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王城での夜会は聖夜の夜会と呼ばれているが、実際は聖夜の三日前に開かれる。この夜会をもって年内の社交は終了となって、実際の聖夜はどこの家も皆家族で過ごす。
二週間後には年明けの新年を祝う夜会があるから、辺境伯や領地が遠方にある貴族等は、聖夜の夜会は見送って新年の夜会に参加する家も多い。
けれども、王都に邸を構える貴族家の大半が参加するのが聖夜の夜会で、打ち上げ花火のフィナーレの様に、年の終わりを語らい踊り明かす華やかな催しとなる。
「では、ヘンリエッタ。行ってくるわね。貴女方も楽しんでね。」
母は父と連れ立ってヘンリエッタより先に邸を出た。ウィリアムはとっくにエスコートを願ったご令嬢を迎えに行っている。
マルクスは、王城での夜会へと皆が出払った頃合いにヘンリエッタを迎えに来ると言った。道もその方が空いているだろうから、静かな街並みを眺めて行こうと。
マルクスの邸も夫妻に兄達は王城の夜会に出ているから、主の不在となった邸を訪うことになる。正式な夜会ではないから、ブリジットも気兼ねなく行けると思いきや、ブリジットも夫のフランクもピシッと正装していて驚いた。
主家の令嬢ヘンリエッタに侍るのに、マクルズ子爵家に失礼があってはならないのだと言う。
侍女仲間から髪を結い上げてもらったブリジットは、とても美しかった。彼女も元々貴族の令嬢であったから、婚姻前にはドレスで装って王城の夜会に出ていたのだろう。
少女の頃よりヘンリエッタの側にいて、姉の様に慕ったブリジットの貴族としての一面が垣間見えて、ヘンリエッタは不思議な気持ちになった。
「はあ~。今からでも絵師を呼びましょう。こんな可憐なお嬢様、もう再びお目にかかる事は無いかもしれません。」
今夜は侍女頭がヘンリエッタの装いを仕上げてくれている。シンプルなラインであるのがふわふわ加減を引き立てて、純白のふわもこワンピースは兎に角可憐のひと言である。
「ワンピースが可憐なのよ。私はすっかり着られているわ。」
「どこまでも後ろ向きのお嬢様は慎ましくそこが美点でございますが、過ぎたるは及ばざるが如し。ご自分の美徳と素直にお認めなさいませ。」
今はヘンリエッタの髪を結い上げている侍女頭には、へなちょこ令嬢ヘンリエッタでは到底敵わない。口答えもそこそこに大人しく髪を結われている。
夜会巻きよりふんわりと巻かれた髪に、パールの付いたピンを幾つも挿す。淡いミルクティー色の髪にパールが散らばる様が華やかだ。
化粧は全体的に淡いピンクで、唇は一体何を塗ったのかうるうるのウルウルだ。
「もう一層の事、綿菓子におなりなさいませ、お嬢様。誠にお可愛らしゅうございます。」
「え~、大袈裟よ~。」
そう言いながらも、ヘンリエッタは実のところ盛大に照れていた。
マリーは可愛いと言ってくれるだろうか。
先程からそればかりを考えているのを、ヘンリエッタは気が付いていない。
ワンピースの上からエクリュ色のケープコートを羽織る。膝から露わになる足には白いストッキングを履いていたから、全身白いコーディネートとなって、ブリジットが「すっかり雪の精ですね、お嬢様。」と言ったのは褒め言葉か。褒め言葉なのか?
ヘンリエッタを見送るのに、侍女達皆が表に出て、我が家はこんなに使用人がいただろうかと驚いた。
「ふっ、思った以上に可愛いわ、ヘンリエッタ。」
ヘンリエッタを迎えに訪れた今宵のマルクスは、侍女が小さくきゃあと言うほど麗しい。
それでなくとも短く切った髪が彼を凛々しく見せているのに、長めの前髪を流して額を露わにしているから、もうご尊顔がピカーと見えた。
よく見ると、額にはエレノアに打たれた傷が残っている。この傷は本当ならばヘンリエッタが受けたものを、マルクスが身を挺して受け止めたものだ。
それを思うとヘンリエッタは、こんな綺麗な顔なのに傷を付けさせてしまったと悲しくなってしまった。バシンと扇が額を打ち据えた音が、今だに耳に残っていた。
「さあ、レディ。宜しいか。」
主家の令嬢が麗しい貴公子に連れられて行くのを、若い侍女等ばかりでなく年嵩の侍女達も頬を染めて見送った。何故だか執事の瞳も潤んでいた。
マクルズ子爵家の邸宅は、ヘンリエッタの邸より商店の犇めく表通りに近い。ノーザランド伯爵邸は王城寄りにあり、そこから下るのが子爵家であった。それでも共に貴族の居住区であるから、馬車なら四半刻ほどで着いてしまう。
「お待ちしておりました。ヘンリエッタ様。」
子爵家の執事はじめ使用人達に出迎えられてヘンリエッタが気恥ずかしくなったのは、何処から見ても隙のない紳士的なマルクスに指先を捉えられてエスコートされているからか。
玄関ホールでケープコートを脱げば、冬の夜気が肌に触れるも寒くはなかった。
ワンピース姿のヘンリエッタの為に、邸内は何処も暖を増やして暖かく設えられていた。
ブリジット夫妻と共に貴賓室に通されて、四人は早速乾杯をする。
暖かな部屋に暖炉の火が爆ぜる音、ブリジットとフランクが互いを見合う姿、そうしてマルクスが、ヘンリエッタを見つめる優しい眼差しに、ヘンリエッタは何故だか涙が出そうになった。
