ヘンリエッタの再婚約

桃井すもも

文字の大きさ
上 下
23 / 78

【23】

しおりを挟む
「デザインは良いの。ただ、何故色が青一色なのかしら。」

「奥様からは青色の生地でと御用命を頂戴致しておりました。」

してやられた気がする。
ヘンリエッタは、ぐぬぬと言いたい文句を飲み込んだ。

学園から戻れば、外商は既に邸を訪っていた。制服のままで良いからと、手練れの外商に言われるままに採寸される。普通であれば貴族令嬢の身体に男性が触れるなど有り得ない。だが、この外商は特別であった。
彼は身体は若い青年であるが、その心は乙女であり、そこいらに転がってる殿方とは天と地ほどの違いがある。誰よりも乙女の心を理解して、何より確かな審美眼と美的センスに優れていることから貴婦人達から人気が高い。
近々商会を抜けて独立するのではないかと噂されており、母もその折にはドレスの仕立ては彼に任せたいと言っていた。

「それに、貴女様のお肌には青系のお色が良く馴染みます。緑も確かにお似合いですけど、やはり青、青ですわ。」

外商の男はマルクスと云う。
金の髪に青い瞳。貴族に多い色合いなのは、彼が正真正銘貴族の生まれであるからだ。
マルクスは、マルクス・パーカー・マクルズと言って、マクルズ子爵家の三男である。商会とはマクルズ子爵家が経営するもので、彼は生家の経営する商会に外商担当として勤めていた。
中性的な見目の彼からは、ちょいちょい令嬢言葉が漏れるのも、もうそれは彼のアイデンティティの一つであるから誰も気にしていない。

「でもぉ~、他にも合う色だってあるかも知れないわ。」
「今更ピンクを着たい訳ではないでしょう?してや赤なんて、色に着られてしまいますわ。貴女様には青一択なのです。諦めてデザインを選んで下さいな。
これなんてお似合いかと思いますの。ほら、上半身がタイトで腰から控え目にスカートが広がるタイプ。」

ウィリアムは、自分の衣装は早々に決めてしまったらしく、ソファに背をもたれながら、にやにやと二人のやり取りを眺めている。
昨夜、父の事でウィリアムを締め上げたので、何だか仕返しをされているみたいでやり難い。

「百歩譲って、セレストブルーも有りではあります。」

マルクスは、生地のサンプル集を捲りながら、水色の生地を指差した。空に淡い緑を混ぜた様な爽やかな色である。

「でも、マリー、これはまるで夏の空の色みたい。爽やか過ぎて晩秋の季節には合わないのでは?一層、冬のドレスに似合うかも知れないわね。」

「でしょう?ヘンリエッタ様。だから私もお勧め致しませんでしたのよ。」

ふふん、と胸を張ってみせるマルクスは、とってもチャーミングだ。意固地で頑固な自分よりも、マルクスの方が余程女の子らしい可愛げがある。悔しい。

「はぁ、解ったわ。マリー、貴女の言う通りにするわ。」
「私ではなくウィルマ様の御用命です。貴女様には青が似合うと仰ったのはウィルマ様ですよ。」

「分かったわマリー、全て貴女にお任せするわ。好きにやって頂戴。」

もう、ドレスの色も仕様もマルクスに丸投げする事にした。あれこれ考えてもヘンリエッタにはお洒落に掛ける情熱なんて皆無な上に、社交経験も浅く世の中の流行にも疎いと云う令嬢としての三重苦を背負っているのだから、マルクスにお任せするのが一番である。

「マリー、お茶にしましょう!蜂蜜たっぷりのミルクティーがお好きよね。」

さあさあ、とソファーまでマルクスを誘って、自分はその前の一人掛けのミニソファーに腰掛けた。

夜会に出ないヘンリエッタであるが、昼間の茶会には母に連れられて参加していた。
これまでも、デイドレスやワンピースは母かマルクスに任せ切りであった。ヘンリエッタが頑なに青を避ける訳を知っていたから、マルクスも今日ほど青色を勧める事は無かった。
ハロルドとの関係に雪融けの気配を悟ったらしく、そこら辺もマルクスは鼻が利く。流石は貴族の生まれである。

身形は男性であるのに、中性的な面立ちに女性言葉のマルクスを、ウィリアムは知ってはいたが真隣りに座られタジタジとなっている。外商とはいえ、貴族令息であるマルクスを、姉は友人として接しており、マリーだなんて、もうそれ女の子だよねって付き合いをしているのを、ウィリアムはまだ馴染めずにいるらしい。

貴方、にやにや眺めちゃってくれたわよね。ヘンリエッタは少しばかり仕返しにと、敢えてウィリアムの隣りにマルクスを案内した。

え?ウィリアム、ちょっと貴方、頬が赤くない?さては、ご令嬢と近しく接した事が無いのね。それとも間近に見た"男の娘"にハートを射抜かれてしまったの?

にやにやしながらウィリアムを見るヘンリエッタを、頬を染めたままウィリアムは睨み返した。かわちい。

さて、ドレスは決まった。何がどう仕上がるのか全然解らないが、もうヘンリエッタの頭の中からドレス問題は消え去った。
ブリジットにミルクティーを淹れてもらい、そこからは茶飲み友達としてマルクスとのお喋りを楽しむ。

マルクスは、ヘンリエッタにとって数少ない心を許せる人物である。彼はハロルドとは学園の同窓であった。だから、多分婚約時代の二人も、その後の二人の事も大凡を知っているだろう。
接客の間は顧客に過度におもねる事の無いマルクスも、お茶の時間には心安く接してくれる。

昨晩の母の後ろ姿が目に焼き付いて、その様子が気掛かりであったのだが、それも先日鑑賞した『ベルかす』談で盛り上がって、いつの間にか有耶無耶となってしまった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士の妻ではいられない

Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。 全23話。 2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。 イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈 
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

後妻を迎えた家の侯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
 私はイリス=レイバン、侯爵令嬢で現在22歳よ。お父様と亡くなったお母様との間にはお兄様と私、二人の子供がいる。そんな生活の中、一か月前にお父様の再婚話を聞かされた。  もう私もいい年だし、婚約者も決まっている身。それぐらいならと思って、お兄様と二人で了承したのだけれど……。  やってきたのは、ケイト=エルマン子爵令嬢。御年16歳! 昔からプレイボーイと言われたお父様でも、流石にこれは…。 『家出した伯爵令嬢』で序盤と終盤に登場する令嬢を描いた外伝的作品です。本編には出ない人物で一部設定を使い回した話ですが、独立したお話です。 完結済み!

一番でなくとも

Rj
恋愛
婚約者が恋に落ちたのは親友だった。一番大切な存在になれない私。それでも私は幸せになる。 全九話。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜

日向はび
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」 二人は再び手を取り合うことができるのか……。 全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)

処理中です...