令嬢は見極める

桃井すもも

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妻になってほしい。そうジョージに乞われて、エリザベスは「はい」と答えた。
けれどもそれは、全く現実味のない話に思えた。

ジョージはエリザベスの姉・エレノアの婚約者である。そうしてジョージとエリザベスは、共にそれぞれの家の次期当主であり、エリザベスは本来であれば、ジョージとは主従の間柄になるのであって、婚姻など叶う筈もないように思えた。

父はそうかと言ったきり、駄目であるとも無理であるとも言わなかった。
エレノアについても、後継についても、何も言わなかった。

父は一体、どう思っているのだろう。熱に浮かれた若い二人の、一時の戯言(たわごと)と見逃して、時が来たらそれぞれ頭を冷やして元の道筋に戻るとでも考えているのか。

ジョージは、何を思って婚姻を望んだのだろう。彼こそ最も冷静に物事を判断し、侯爵家の将来を見据えている人物であろう。幼い頃から賢しく冷静であった。成人してからは尚の事である。
エレノアとの婚姻についてを口にしたエリザベスを遮った事に、何か理由があったのか。

侯爵様は?母は?エレノアは?
はてな?ばかりが重なって、エリザベスの頭の中は団子状態となってしまった。

そうして、自分自身の胸に尋ねてみれば、不安も常識も貴族の約束も脇に置けば、ジョージを恋しいと欲する思いだけが残った。

一体、どうなるのだろう。
どうすればよいのだろう。

セドリックは、父とジョージを信じれば良いと言った。
セドリックはいつでも、霧の中に迷い込んだエリザベスの道標となってくれる。
父を信じ、ジョージを信じ、セドリックを信じるならば、もう不安は欠片も無くなる。

エリザベスは信じて見極める時を待とうと思った。霧の中で迷ったなら晴れるのを待とう。進む時を見極めたなら前に進もう。


その日は突然訪れた。

ジョージに妻へと望まれたあの日から一週間程が経った頃、侯爵様とジョージが邸を訪れた。
何も知らされていなかったエリザベスは、執事から二人の来訪を知らされて慌てて身支度をしてから、セドリックを伴い貴賓室の扉をノックした。

室内には侯爵様とジョージ、そして父がいた。母は外出しており不在であった。

侯爵様へご挨拶をすれば、席に着くよう父に目線で促される。
父の隣に座ると、ジョージとは向かい合わせとなった。
ジョージと視線が合って彼の表情を窺えば、常と変わらぬ飄々とした様子である。

話し合うのだとすれば、話題はひとつしか思い浮かばない。ジョージとエリザベスのこれからについて、いよいよ侯爵様が動かれた。
背中を冷たいものが流れて行く。知らず知らず、膝の上に重ねた手が微かに震える。
身を固くしていた為か、俯いていたようであった。

「エリザベス。」
隣にいる父に名を呼ばれ、はっとして顔を上げた。

「ここにサインを。サインをしたならもう後戻りは出来ない。解っているな?」
父がエリザベスの手元に書類を差し出す。

婚約に関わる誓約書であった。
何度も何度も読んでは戻り確かめる。
何度読んでも婚約誓約書であった。

思わずジョージを見る。ジョージもエリザベスを見つめていた。
目が合えば、ふっと笑みを漏らして小さく頷く。その笑みが、大丈夫だとエリザベスを励ます。

瞳を閉じて、暫しの間沈黙の中に自分を置く。心を静め思考を鎮め、そうしてエリザベスは見極めた。
瞳を開いて脇にいる執事が差し出したペンを受け取り、躊躇うこと無くサインを書いた。

エリザベス・シーモア・ブルック。
何れ、エリザベス・グレアム・モーランドとなる。

霧の晴れるのを見極めたエリザベスは、一歩足を踏み出したのだった。


「お父様、お姉様は。」
サインを終えたエリザベスには、もう迷いは無かった。

何も説明されておらず、どうした経緯でこうなったのかも聞かされていない。
けれども道は定まって、歩みは進み始めた。もう止まることは無い。ジョージを信じて進んでゆく。

「エレノアはウィリアム殿と婚姻する。ジョージ殿との婚約は解消となる。」

「いつの間に?お姉様はそれで良いと?」

「あれにはこれから説明する。署名も。エリザベス、お前達二人の婚約を同時に入れ替える。」
なんという事。姉は納得するであろうか。

「エレノアに選択の余地はない。」
「ウィリアム様は、」
「ウィリアム殿こそ、望んでおられた事だろう。」
「では、我が家へ婿入りなさるので?」
「エリザベス、エレノアは伯爵家を継がない。ウィリアム殿は子爵位を継承される。エレノアはウィリアム殿に嫁ぐことになる。」

ウィリアムは、元々エリザベスとの婚姻後にモーランド侯爵家の従属爵位である子爵位を継承する事になっていた。

「では、当家は、」
「お前とジョージ殿の第二子に継がせる。それまではエリザベス、お前が当主代行として執務を執るのだ。子が生まれたなら、後継として育てるのはお前の役目だ。」

未だ存在しない我が子が形作られて行く。
まるでもうすぐこの世に現れて、この邸の中を走り回る様子が思い浮かんだ。

「エリザベス、第二子までは励めよ。」
父らしくない、本気なのか冗談なのか解らない言い草に驚いていると、

「お任せ下さい、義父上殿。必ず励んでみせましょう。」
何を励むのかと問い詰めたくなる回答を、ジョージが不敵な笑みで答える。

その一部始終を、まるで観劇でも楽しむように侯爵家当主は笑みを浮かべて眺めていた。






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