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夜会当日、玄関ホールに現れたマルクスは、涼しげな眼差しの見目麗しい青年貴族の姿であった。
「ヘンリエッタ嬢、今宵の貴女はとてもお美しい。貴女をエスコート出来ることを光栄に思う。なんちゃって。」
と、直ぐに正体をバラした。
「もう~、マリーったら黙っていたら美丈夫なのに、直ぐにおちゃらけないで頂戴な。」
あはあはと二人でひとしきり笑ってから、マルクスはヘンリエッタの手を取った。
「冗談ではなく本当に素敵よ、ヘンリエッタ。とても良く似合ってる。きっとドレスの売れ行きも期待出来る筈よ。」
「だから、ちょいちょい商売を匂わせないで。」
バシンと腕を叩けば、マルクスはびくとも動かなかった。彼は男の娘であるがしっかり身体を鍛えていたから、へなちょこヘンリエッタにちょっとくらい叩かれても1mmも響かない。
「真っ赤な蔓薔薇がとっても素敵。貴女の髪色にもドレスにも良く映えているわね。」
「マリー、貴女こそとても格好良いわ。きっと今宵も貴女にメロメロにされちゃうご令嬢が大勢いる筈よ。罪な人ね、貴女って。」
あははうふふと戯れ合う二人を、ウィリアムが複雑な表情で見つめている。まあ、彼もご令嬢のエスコートを賜っていたから、姉達に関わりあっている暇は無かった。
「やっぱり、ダンスは踊らなきゃ駄目?」
「まあ、目立ってなんぼの商売ですもの。思いっきり貴女のその諸肌を晒してやるわよ!」
「いやああ~、そんな恥ずかしい事、辞めて頂戴っ」
馬車の中でも姦しく過ごす内に、王城に到着した。
上着のファーコートをクロークに預けて、後ろで待ってくれていたマルクスへと向き合えば、マルクスは悪戯っぽい笑みを浮かべてヘンリエッタを会場へと誘った。
「覚悟は宜しくて?ヘンリエッタ嬢。」
「宜しくてよ、マルクス様。」
ヘンリエッタもマルクスに答えれば、マルクスは笑みを深めた。
会場へ向かう通路で気合いが入る。
扉が開く。二人の名が読み上げられる。その瞬間、貴族たちの視線が一斉に向けられて痛い程だと思った。
「貴女には私が一緒にいるわ。」
耳元でマルクスが囁やけば、つい俯きそうになる顔が上がる。ヘンリエッタは胸を張って背筋を伸ばして、マルクスの腕に掛けた手に力を込めた。
「Ready Go」
マルクスの囁く声に勇気を貰って、共に一歩を踏み出した。
会場は、高位貴族の面々が揃えば、後は王族の入城となる。
王妃殿下を伴う国王陛下、王太子殿下とその婚約者、それに引き続いて第二王子殿下と婚約者。その後から第三王子殿下と母である側妃が入城する。
国王が開会の宣言をして、王妃をエスコートしてダンスフロアに進み出る。高貴な二人がダンスを披露するその姿にヘンリエッタは釘付けとなってしまった。
「お口が開いているわよ、ヘンリエッタ。」
マルクスに注意をされて、思わずぽかんと開いていたお口を閉じる。
「ほら、第二コンビのお出ましよ。」
見れば王子達もダンスを披露するらしい。
王太子殿下とその婚約者。エドワード殿下とエレノア王女。ロバート殿下はヘンリエッタの知らないご令嬢をエスコートしていた。
第二コンビと言うワードについ反応してしまい、思わず二人に視線が向かう。別に見たい訳でも無いのだが、どんな様子なのか野次馬根性が湧いて来た。
金髪にエメラルドの瞳のエドワード殿下。エレノア王女は淡い金の髪色に瞳はエメラルドで、流石は第二コンビ、纏う色まで息ぴったりである。
エレノアのドレスもエドワードのジャケットも、光沢のある深緑であるのを、「玉虫色ね。」と評したマルクスの言葉に思わず吹いてしまいそうになる。
不思議な事に、その玉虫色はエドワードには品良く似合っていた。エドワードの高貴な姿に、深緑は青年王族の落ち着きと清廉な印象を与える。残念なのは、童顔のエレノアに緑色がどうにも似合わないことだった。
それって、これからの衣装選びが大変だろうなと、ヘンリエッタでさえ気の毒に思った。まあ、お似合いの二人であるから、衣装の色なんてどうでも良いだろう。そんな不敬なことを思うのだった。
王族のダンスが終われば、愈々出番であると貴族達がダンスフロアに集まる。
ヘンリエッタとマルクスも、商品であるドレスをお披露目出来る舞台である。
「レディ、宜しいかな?」
「宜しくないけれど行かねばならないのでしょう?」
「私を信じてその身を委ねて頂きたい。」
「マ、マルクス様...」
そんな甘々な台詞、傍から聞いたらなんと思われるか。マクルズ子爵令息マルクスは、今宵も不埒な口ぶりでヘンリエッタを翻弄する。
マルクスに手を引かれてフロアに進み出れば、マルクスはワルツのポジションで右手をヘンリエッタと組み合わせ、左手は露わになった真っ白な背中にそっと添えた。
手袋越しにマルクスの体温が感じられて、ヘンリエッタはとても恥ずかしくなった。
マルクスに素肌に触れられている。この気持ちをなんと表現して良いのか解らない。
なのに、当のマルクスは涼しい顔でヘンリエッタを見下ろしている。彼はきっと何も気にしていないのだろう。そう思えば、照れも恥ずかしさも幾分落ち着くのであった。
楽団が軽やかなワルツを奏でれば、マルクスは一歩前に踏み出して、それに合わせてヘンリエッタは一歩後ろに下がった。
ヘンリエッタが意識したのはそこまでだった。それからは、流れるようにマルクスに誘われて、彼がほんの少し手の平に込める力に押されたり引かれたりするうちに、くるくるとその身を右に左に反転させて、春の蝶が雄雌で戯れ合い舞うように可憐なステップを披露した。
マルクスは、ヘンリエッタが可憐に見える場面を誰よりも理解して、彼女がまるで蝶にでも化身したように、巧みに誘導するのだった。
「ヘンリエッタ嬢、今宵の貴女はとてもお美しい。貴女をエスコート出来ることを光栄に思う。なんちゃって。」
と、直ぐに正体をバラした。
「もう~、マリーったら黙っていたら美丈夫なのに、直ぐにおちゃらけないで頂戴な。」
あはあはと二人でひとしきり笑ってから、マルクスはヘンリエッタの手を取った。
「冗談ではなく本当に素敵よ、ヘンリエッタ。とても良く似合ってる。きっとドレスの売れ行きも期待出来る筈よ。」
「だから、ちょいちょい商売を匂わせないで。」
バシンと腕を叩けば、マルクスはびくとも動かなかった。彼は男の娘であるがしっかり身体を鍛えていたから、へなちょこヘンリエッタにちょっとくらい叩かれても1mmも響かない。
「真っ赤な蔓薔薇がとっても素敵。貴女の髪色にもドレスにも良く映えているわね。」
「マリー、貴女こそとても格好良いわ。きっと今宵も貴女にメロメロにされちゃうご令嬢が大勢いる筈よ。罪な人ね、貴女って。」
あははうふふと戯れ合う二人を、ウィリアムが複雑な表情で見つめている。まあ、彼もご令嬢のエスコートを賜っていたから、姉達に関わりあっている暇は無かった。
「やっぱり、ダンスは踊らなきゃ駄目?」
「まあ、目立ってなんぼの商売ですもの。思いっきり貴女のその諸肌を晒してやるわよ!」
「いやああ~、そんな恥ずかしい事、辞めて頂戴っ」
馬車の中でも姦しく過ごす内に、王城に到着した。
上着のファーコートをクロークに預けて、後ろで待ってくれていたマルクスへと向き合えば、マルクスは悪戯っぽい笑みを浮かべてヘンリエッタを会場へと誘った。
「覚悟は宜しくて?ヘンリエッタ嬢。」
「宜しくてよ、マルクス様。」
ヘンリエッタもマルクスに答えれば、マルクスは笑みを深めた。
会場へ向かう通路で気合いが入る。
扉が開く。二人の名が読み上げられる。その瞬間、貴族たちの視線が一斉に向けられて痛い程だと思った。
「貴女には私が一緒にいるわ。」
耳元でマルクスが囁やけば、つい俯きそうになる顔が上がる。ヘンリエッタは胸を張って背筋を伸ばして、マルクスの腕に掛けた手に力を込めた。
「Ready Go」
マルクスの囁く声に勇気を貰って、共に一歩を踏み出した。
会場は、高位貴族の面々が揃えば、後は王族の入城となる。
王妃殿下を伴う国王陛下、王太子殿下とその婚約者、それに引き続いて第二王子殿下と婚約者。その後から第三王子殿下と母である側妃が入城する。
国王が開会の宣言をして、王妃をエスコートしてダンスフロアに進み出る。高貴な二人がダンスを披露するその姿にヘンリエッタは釘付けとなってしまった。
「お口が開いているわよ、ヘンリエッタ。」
マルクスに注意をされて、思わずぽかんと開いていたお口を閉じる。
「ほら、第二コンビのお出ましよ。」
見れば王子達もダンスを披露するらしい。
王太子殿下とその婚約者。エドワード殿下とエレノア王女。ロバート殿下はヘンリエッタの知らないご令嬢をエスコートしていた。
第二コンビと言うワードについ反応してしまい、思わず二人に視線が向かう。別に見たい訳でも無いのだが、どんな様子なのか野次馬根性が湧いて来た。
金髪にエメラルドの瞳のエドワード殿下。エレノア王女は淡い金の髪色に瞳はエメラルドで、流石は第二コンビ、纏う色まで息ぴったりである。
エレノアのドレスもエドワードのジャケットも、光沢のある深緑であるのを、「玉虫色ね。」と評したマルクスの言葉に思わず吹いてしまいそうになる。
不思議な事に、その玉虫色はエドワードには品良く似合っていた。エドワードの高貴な姿に、深緑は青年王族の落ち着きと清廉な印象を与える。残念なのは、童顔のエレノアに緑色がどうにも似合わないことだった。
それって、これからの衣装選びが大変だろうなと、ヘンリエッタでさえ気の毒に思った。まあ、お似合いの二人であるから、衣装の色なんてどうでも良いだろう。そんな不敬なことを思うのだった。
王族のダンスが終われば、愈々出番であると貴族達がダンスフロアに集まる。
ヘンリエッタとマルクスも、商品であるドレスをお披露目出来る舞台である。
「レディ、宜しいかな?」
「宜しくないけれど行かねばならないのでしょう?」
「私を信じてその身を委ねて頂きたい。」
「マ、マルクス様...」
そんな甘々な台詞、傍から聞いたらなんと思われるか。マクルズ子爵令息マルクスは、今宵も不埒な口ぶりでヘンリエッタを翻弄する。
マルクスに手を引かれてフロアに進み出れば、マルクスはワルツのポジションで右手をヘンリエッタと組み合わせ、左手は露わになった真っ白な背中にそっと添えた。
手袋越しにマルクスの体温が感じられて、ヘンリエッタはとても恥ずかしくなった。
マルクスに素肌に触れられている。この気持ちをなんと表現して良いのか解らない。
なのに、当のマルクスは涼しい顔でヘンリエッタを見下ろしている。彼はきっと何も気にしていないのだろう。そう思えば、照れも恥ずかしさも幾分落ち着くのであった。
楽団が軽やかなワルツを奏でれば、マルクスは一歩前に踏み出して、それに合わせてヘンリエッタは一歩後ろに下がった。
ヘンリエッタが意識したのはそこまでだった。それからは、流れるようにマルクスに誘われて、彼がほんの少し手の平に込める力に押されたり引かれたりするうちに、くるくるとその身を右に左に反転させて、春の蝶が雄雌で戯れ合い舞うように可憐なステップを披露した。
マルクスは、ヘンリエッタが可憐に見える場面を誰よりも理解して、彼女がまるで蝶にでも化身したように、巧みに誘導するのだった。
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