7 / 29
【7】
しおりを挟む
烟る金の髪に蒼い瞳。
王族が降嫁した歴史のあるモーランド侯爵家には、王族の色を纏った子が生まれる事が度々ある。
ウィリアムが正にそうだろう。
王家には王子が二人いるが、その王子達とウィリアムが並んだなら、共に王子と言われても解らないだろう。
それ程にウィリアムは王子然としていた。
幼い頃は殊更愛らしかった。
蒼い大きな瞳に顎の辺りで切り揃えた金の髪。絵本の中から飛び出したお伽噺の王子様。それがウィリアムであった。
ウィリアムよりほんの少し背丈のあったエリザベスは、ウィリアムの姉の様でもあった。一緒に大きくなり共に成長した。
姉弟の様な愛情がいつから男女の思慕に変わったのか、エリザベス自身も思い出せない。気が付いたら大切な男性(ひと)になっていた。確かな恋心を覚えた。初恋であった。
悲しいことは、その頃にはウィリアムは、もう既に異性として姉のエレノアを見つめていたのだろう。
今更婚約の解消をせずとも、疾うの昔にエリザベスの初恋は壊れていたのだ。
当の姉は、幼い頃からジョージを慕っていた。生まれた時から後継として大切に育てられた姉である。その立場も家も手放して嫁ぐ事を望んだのも姉である。ふわふわ綿菓子の様な甘やかな雰囲気を持つ姉であるが、その意志は固かった。
姉の愛するジョージ。
そのジョージの黒髪に榛の瞳は、弟と並び立っても異質な程かけ離れていた。
家族の中でも彼だけが、異国の血を受け継ぐ亡き祖父と同じ色を纏っていた。その祖父の面影を追うように、祖父の祖国である帝国に留学したのも頷ける事である。
四人四様の成長を遂げた。
仲の良さを理由だけに婚約などしなければ良かった。思い合う姉達は別として、せめてウィリアムとエリザベスは幼馴染のままでいたのなら、姉を慕うウィリアムに同情すれども裏切られた絶望を感じずに済んだかもしれない。
ジョージから謝罪をされて暫く、エリザベスはもう何度も考えた、「もしも、だったら」と、たらればばかりを思い返していた。
どうしたって幼い子供達に選択の自由は無かったのだから、今更エリザベスが考えても仕方が無い。何より一番傷付いているのはエリザベス本人なのである。
そうして、姉の思惑一つで気楽な次女から次期後継者に挿げ替えられるという、令嬢の自由も青春の謳歌も無い、書物と書類と数字に埋もれる人生に塗り替えられてしまった。
次期後継者である令息令嬢は学園にも友人にも大勢いる。彼らの大半は生まれながらにそうであるか、幼少からスペアとして教育された後の後継であったりした。
だから常より思ったのは、何故これ程までに我が家の後継教育が厳しいのだろうと云うことであった。
遊ぶ暇など一時も無い。
姉に代わって伯爵家の後継者となってから、学び学び教育教育の連続に、学園へ入学してからは事業や領地経営の執務が加わった。
寧ろ、学園で学ぶ時間の方が自由時間に思えるほど過密なスケジュールであるのを、他の令息令嬢を見てもそれ程迄に過酷な教育を受けている様には思えず、他家の事は解らないと諦めるしかなかった。
親子の関係にしても、父とはまるで上司と部下の様な垣根を感じるようになった。
母は元からのお嬢様気質からか、教育と執務に明け暮れる娘を遠巻きにし始めて、今では専ら姉と観劇やら茶会に出歩いている。
父にも母にも甘えられない。
寂しくもあったが父の事は尊敬していたし、母の美しさは憧れであった。
ウィリアムとの婚約を解消してから、何かが変わった。何が変わったのだろうかと数日考えて、それが自分自身である事に気が付いた。父に対する思い、母に姉に対する思い。婚約者だった男に抱く思い。
同時に、自分の心情がぐっと父に近付いた。父の孤独も父の努力も、同じ目線で察してしまう。
エリザベスが辿る道が、父が幼少から青年貴族となり当主を継ぐ迄の過程であるのが理解出来た。
父娘二人で夜更けまで語らったあの夜から父への信頼は益々深まった。
対照的に、母と姉の行動が何とも軽薄で短慮で勝手気ままに思えてしまって、家族であっても相容れない不可思議な感を覚えてしまう。父は何も感じていないのだろうか。
父は厳しいが家族を顧みない人ではない。
であれば母は父の孤独な戦いを理解しているのか。
後継から外れて、学園を卒業してからも変わらず令嬢として振る舞い、妹の婚約者との近過ぎる交流で解消の切っ掛けを作った姉。
よく似た母娘とよく似た父娘。
エリザベスの家族もまた、幼い頃とは形を変えて、それが本来の姿であるように歪な姿を浮き彫りにし始めた。
変わってしまった家族と変わってしまった幼馴染。変わってしまった母姉との関係と変わってしまった婚約者との関係。
自分の世界で変わらないものは何であるのかを、婚約解消を機にエリザベスは見極め始めていた。
王族が降嫁した歴史のあるモーランド侯爵家には、王族の色を纏った子が生まれる事が度々ある。
ウィリアムが正にそうだろう。
王家には王子が二人いるが、その王子達とウィリアムが並んだなら、共に王子と言われても解らないだろう。
それ程にウィリアムは王子然としていた。
幼い頃は殊更愛らしかった。
蒼い大きな瞳に顎の辺りで切り揃えた金の髪。絵本の中から飛び出したお伽噺の王子様。それがウィリアムであった。
