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ダンスが終われば、ヘンリエッタとマルクスは直ぐに御婦人方に囲まれた。中にはお若いご令嬢の姿もある。
「ヘンリエッタ様、とても素敵でいらしたわ。それで、そちらのドレスは貴方が新しく立ち上げた商会でお作りになったものなの?マルクス様。」
一人の御婦人が尋ねれば、それを皮切りに次々と問い掛けられて、最後には
「お背中をもう少し拝見させて下さらない?」
とお願いされて、恥ずかしく思いながらもヘンリエッタは、首で結わえるリボンの仕様や背中の空き具合などをマルクスが説明するのに合わせてお披露目する。
「それにしても抜けるような白い肌をお持ちなのね。」
そんな事を誰かが言えば、そうよねお美しいお肌よねと、肝心のドレスはそっちのけになってしまって、最後はヘンリエッタの身辺について話が及んだ。
「これほど美しい婚約者を粗末に扱う方がいらっしゃるだなんて、信じられない事よね。」
「本当に。やはり殿方とは誠実なのが何よりね。ヘンリエッタ様、ご安心なさって。貴女でしたらまた良い御縁に恵まれるわ。」
どうやら社交界ではハロルドがエレノアに付きっ切りであるのは知られているらしく、ヘンリエッタとの婚約も解消されると見做されている様であった。
M&M商会の新作ドレスのお披露目が、ヘンリエッタの醜聞に邪魔されてしまうのは嫌だった。どうしたものかと思っていると、マルクスがヘンリエッタの腰を抱き寄せた。
「それなら私がヘンリエッタ嬢を頂戴しようかな。」
「まあ!」「きゃあ、素敵!」
マルクスのリップサービスにご令嬢方が黄色い声を上げて、場は一気に華やかに盛り上がった。
ヘンリエッタは思わず頬が紅く染まってしまって、それも御婦人方には初々しく映る様で、何故か「私は貴方達を応援するわ」と言われてしまった。
そんな風に、あちこちで一通り二人で並び立って揃いの衣装をお披露目した後、マルクスは頂戴通り掛かった給仕からシャンパンをもらう。
「お疲れ、ヘンリエッタ。今日はこのくらいにして、まずは乾杯しましょうよ。」
グラスをヘンリエッタに手渡しながらマルクスが耳元で囁いた。女言葉を周りに聞かせない為であるのだが、傍から見ればそれは熱い告白を耳元で告げている様に見えたらしい。再び「きゃあ」と黄色い悲鳴が聴こえた。
冷えた琥珀色のシャンパンが喉を潤す。高揚感を爽やかな後味が鎮めてくれる。
マルクスと目が合って、どちらともなく微笑み合った。そんな些細な事でヘンリエッタの心を穏やかに持ち上げてくれるマルクスに、ヘンリエッタはダンスで身を委ねる様に心も全幅の信頼を寄せている。
霧の中で手探りのまま小説を書こうと思い立ったヘンリエッタは、マルクスの言葉に、笑みに、引き寄せる確かな手に誘われてここにいる。
小説は、臙脂を帯びた赤い布張りの姿でこの世に生まれ出た。
ヘンリエッタは、その身分は明かさずマルガレーテ・М・ミッチェルとしてもう一つの人生を得られた。
マルクスから与えられた物事の大きさに、ヘンリエッタは感謝した。どうしたらこの幸運のお返しが出来るだろう。どうしたら、幸せなのだと思うこの気持ちを伝えられるだろう。
だから、ヘンリエッタはそのままの気持ちを伝える事にした。
「マリー、私、幸せよ。貴女に会えて幸せよ。貴女がいてくれて本当に幸せだと思うのよ。」
その言葉にマルクスは、一瞬素の表情でヘンリエッタを見つめたが、直ぐに「有難う。私も貴女がいてくれて幸せよ。」と、同じ言葉を返してくれた。
「さあ、そろそろ撤収しましょうか。」
「ええ。」
コーラルピンクのドレスは大活躍であった。モデルはヘンリエッタであるのに、マルクスのデザインが御婦人方の心に刺さったらしく、プレタポルテがいつ頃販売されるのかを数人から尋ねられていた。
マルクスが差し出した肘にヘンリエッタは手を添える。退場するのにエスコートしてくれるらしい。
最後まで紳士を演じ切ってヘンリエッタを丁重に扱うマルクスは、喩え男の娘であったとしても、その本質は騎士の様な凛々しさを持っているとヘンリエッタは思うのだった。
夜会会場を後にして、馬車止まりまで長い王宮の回廊を二人で並び歩く。
「寒くない?」
「大丈夫よ。コートがとても暖かいの。」
肩と背を露わにするドレスの為に、マルクスはファーコートを用意してくれていた。純白のファーは最近流行りの化繊であるらしく、ふわふわと柔らかで何より軽い。着心地が良いのに、大きめの襟にたっぷりとしたAラインの身頃、ショート丈のデザインが可愛らしい。
このファーコートもきっとご令嬢方から人気となるわ。
そんな事を考えながら歩く後ろから、
「そこのお前。」
行き成り声を掛けられた。貴族の令嬢にお前呼びだなんて、そんな呼び掛け出来るのは王族くらいだろう。振り返る前から憂鬱になってしまう。
「ご機嫌麗しゅう、エレノア王女殿下にご挨拶を申し上げます。」
ふわふわのファーコートを纏ってするカーテシーの不格好な事。またしても王女に鼻で笑われそうである。ヘンリエッタの憂鬱は二倍になった。
