48 / 78
【48】
しおりを挟む
夜会当日、玄関ホールに現れたマルクスは、涼しげな眼差しの見目麗しい青年貴族の姿であった。
「ヘンリエッタ嬢、今宵の貴女はとてもお美しい。貴女をエスコート出来ることを光栄に思う。なんちゃって。」
と、直ぐに正体をバラした。
「もう~、マリーったら黙っていたら美丈夫なのに、直ぐにおちゃらけないで頂戴な。」
あはあはと二人でひとしきり笑ってから、マルクスはヘンリエッタの手を取った。
「冗談ではなく本当に素敵よ、ヘンリエッタ。とても良く似合ってる。きっとドレスの売れ行きも期待出来る筈よ。」
「だから、ちょいちょい商売を匂わせないで。」
バシンと腕を叩けば、マルクスはびくとも動かなかった。彼は男の娘であるがしっかり身体を鍛えていたから、へなちょこヘンリエッタにちょっとくらい叩かれても1mmも響かない。
「真っ赤な蔓薔薇がとっても素敵。貴女の髪色にもドレスにも良く映えているわね。」
「マリー、貴女こそとても格好良いわ。きっと今宵も貴女にメロメロにされちゃうご令嬢が大勢いる筈よ。罪な人ね、貴女って。」
あははうふふと戯れ合う二人を、ウィリアムが複雑な表情で見つめている。まあ、彼もご令嬢のエスコートを賜っていたから、姉達に関わりあっている暇は無かった。
「やっぱり、ダンスは踊らなきゃ駄目?」
「まあ、目立ってなんぼの商売ですもの。思いっきり貴女のその諸肌を晒してやるわよ!」
「いやああ~、そんな恥ずかしい事、辞めて頂戴っ」
馬車の中でも姦しく過ごす内に、王城に到着した。
上着のファーコートをクロークに預けて、後ろで待ってくれていたマルクスへと向き合えば、マルクスは悪戯っぽい笑みを浮かべてヘンリエッタを会場へと誘った。
「覚悟は宜しくて?ヘンリエッタ嬢。」
「宜しくてよ、マルクス様。」
ヘンリエッタもマルクスに答えれば、マルクスは笑みを深めた。
会場へ向かう通路で気合いが入る。
扉が開く。二人の名が読み上げられる。その瞬間、貴族たちの視線が一斉に向けられて痛い程だと思った。
「貴女には私が一緒にいるわ。」
耳元でマルクスが囁やけば、つい俯きそうになる顔が上がる。ヘンリエッタは胸を張って背筋を伸ばして、マルクスの腕に掛けた手に力を込めた。
「Ready Go」
マルクスの囁く声に勇気を貰って、共に一歩を踏み出した。
会場は、高位貴族の面々が揃えば、後は王族の入城となる。
王妃殿下を伴う国王陛下、王太子殿下とその婚約者、それに引き続いて第二王子殿下と婚約者。その後から第三王子殿下と母である側妃が入城する。
国王が開会の宣言をして、王妃をエスコートしてダンスフロアに進み出る。高貴な二人がダンスを披露するその姿にヘンリエッタは釘付けとなってしまった。
「お口が開いているわよ、ヘンリエッタ。」
マルクスに注意をされて、思わずぽかんと開いていたお口を閉じる。
「ほら、第二コンビのお出ましよ。」
見れば王子達もダンスを披露するらしい。
王太子殿下とその婚約者。エドワード殿下とエレノア王女。ロバート殿下はヘンリエッタの知らないご令嬢をエスコートしていた。
第二コンビと言うワードについ反応してしまい、思わず二人に視線が向かう。別に見たい訳でも無いのだが、どんな様子なのか野次馬根性が湧いて来た。
金髪にエメラルドの瞳のエドワード殿下。エレノア王女は淡い金の髪色に瞳はエメラルドで、流石は第二コンビ、纏う色まで息ぴったりである。
エレノアのドレスもエドワードのジャケットも、光沢のある深緑であるのを、「玉虫色ね。」と評したマルクスの言葉に思わず吹いてしまいそうになる。
不思議な事に、その玉虫色はエドワードには品良く似合っていた。エドワードの高貴な姿に、深緑は青年王族の落ち着きと清廉な印象を与える。残念なのは、童顔のエレノアに緑色がどうにも似合わないことだった。
それって、これからの衣装選びが大変だろうなと、ヘンリエッタでさえ気の毒に思った。まあ、お似合いの二人であるから、衣装の色なんてどうでも良いだろう。そんな不敬なことを思うのだった。
王族のダンスが終われば、愈々出番であると貴族達がダンスフロアに集まる。
ヘンリエッタとマルクスも、商品であるドレスをお披露目出来る舞台である。
「レディ、宜しいかな?」
「宜しくないけれど行かねばならないのでしょう?」
「私を信じてその身を委ねて頂きたい。」
「マ、マルクス様...」
そんな甘々な台詞、傍から聞いたらなんと思われるか。マクルズ子爵令息マルクスは、今宵も不埒な口ぶりでヘンリエッタを翻弄する。
マルクスに手を引かれてフロアに進み出れば、マルクスはワルツのポジションで右手をヘンリエッタと組み合わせ、左手は露わになった真っ白な背中にそっと添えた。
手袋越しにマルクスの体温が感じられて、ヘンリエッタはとても恥ずかしくなった。
マルクスに素肌に触れられている。この気持ちをなんと表現して良いのか解らない。
なのに、当のマルクスは涼しい顔でヘンリエッタを見下ろしている。彼はきっと何も気にしていないのだろう。そう思えば、照れも恥ずかしさも幾分落ち着くのであった。
楽団が軽やかなワルツを奏でれば、マルクスは一歩前に踏み出して、それに合わせてヘンリエッタは一歩後ろに下がった。
ヘンリエッタが意識したのはそこまでだった。それからは、流れるようにマルクスに誘われて、彼がほんの少し手の平に込める力に押されたり引かれたりするうちに、くるくるとその身を右に左に反転させて、春の蝶が雄雌で戯れ合い舞うように可憐なステップを披露した。
マルクスは、ヘンリエッタが可憐に見える場面を誰よりも理解して、彼女がまるで蝶にでも化身したように、巧みに誘導するのだった。
「ヘンリエッタ嬢、今宵の貴女はとてもお美しい。貴女をエスコート出来ることを光栄に思う。なんちゃって。」
と、直ぐに正体をバラした。
「もう~、マリーったら黙っていたら美丈夫なのに、直ぐにおちゃらけないで頂戴な。」
あはあはと二人でひとしきり笑ってから、マルクスはヘンリエッタの手を取った。
「冗談ではなく本当に素敵よ、ヘンリエッタ。とても良く似合ってる。きっとドレスの売れ行きも期待出来る筈よ。」
「だから、ちょいちょい商売を匂わせないで。」
バシンと腕を叩けば、マルクスはびくとも動かなかった。彼は男の娘であるがしっかり身体を鍛えていたから、へなちょこヘンリエッタにちょっとくらい叩かれても1mmも響かない。
「真っ赤な蔓薔薇がとっても素敵。貴女の髪色にもドレスにも良く映えているわね。」
「マリー、貴女こそとても格好良いわ。きっと今宵も貴女にメロメロにされちゃうご令嬢が大勢いる筈よ。罪な人ね、貴女って。」
あははうふふと戯れ合う二人を、ウィリアムが複雑な表情で見つめている。まあ、彼もご令嬢のエスコートを賜っていたから、姉達に関わりあっている暇は無かった。
「やっぱり、ダンスは踊らなきゃ駄目?」
「まあ、目立ってなんぼの商売ですもの。思いっきり貴女のその諸肌を晒してやるわよ!」
「いやああ~、そんな恥ずかしい事、辞めて頂戴っ」
馬車の中でも姦しく過ごす内に、王城に到着した。
上着のファーコートをクロークに預けて、後ろで待ってくれていたマルクスへと向き合えば、マルクスは悪戯っぽい笑みを浮かべてヘンリエッタを会場へと誘った。
「覚悟は宜しくて?ヘンリエッタ嬢。」
「宜しくてよ、マルクス様。」
ヘンリエッタもマルクスに答えれば、マルクスは笑みを深めた。
会場へ向かう通路で気合いが入る。
扉が開く。二人の名が読み上げられる。その瞬間、貴族たちの視線が一斉に向けられて痛い程だと思った。
「貴女には私が一緒にいるわ。」
耳元でマルクスが囁やけば、つい俯きそうになる顔が上がる。ヘンリエッタは胸を張って背筋を伸ばして、マルクスの腕に掛けた手に力を込めた。
「Ready Go」
マルクスの囁く声に勇気を貰って、共に一歩を踏み出した。
会場は、高位貴族の面々が揃えば、後は王族の入城となる。
王妃殿下を伴う国王陛下、王太子殿下とその婚約者、それに引き続いて第二王子殿下と婚約者。その後から第三王子殿下と母である側妃が入城する。
国王が開会の宣言をして、王妃をエスコートしてダンスフロアに進み出る。高貴な二人がダンスを披露するその姿にヘンリエッタは釘付けとなってしまった。
「お口が開いているわよ、ヘンリエッタ。」
マルクスに注意をされて、思わずぽかんと開いていたお口を閉じる。
「ほら、第二コンビのお出ましよ。」
見れば王子達もダンスを披露するらしい。
王太子殿下とその婚約者。エドワード殿下とエレノア王女。ロバート殿下はヘンリエッタの知らないご令嬢をエスコートしていた。
第二コンビと言うワードについ反応してしまい、思わず二人に視線が向かう。別に見たい訳でも無いのだが、どんな様子なのか野次馬根性が湧いて来た。
金髪にエメラルドの瞳のエドワード殿下。エレノア王女は淡い金の髪色に瞳はエメラルドで、流石は第二コンビ、纏う色まで息ぴったりである。
エレノアのドレスもエドワードのジャケットも、光沢のある深緑であるのを、「玉虫色ね。」と評したマルクスの言葉に思わず吹いてしまいそうになる。
不思議な事に、その玉虫色はエドワードには品良く似合っていた。エドワードの高貴な姿に、深緑は青年王族の落ち着きと清廉な印象を与える。残念なのは、童顔のエレノアに緑色がどうにも似合わないことだった。
それって、これからの衣装選びが大変だろうなと、ヘンリエッタでさえ気の毒に思った。まあ、お似合いの二人であるから、衣装の色なんてどうでも良いだろう。そんな不敬なことを思うのだった。
王族のダンスが終われば、愈々出番であると貴族達がダンスフロアに集まる。
ヘンリエッタとマルクスも、商品であるドレスをお披露目出来る舞台である。
「レディ、宜しいかな?」
「宜しくないけれど行かねばならないのでしょう?」
「私を信じてその身を委ねて頂きたい。」
「マ、マルクス様...」
そんな甘々な台詞、傍から聞いたらなんと思われるか。マクルズ子爵令息マルクスは、今宵も不埒な口ぶりでヘンリエッタを翻弄する。
マルクスに手を引かれてフロアに進み出れば、マルクスはワルツのポジションで右手をヘンリエッタと組み合わせ、左手は露わになった真っ白な背中にそっと添えた。
手袋越しにマルクスの体温が感じられて、ヘンリエッタはとても恥ずかしくなった。
マルクスに素肌に触れられている。この気持ちをなんと表現して良いのか解らない。
なのに、当のマルクスは涼しい顔でヘンリエッタを見下ろしている。彼はきっと何も気にしていないのだろう。そう思えば、照れも恥ずかしさも幾分落ち着くのであった。
楽団が軽やかなワルツを奏でれば、マルクスは一歩前に踏み出して、それに合わせてヘンリエッタは一歩後ろに下がった。
ヘンリエッタが意識したのはそこまでだった。それからは、流れるようにマルクスに誘われて、彼がほんの少し手の平に込める力に押されたり引かれたりするうちに、くるくるとその身を右に左に反転させて、春の蝶が雄雌で戯れ合い舞うように可憐なステップを披露した。
マルクスは、ヘンリエッタが可憐に見える場面を誰よりも理解して、彼女がまるで蝶にでも化身したように、巧みに誘導するのだった。
6,233
お気に入りに追加
6,391
あなたにおすすめの小説

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

貧乏令嬢はお断りらしいので、豪商の愛人とよろしくやってください
今川幸乃
恋愛
貧乏令嬢のリッタ・アストリーにはバート・オレットという婚約者がいた。
しかしある日突然、バートは「こんな貧乏な家は我慢できない!」と一方的に婚約破棄を宣言する。
その裏には彼の領内の豪商シーモア商会と、そこの娘レベッカの姿があった。
どうやら彼はすでにレベッカと出来ていたと悟ったリッタは婚約破棄を受け入れる。
そしてバートはレベッカの言うがままに、彼女が「絶対儲かる」という先物投資に家財をつぎ込むが……
一方のリッタはひょんなことから幼いころの知り合いであったクリフトンと再会する。
当時はただの子供だと思っていたクリフトンは実は大貴族の跡取りだった。

さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる