初めて異性を意識して、将来を考えさせられた男性であったのだ。仄かに灯る恋心を、確かに自覚していた。


デズモンドは、貴族らしい金の髪色に翠の瞳の優しげな風貌の青年であった。本人は鼻の頭にあるそばかすを気にしている風であったが、それも合わせてチャーミングだとアナベルは好ましく思っていた。

父親同士の関係から、幼い頃より何度か顔を合わせていたので、全く知らない仲ではなかった。それでも、大人しいアナベルと男の子でやんちゃ盛りのデズモンドとは接点の無いまま成長した。

婚約の顔合わせでも、既に学園に入学していたから、それ程遠い関係にも思えなかった。
初見の時から同い年らしい会話も出来たし、デズモンドから「これから宜しく」と言われた時には、胸の内に確かな熱を感じた。初恋とも違うけれど、目の前の青年に将来嫁ぐのだと思うと気恥ずかしく、そうして嬉しく思えたのだ。

婚約したからといって、学園で共に過ごすと云う事は無かった。
クラスも違っていたし、婚約するまでに既に互いの交友関係が出来上がっていた。
もしそこで、アナベルの方から声を掛けて昼食時を一緒に過ごそうと誘えたのなら、違う結果であったのだろうか。

「それは無いわね。」

このふた月、何度も考えた事をアナベルは否定する。
だってそれなら、デズモンドが誘ってくれても良かったのだから。むしろ、男性の方から誘ってくれたなら、引っ込み思案のアナベルも心安く頷けた筈である。
何だか初手で誘いそびれてそれからは、改めて「お昼、一緒に如何?」なんて言えなかったのだ。

友人の中には二人の婚約を知る者もいたけれど、アナベルの気質を分かるからか深く聞かれることは無かった。
そんな二人でも、時折廊下などで擦れ違えば、互いに笑みを浮かべて視線を交わした。二人だけの秘事の様でこそばゆい甘い気持ちがした。

そんな日が確かにあったのだと、今は懐かしく思う。


学園でこそ睦まじく過ごすという事は出来なかったが、月に一二度は互いの邸を訪ってお茶を共にしていた。
穏やかな気質のデズモンドと大人しいアナベルであるから、若者らしく話が弾むと云うのとは違ったが、同い年らしく気楽に話が出来ていたと思う。

デズモンドが時折恥ずかしげにアナベルを見るのに、アナベルも恥ずかしげに俯向いたりで、そんな初々しい交流はあったのだ。

学園の休みの日に祭事などがあれば、街に一緒に出たりもしたし、互いの誕生日にも贈り物を贈り合っていた。
短い婚約期間で贈り合った物は多くは無いが、ひとつひとつ思い出と共に大切にしていた。

例えば、父親以外の男性に刺繍を施した贈り物をしたのも、デズモンドが初めてであった。最初は控えめにイニシャルを刺繍したハンカチを。それをデズモンドが、ほんのちょっぴり頬を染めて「有難う」と言ってくれてからは、デズモンドの生家の紋章を刺してみたり手の込んだ刺繍にも挑戦した。

学生同士であるから、高額な贈り物こそ少なかったが、贈られたペリドットの耳飾りはデズモンドの瞳の色だと思うと嬉しくて、大切にするあまり結局数える程しか着けていない。

「そういうところが駄目だったのかしら。」

アナベルなりに恋心を抱いて、デズモンドを慕っていたのだが、結果は結局こうなってしまった。

妹以外、姉達も婚約者がいたから、晩餐の席などで姉達が婚約者の話をするのを、成る程そう云う交流が出来るのだなとよく聞いておけば良かった。
社交的な姉達なのだからと、まるで観劇か小説のお話であるように他人事に聞いていた。

「もっと早い内にアドバイスを貰えば良かったのかしら。」

それもまた、たらればの話である。
出来てたら最初からそうしているのだから。




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