この憂鬱を是非とも倍返ししたい。頭を垂れながらヘンリエッタは思うのだった。
「ヘンリエッタ様、とても素敵でいらしたわ。それで、そちらのドレスは貴方が新しく立ち上げた商会でお作りになったものなの?マルクス様。」
一人の御婦人が尋ねれば、それを皮切りに次々と問い掛けられて、最後には
「お背中をもう少し拝見させて下さらない?」
とお願いされて、恥ずかしく思いながらもヘンリエッタは、首で結わえるリボンの仕様や背中の空き具合などをマルクスが説明するのに合わせてお披露目する。
「それにしても抜けるような白い肌をお持ちなのね。」
そんな事を誰かが言えば、そうよねお美しいお肌よねと、肝心のドレスはそっちのけになってしまって、最後はヘンリエッタの身辺について話が及んだ。
「これほど美しい婚約者を粗末に扱う方がいらっしゃるだなんて、信じられない事よね。」
「本当に。やはり殿方とは誠実なのが何よりね。ヘンリエッタ様、ご安心なさって。貴女でしたらまた良い御縁に恵まれるわ。」
どうやら社交界ではハロルドがエレノアに付きっ切りであるのは知られているらしく、ヘンリエッタとの婚約も解消されると見做されている様であった。
M&M商会の新作ドレスのお披露目が、ヘンリエッタの醜聞に邪魔されてしまうのは嫌だった。どうしたものかと思っていると、マルクスがヘンリエッタの腰を抱き寄せた。
「それなら私がヘンリエッタ嬢を頂戴しようかな。」
「まあ!」「きゃあ、素敵!」
マルクスのリップサービスにご令嬢方が黄色い声を上げて、場は一気に華やかに盛り上がった。
ヘンリエッタは思わず頬が紅く染まってしまって、それも御婦人方には初々しく映る様で、何故か「私は貴方達を応援するわ」と言われてしまった。
そんな風に、あちこちで一通り二人で並び立って揃いの衣装をお披露目した後、マルクスは頂戴通り掛かった給仕からシャンパンをもらう。
「お疲れ、ヘンリエッタ。今日はこのくらいにして、まずは乾杯しましょうよ。」
グラスをヘンリエッタに手渡しながらマルクスが耳元で囁いた。女言葉を周りに聞かせない為であるのだが、傍から見ればそれは熱い告白を耳元で告げている様に見えたらしい。再び「きゃあ」と黄色い悲鳴が聴こえた。
冷えた琥珀色のシャンパンが喉を潤す。高揚感を爽やかな後味が鎮めてくれる。
マルクスと目が合って、どちらともなく微笑み合った。そんな些細な事でヘンリエッタの心を穏やかに持ち上げてくれるマルクスに、ヘンリエッタはダンスで身を委ねる様に心も全幅の信頼を寄せている。
霧の中で手探りのまま小説を書こうと思い立ったヘンリエッタは、マルクスの言葉に、笑みに、引き寄せる確かな手に誘われてここにいる。
小説は、臙脂を帯びた赤い布張りの姿でこの世に生まれ出た。
ヘンリエッタは、その身分は明かさずマルガレーテ・М・ミッチェルとしてもう一つの人生を得られた。
マルクスから与えられた物事の大きさに、ヘンリエッタは感謝した。どうしたらこの幸運のお返しが出来るだろう。どうしたら、幸せなのだと思うこの気持ちを伝えられるだろう。
だから、ヘンリエッタはそのままの気持ちを伝える事にした。
「マリー、私、幸せよ。貴女に会えて幸せよ。貴女がいてくれて本当に幸せだと思うのよ。」
その言葉にマルクスは、一瞬素の表情でヘンリエッタを見つめたが、直ぐに「有難う。私も貴女がいてくれて幸せよ。」と、同じ言葉を返してくれた。
「さあ、そろそろ撤収しましょうか。」
「ええ。」
コーラルピンクのドレスは大活躍であった。モデルはヘンリエッタであるのに、マルクスのデザインが御婦人方の心に刺さったらしく、プレタポルテがいつ頃販売されるのかを数人から尋ねられていた。
マルクスが差し出した肘にヘンリエッタは手を添える。退場するのにエスコートしてくれるらしい。
最後まで紳士を演じ切ってヘンリエッタを丁重に扱うマルクスは、喩え男の娘であったとしても、その本質は騎士の様な凛々しさを持っているとヘンリエッタは思うのだった。
夜会会場を後にして、馬車止まりまで長い王宮の回廊を二人で並び歩く。
「寒くない?」
「大丈夫よ。コートがとても暖かいの。」
肩と背を露わにするドレスの為に、マルクスはファーコートを用意してくれていた。純白のファーは最近流行りの化繊であるらしく、ふわふわと柔らかで何より軽い。着心地が良いのに、大きめの襟にたっぷりとしたAラインの身頃、ショート丈のデザインが可愛らしい。
このファーコートもきっとご令嬢方から人気となるわ。
そんな事を考えながら歩く後ろから、
「そこのお前。」
行き成り声を掛けられた。貴族の令嬢にお前呼びだなんて、そんな呼び掛け出来るのは王族くらいだろう。振り返る前から憂鬱になってしまう。
「ご機嫌麗しゅう、エレノア王女殿下にご挨拶を申し上げます。」
ふわふわのファーコートを纏ってするカーテシーの不格好な事。またしても王女に鼻で笑われそうである。ヘンリエッタの憂鬱は二倍になった。
この憂鬱を是非とも倍返ししたい。頭を垂れながらヘンリエッタは思うのだった。
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