ウィリアムよりほんの少し背丈のあったエリザベスは、ウィリアムの姉の様でもあった。一緒に大きくなり共に成長した。
姉弟の様な愛情がいつから男女の思慕に変わったのか、エリザベス自身も思い出せない。気が付いたら大切な男性(ひと)になっていた。確かな恋心を覚えた。初恋であった。
悲しいことは、その頃にはウィリアムは、もう既に異性として姉のエレノアを見つめていたのだろう。
今更婚約の解消をせずとも、疾うの昔にエリザベスの初恋は壊れていたのだ。
当の姉は、幼い頃からジョージを慕っていた。生まれた時から後継として大切に育てられた姉である。その立場も家も手放して嫁ぐ事を望んだのも姉である。ふわふわ綿菓子の様な甘やかな雰囲気を持つ姉であるが、その意志は固かった。
姉の愛するジョージ。
そのジョージの黒髪に榛の瞳は、弟と並び立っても異質な程かけ離れていた。
家族の中でも彼だけが、異国の血を受け継ぐ亡き祖父と同じ色を纏っていた。その祖父の面影を追うように、祖父の祖国である帝国に留学したのも頷ける事である。
四人四様の成長を遂げた。
仲の良さを理由だけに婚約などしなければ良かった。思い合う姉達は別として、せめてウィリアムとエリザベスは幼馴染のままでいたのなら、姉を慕うウィリアムに同情すれども裏切られた絶望を感じずに済んだかもしれない。
ジョージから謝罪をされて暫く、エリザベスはもう何度も考えた、「もしも、だったら」と、たらればばかりを思い返していた。
どうしたって幼い子供達に選択の自由は無かったのだから、今更エリザベスが考えても仕方が無い。何より一番傷付いているのはエリザベス本人なのである。
そうして、姉の思惑一つで気楽な次女から次期後継者に挿げ替えられるという、令嬢の自由も青春の謳歌も無い、書物と書類と数字に埋もれる人生に塗り替えられてしまった。
次期後継者である令息令嬢は学園にも友人にも大勢いる。彼らの大半は生まれながらにそうであるか、幼少からスペアとして教育された後の後継であったりした。
だから常より思ったのは、何故これ程までに我が家の後継教育が厳しいのだろうと云うことであった。
遊ぶ暇など一時も無い。
姉に代わって伯爵家の後継者となってから、学び学び教育教育の連続に、学園へ入学してからは事業や領地経営の執務が加わった。
寧ろ、学園で学ぶ時間の方が自由時間に思えるほど過密なスケジュールであるのを、他の令息令嬢を見てもそれ程迄に過酷な教育を受けている様には思えず、他家の事は解らないと諦めるしかなかった。
親子の関係にしても、父とはまるで上司と部下の様な垣根を感じるようになった。
母は元からのお嬢様気質からか、教育と執務に明け暮れる娘を遠巻きにし始めて、今では専ら姉と観劇やら茶会に出歩いている。
父にも母にも甘えられない。
寂しくもあったが父の事は尊敬していたし、母の美しさは憧れであった。
ウィリアムとの婚約を解消してから、何かが変わった。何が変わったのだろうかと数日考えて、それが自分自身である事に気が付いた。父に対する思い、母に姉に対する思い。婚約者だった男に抱く思い。
同時に、自分の心情がぐっと父に近付いた。父の孤独も父の努力も、同じ目線で察してしまう。
エリザベスが辿る道が、父が幼少から青年貴族となり当主を継ぐ迄の過程であるのが理解出来た。
父娘二人で夜更けまで語らったあの夜から父への信頼は益々深まった。
対照的に、母と姉の行動が何とも軽薄で短慮で勝手気ままに思えてしまって、家族であっても相容れない不可思議な感を覚えてしまう。父は何も感じていないのだろうか。
父は厳しいが家族を顧みない人ではない。
であれば母は父の孤独な戦いを理解しているのか。
後継から外れて、学園を卒業してからも変わらず令嬢として振る舞い、妹の婚約者との近過ぎる交流で解消の切っ掛けを作った姉。
よく似た母娘とよく似た父娘。
エリザベスの家族もまた、幼い頃とは形を変えて、それが本来の姿であるように歪な姿を浮き彫りにし始めた。
変わってしまった家族と変わってしまった幼馴染。変わってしまった母姉との関係と変わってしまった婚約者との関係。
自分の世界で変わらないものは何であるのかを、婚約解消を機にエリザベスは見極め始めていた。
3,043
お気に入りに追加
3,975
あなたにおすすめの小説

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

大好きだけどお別れしましょう〈完結〉
ヘルベ
恋愛
釣った魚に餌をやらない人が居るけど、あたしの恋人はまさにそれ。
いや、相手からしてみたら釣り糸を垂らしてもいないのに食らいついて来た魚なのだから、対して思い入れもないのも当たり前なのか。
騎士カイルのファンの一人でしかなかったあたしが、ライバルを蹴散らし晴れて恋人になれたものの、会話は盛り上がらず、記念日を祝ってくれる気配もない。デートもあたしから誘わないとできない。しかも三回に一回は断られる始末。
全部が全部こっち主導の一方通行の関係。
恋人の甘い雰囲気どころか友達以下のような関係に疲れたあたしは、思わず「別れましょう」と口に出してしまい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる