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「用意はいい?」
問い掛けられて、ヘンリエッタは「勿論よ」と答えた。
馬車の扉が開かれる。
マルクスが先に外へ出れば、何処からか黄色い声が聴こえた。
二年ぶりの夜会ドレスに視野を奪われて、足元がよく見えない。裾捌きに慣れていないから、エレガントにちょっと持ち上げてなんて可憐な仕草も出来ない。
「おいで、ヘンリエッタ。」
マルクスが手を差し伸べてくれて、ヘンリエッタはその手を借りてステップを降りた。
地面に足が着けば、慣れないヒールで視線がいつもより高い位置にある。
マルクスが腕を貸してくれるのに手を添えて、ゆっくり歩き出す。
女の子の気持ちが誰よりも解る男の娘であるマルクスは、自然と歩みをヘンリエッタに合わせて、とってもスマートにエスコートしてくれた。
マルクスは男の娘であるが、装いは常より男装である。勿論今日もそうなのだが、今宵のマルクスは違っていた。何が違うって、すっごくとっても素敵なのだ。
これって危ないわ、きっとマリーを知らないご令嬢方は、みんなマリーに恋しちゃう。
金色に烟る髪は、前髪はふんわりと撫でつけて長い艶髪は背で結わえている。青い瞳も涼しげに、ほんのちょっと流し目であるのが悩ましい。元々背筋の伸びた姿勢の美しいマルクスは、ただそこに佇むだけで「王子様」である。
ヘンリエッタのドレスをデザインしたマルクスは、揃いの共布のジャケットにシャンパンゴールドのポケットチーフを挿している。まるでヘンリエッタのプラチナブロンドの髪色を纏うマルクスは、ヘンリエッタを優しく見下ろし微笑んだりしちゃったりする。
その度に、どこかから「きゃー」と聞こえて来るからヘンリエッタは思わずそちらを振り返りそうになるのを、「ヘンリエッタ、私を見て。」なんてマルクスが益々煽ってくるから収拾がつかなくなる。
やり過ぎよ、マリー。そう思うも、マルクスは今宵、婚約者に打ち捨てられてひとりぼっちのヘンリエッタをエスコートする紳士なのだ。マルクスは、ヘンリエッタをこんなにも楽しい気持ちにさせてくれる。
「有難う、マルクス様。」
ここではそう呼ぶ約束であったから、元々の名で呼んでお礼を言えば、
「私も貴女のお供が出来て光栄だよ。」
と、マルクスは調子に乗って返して来た。
きゃー眩しい!微笑みがキラキラしてる!駄目よ、マリー、手加減して頂戴。私まで胸がドキドキしちゃうじゃない!
めっ、と睨み返せばマルクスは、ふふんと顎を僅かに上げた。
午前中の記念式典は粛々と進んだ。
学園長の長~い挨拶に寝不足気味のヘンリエッタは意識を飛ばしかけたのだが、来賓の挨拶が第二王子殿下であるのが解って、そこからはどっこい居眠りを決め込んだ。
パチパチと拍手の音で目を覚まし、ふん、アイツの挨拶終わったなと背筋を伸ばす。
国賓も招かれるこの会場で、王族のスピーチに居眠りこけるご令嬢。ヘンリエッタは新たな伝説を打ち立てた。
式典は滞りなく終わり、教室で教師から夜会での注意事項などを聞いた後、さて帰ろう、と席を立ったヘンリエッタに、ロバートが声を掛けて来た。
「ヘンリエッタ嬢、夜会なのだけれど、君、」
「大丈夫です。ご心配には及びません。」
王子に皆まで言わせぬ勢いで、元気よく答えれば、
「あ、ああ。もし良ければ私がエスコートを、」
「大丈夫です。ご心配には及びません!」
またしてもヘンリエッタはロバートを遮った。御免なさい、殿下。悪気があるんじゃないのです。なにせ私、ちょっとばかり気が急いちゃって。だって、愈々この時を迎えるのですもの。M&M商会の覆面代表として、マリーと二人で初舞台を迎えるのですもの。
御免なさいの意味を込めて、ちょっと眉を下げて首をコテンとさせれば、ロバートは「うっ」と言って自分の胸元を掴んだ。
殿下、大丈夫かしら。そう心配になるも、彼には常に護衛が付いているから、きっと大丈夫だろう。
ロバート殿下はお疲れなのだわ。兄(第二王子)があんなヤツだから、気苦労が絶えないのね。王族って大変ね、御苦労お察しするわ。と、つらつら考えながら速攻で帰宅した。
邸にはブリジットの他に母の侍女達まで待ち構えていて、玄関ポーチから人攫いに拐われる様に部屋に通され、女の戦闘服・夜会ドレスを着せられる。
「ちょっとお化粧が濃すぎない?」
「いいえ、夜会なのですからこれくらいで丁度よいのですよ、お嬢様。」
母の侍女が慣れた手つきでヘンリエッタの顔面を夜の顔に構築するのを、コレ誰?と、鏡の中の自分に思った。
睫毛までクルンとされて、目元に今流行りの付け黒子なんか付けられる。口元ばかりは桜色で、これは前にもブリジットが塗ってくれた淡いピンクの紅だろう。その上から蜂蜜みたいなとろりとしたものまで塗られちゃって、唇の主張が激しい。
「ちょっと、唇が濡れてるわ。」
「これくらい艶やかですと、魅惑の唇に殿方も引き寄せられてしまいますわね。もう夜光虫の様に。」
「ええ~、言い過ぎよお~」
なんて、侍女達とお喋りしながら顔面構築を進めていった。
普段は引っ詰めている長い髪を、ふわりと結い上げ処々に小さな真珠のピンを刺す。髪飾りには生花を使った。お花はかすみ草である。『ベルサイユのかすみ草』への最大の敬意を表した。
ロイヤルブルーのドレスは小柄なヘンリエッタを美しく装った。
浅いネックは後ろの背が広く開いて、前からは清純な印象を与えるのに、後ろは日中は制服に隠された乙女の諸肌が露わになる。
そこへ大粒のバロック真珠の首飾りを併せた。留め金部分が細かな小粒真珠で花片の形に細工が施されている。
耳元にも、首飾りと揃いの大粒真珠を着けた。
婚約の証に贈られたサファイアの耳飾りは選ばなかった。
問い掛けられて、ヘンリエッタは「勿論よ」と答えた。
馬車の扉が開かれる。
マルクスが先に外へ出れば、何処からか黄色い声が聴こえた。
二年ぶりの夜会ドレスに視野を奪われて、足元がよく見えない。裾捌きに慣れていないから、エレガントにちょっと持ち上げてなんて可憐な仕草も出来ない。
「おいで、ヘンリエッタ。」
マルクスが手を差し伸べてくれて、ヘンリエッタはその手を借りてステップを降りた。
地面に足が着けば、慣れないヒールで視線がいつもより高い位置にある。
マルクスが腕を貸してくれるのに手を添えて、ゆっくり歩き出す。
女の子の気持ちが誰よりも解る男の娘であるマルクスは、自然と歩みをヘンリエッタに合わせて、とってもスマートにエスコートしてくれた。
マルクスは男の娘であるが、装いは常より男装である。勿論今日もそうなのだが、今宵のマルクスは違っていた。何が違うって、すっごくとっても素敵なのだ。
これって危ないわ、きっとマリーを知らないご令嬢方は、みんなマリーに恋しちゃう。
金色に烟る髪は、前髪はふんわりと撫でつけて長い艶髪は背で結わえている。青い瞳も涼しげに、ほんのちょっと流し目であるのが悩ましい。元々背筋の伸びた姿勢の美しいマルクスは、ただそこに佇むだけで「王子様」である。
ヘンリエッタのドレスをデザインしたマルクスは、揃いの共布のジャケットにシャンパンゴールドのポケットチーフを挿している。まるでヘンリエッタのプラチナブロンドの髪色を纏うマルクスは、ヘンリエッタを優しく見下ろし微笑んだりしちゃったりする。
その度に、どこかから「きゃー」と聞こえて来るからヘンリエッタは思わずそちらを振り返りそうになるのを、「ヘンリエッタ、私を見て。」なんてマルクスが益々煽ってくるから収拾がつかなくなる。
やり過ぎよ、マリー。そう思うも、マルクスは今宵、婚約者に打ち捨てられてひとりぼっちのヘンリエッタをエスコートする紳士なのだ。マルクスは、ヘンリエッタをこんなにも楽しい気持ちにさせてくれる。
「有難う、マルクス様。」
ここではそう呼ぶ約束であったから、元々の名で呼んでお礼を言えば、
「私も貴女のお供が出来て光栄だよ。」
と、マルクスは調子に乗って返して来た。
きゃー眩しい!微笑みがキラキラしてる!駄目よ、マリー、手加減して頂戴。私まで胸がドキドキしちゃうじゃない!
めっ、と睨み返せばマルクスは、ふふんと顎を僅かに上げた。
午前中の記念式典は粛々と進んだ。
学園長の長~い挨拶に寝不足気味のヘンリエッタは意識を飛ばしかけたのだが、来賓の挨拶が第二王子殿下であるのが解って、そこからはどっこい居眠りを決め込んだ。
パチパチと拍手の音で目を覚まし、ふん、アイツの挨拶終わったなと背筋を伸ばす。
国賓も招かれるこの会場で、王族のスピーチに居眠りこけるご令嬢。ヘンリエッタは新たな伝説を打ち立てた。
式典は滞りなく終わり、教室で教師から夜会での注意事項などを聞いた後、さて帰ろう、と席を立ったヘンリエッタに、ロバートが声を掛けて来た。
「ヘンリエッタ嬢、夜会なのだけれど、君、」
「大丈夫です。ご心配には及びません。」
王子に皆まで言わせぬ勢いで、元気よく答えれば、
「あ、ああ。もし良ければ私がエスコートを、」
「大丈夫です。ご心配には及びません!」
またしてもヘンリエッタはロバートを遮った。御免なさい、殿下。悪気があるんじゃないのです。なにせ私、ちょっとばかり気が急いちゃって。だって、愈々この時を迎えるのですもの。M&M商会の覆面代表として、マリーと二人で初舞台を迎えるのですもの。
御免なさいの意味を込めて、ちょっと眉を下げて首をコテンとさせれば、ロバートは「うっ」と言って自分の胸元を掴んだ。
殿下、大丈夫かしら。そう心配になるも、彼には常に護衛が付いているから、きっと大丈夫だろう。
ロバート殿下はお疲れなのだわ。兄(第二王子)があんなヤツだから、気苦労が絶えないのね。王族って大変ね、御苦労お察しするわ。と、つらつら考えながら速攻で帰宅した。
邸にはブリジットの他に母の侍女達まで待ち構えていて、玄関ポーチから人攫いに拐われる様に部屋に通され、女の戦闘服・夜会ドレスを着せられる。
「ちょっとお化粧が濃すぎない?」
「いいえ、夜会なのですからこれくらいで丁度よいのですよ、お嬢様。」
母の侍女が慣れた手つきでヘンリエッタの顔面を夜の顔に構築するのを、コレ誰?と、鏡の中の自分に思った。
睫毛までクルンとされて、目元に今流行りの付け黒子なんか付けられる。口元ばかりは桜色で、これは前にもブリジットが塗ってくれた淡いピンクの紅だろう。その上から蜂蜜みたいなとろりとしたものまで塗られちゃって、唇の主張が激しい。
「ちょっと、唇が濡れてるわ。」
「これくらい艶やかですと、魅惑の唇に殿方も引き寄せられてしまいますわね。もう夜光虫の様に。」
「ええ~、言い過ぎよお~」
なんて、侍女達とお喋りしながら顔面構築を進めていった。
普段は引っ詰めている長い髪を、ふわりと結い上げ処々に小さな真珠のピンを刺す。髪飾りには生花を使った。お花はかすみ草である。『ベルサイユのかすみ草』への最大の敬意を表した。
ロイヤルブルーのドレスは小柄なヘンリエッタを美しく装った。
浅いネックは後ろの背が広く開いて、前からは清純な印象を与えるのに、後ろは日中は制服に隠された乙女の諸肌が露わになる。
そこへ大粒のバロック真珠の首飾りを併せた。留め金部分が細かな小粒真珠で花片の形に細工が施されている。
耳元にも、首飾りと揃いの大粒真珠を着けた。
婚約の証に贈られたサファイアの耳飾りは選ばなかった。
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