二週間後には年明けの新年を祝う夜会があるから、辺境伯や領地が遠方にある貴族等は、聖夜の夜会は見送って新年の夜会に参加する家も多い。
けれども、王都に邸を構える貴族家の大半が参加するのが聖夜の夜会で、打ち上げ花火のフィナーレの様に、年の終わりを語らい踊り明かす華やかな催しとなる。
「では、ヘンリエッタ。行ってくるわね。貴女方も楽しんでね。」
母は父と連れ立ってヘンリエッタより先に邸を出た。ウィリアムはとっくにエスコートを願ったご令嬢を迎えに行っている。
マルクスは、王城での夜会へと皆が出払った頃合いにヘンリエッタを迎えに来ると言った。道もその方が空いているだろうから、静かな街並みを眺めて行こうと。
マルクスの邸も夫妻に兄達は王城の夜会に出ているから、主の不在となった邸を訪うことになる。正式な夜会ではないから、ブリジットも気兼ねなく行けると思いきや、ブリジットも夫のフランクもピシッと正装していて驚いた。
主家の令嬢ヘンリエッタに侍るのに、マクルズ子爵家に失礼があってはならないのだと言う。
侍女仲間から髪を結い上げてもらったブリジットは、とても美しかった。彼女も元々貴族の令嬢であったから、婚姻前にはドレスで装って王城の夜会に出ていたのだろう。
少女の頃よりヘンリエッタの側にいて、姉の様に慕ったブリジットの貴族としての一面が垣間見えて、ヘンリエッタは不思議な気持ちになった。
「はあ~。今からでも絵師を呼びましょう。こんな可憐なお嬢様、もう再びお目にかかる事は無いかもしれません。」
今夜は侍女頭がヘンリエッタの装いを仕上げてくれている。シンプルなラインであるのがふわふわ加減を引き立てて、純白のふわもこワンピースは兎に角可憐のひと言である。
「ワンピースが可憐なのよ。私はすっかり着られているわ。」
「どこまでも後ろ向きのお嬢様は慎ましくそこが美点でございますが、過ぎたるは及ばざるが如し。ご自分の美徳と素直にお認めなさいませ。」
今はヘンリエッタの髪を結い上げている侍女頭には、へなちょこ令嬢ヘンリエッタでは到底敵わない。口答えもそこそこに大人しく髪を結われている。
夜会巻きよりふんわりと巻かれた髪に、パールの付いたピンを幾つも挿す。淡いミルクティー色の髪にパールが散らばる様が華やかだ。
化粧は全体的に淡いピンクで、唇は一体何を塗ったのかうるうるのウルウルだ。
「もう一層の事、綿菓子におなりなさいませ、お嬢様。誠にお可愛らしゅうございます。」
「え~、大袈裟よ~。」
そう言いながらも、ヘンリエッタは実のところ盛大に照れていた。
マリーは可愛いと言ってくれるだろうか。
先程からそればかりを考えているのを、ヘンリエッタは気が付いていない。
ワンピースの上からエクリュ色のケープコートを羽織る。膝から露わになる足には白いストッキングを履いていたから、全身白いコーディネートとなって、ブリジットが「すっかり雪の精ですね、お嬢様。」と言ったのは褒め言葉か。褒め言葉なのか?
ヘンリエッタを見送るのに、侍女達皆が表に出て、我が家はこんなに使用人がいただろうかと驚いた。
「ふっ、思った以上に可愛いわ、ヘンリエッタ。」
ヘンリエッタを迎えに訪れた今宵のマルクスは、侍女が小さくきゃあと言うほど麗しい。
それでなくとも短く切った髪が彼を凛々しく見せているのに、長めの前髪を流して額を露わにしているから、もうご尊顔がピカーと見えた。
よく見ると、額にはエレノアに打たれた傷が残っている。この傷は本当ならばヘンリエッタが受けたものを、マルクスが身を挺して受け止めたものだ。
それを思うとヘンリエッタは、こんな綺麗な顔なのに傷を付けさせてしまったと悲しくなってしまった。バシンと扇が額を打ち据えた音が、今だに耳に残っていた。
「さあ、レディ。宜しいか。」
主家の令嬢が麗しい貴公子に連れられて行くのを、若い侍女等ばかりでなく年嵩の侍女達も頬を染めて見送った。何故だか執事の瞳も潤んでいた。
マクルズ子爵家の邸宅は、ヘンリエッタの邸より商店の犇めく表通りに近い。ノーザランド伯爵邸は王城寄りにあり、そこから下るのが子爵家であった。それでも共に貴族の居住区であるから、馬車なら四半刻ほどで着いてしまう。
「お待ちしておりました。ヘンリエッタ様。」
子爵家の執事はじめ使用人達に出迎えられてヘンリエッタが気恥ずかしくなったのは、何処から見ても隙のない紳士的なマルクスに指先を捉えられてエスコートされているからか。
玄関ホールでケープコートを脱げば、冬の夜気が肌に触れるも寒くはなかった。
ワンピース姿のヘンリエッタの為に、邸内は何処も暖を増やして暖かく設えられていた。
ブリジット夫妻と共に貴賓室に通されて、四人は早速乾杯をする。
暖かな部屋に暖炉の火が爆ぜる音、ブリジットとフランクが互いを見合う姿、そうしてマルクスが、ヘンリエッタを見つめる優しい眼差しに、ヘンリエッタは何故だか涙が出そうになった。
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