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「デザインは良いの。ただ、何故色が青一色なのかしら。」
「奥様からは青色の生地でと御用命を頂戴致しておりました。」
してやられた気がする。
ヘンリエッタは、ぐぬぬと言いたい文句を飲み込んだ。
学園から戻れば、外商は既に邸を訪っていた。制服のままで良いからと、手練れの外商に言われるままに採寸される。普通であれば貴族令嬢の身体に男性が触れるなど有り得ない。だが、この外商は特別であった。
彼は身体は若い青年であるが、その心は乙女であり、そこいらに転がってる殿方とは天と地ほどの違いがある。誰よりも乙女の心を理解して、何より確かな審美眼と美的センスに優れていることから貴婦人達から人気が高い。
近々商会を抜けて独立するのではないかと噂されており、母もその折にはドレスの仕立ては彼に任せたいと言っていた。
「それに、貴女様のお肌には青系のお色が良く馴染みます。緑も確かにお似合いですけど、やはり青、青ですわ。」
外商の男はマルクスと云う。
金の髪に青い瞳。貴族に多い色合いなのは、彼が正真正銘貴族の生まれであるからだ。
マルクスは、マルクス・パーカー・マクルズと言って、マクルズ子爵家の三男である。商会とはマクルズ子爵家が経営するもので、彼は生家の経営する商会に外商担当として勤めていた。
中性的な見目の彼からは、ちょいちょい令嬢言葉が漏れるのも、もうそれは彼のアイデンティティの一つであるから誰も気にしていない。
「でもぉ~、他にも合う色だってあるかも知れないわ。」
「今更ピンクを着たい訳ではないでしょう?況してや赤なんて、色に着られてしまいますわ。貴女様には青一択なのです。諦めてデザインを選んで下さいな。
これなんてお似合いかと思いますの。ほら、上半身がタイトで腰から控え目にスカートが広がるタイプ。」
ウィリアムは、自分の衣装は早々に決めてしまったらしく、ソファに背を凭れながら、にやにやと二人のやり取りを眺めている。
昨夜、父の事でウィリアムを締め上げたので、何だか仕返しをされているみたいでやり難い。
「百歩譲って、セレストブルーも有りではあります。」
マルクスは、生地のサンプル集を捲りながら、水色の生地を指差した。空に淡い緑を混ぜた様な爽やかな色である。
「でも、マリー、これはまるで夏の空の色みたい。爽やか過ぎて晩秋の季節には合わないのでは?一層、冬のドレスに似合うかも知れないわね。」
「でしょう?ヘンリエッタ様。だから私もお勧め致しませんでしたのよ。」
ふふん、と胸を張ってみせるマルクスは、とってもチャーミングだ。意固地で頑固な自分よりも、マルクスの方が余程女の子らしい可愛げがある。悔しい。
「はぁ、解ったわ。マリー、貴女の言う通りにするわ。」
「私ではなくウィルマ様の御用命です。貴女様には青が似合うと仰ったのはウィルマ様ですよ。」
「分かったわマリー、全て貴女にお任せするわ。好きにやって頂戴。」
もう、ドレスの色も仕様もマルクスに丸投げする事にした。あれこれ考えてもヘンリエッタにはお洒落に掛ける情熱なんて皆無な上に、社交経験も浅く世の中の流行にも疎いと云う令嬢としての三重苦を背負っているのだから、マルクスにお任せするのが一番である。
「マリー、お茶にしましょう!蜂蜜たっぷりのミルクティーがお好きよね。」
さあさあ、とソファーまでマルクスを誘って、自分はその前の一人掛けのミニソファーに腰掛けた。
夜会に出ないヘンリエッタであるが、昼間の茶会には母に連れられて参加していた。
これまでも、デイドレスやワンピースは母かマルクスに任せ切りであった。ヘンリエッタが頑なに青を避ける訳を知っていたから、マルクスも今日ほど青色を勧める事は無かった。
ハロルドとの関係に雪融けの気配を悟ったらしく、そこら辺もマルクスは鼻が利く。流石は貴族の生まれである。
身形は男性であるのに、中性的な面立ちに女性言葉のマルクスを、ウィリアムは知ってはいたが真隣りに座られタジタジとなっている。外商とはいえ、貴族令息であるマルクスを、姉は友人として接しており、マリーだなんて、もうそれ女の子だよねって付き合いをしているのを、ウィリアムはまだ馴染めずにいるらしい。
貴方、にやにや眺めちゃってくれたわよね。ヘンリエッタは少しばかり仕返しにと、敢えてウィリアムの隣りにマルクスを案内した。
え?ウィリアム、ちょっと貴方、頬が赤くない?さては、ご令嬢と近しく接した事が無いのね。それとも間近に見た"男の娘"にハートを射抜かれてしまったの?
にやにやしながらウィリアムを見るヘンリエッタを、頬を染めたままウィリアムは睨み返した。かわちい。
さて、ドレスは決まった。何がどう仕上がるのか全然解らないが、もうヘンリエッタの頭の中からドレス問題は消え去った。
ブリジットにミルクティーを淹れてもらい、そこからは茶飲み友達としてマルクスとのお喋りを楽しむ。
マルクスは、ヘンリエッタにとって数少ない心を許せる人物である。彼はハロルドとは学園の同窓であった。だから、多分婚約時代の二人も、その後の二人の事も大凡を知っているだろう。
接客の間は顧客に過度に阿る事の無いマルクスも、お茶の時間には心安く接してくれる。
昨晩の母の後ろ姿が目に焼き付いて、その様子が気掛かりであったのだが、それも先日鑑賞した『ベルかす』談で盛り上がって、いつの間にか有耶無耶となってしまった。
「奥様からは青色の生地でと御用命を頂戴致しておりました。」
してやられた気がする。
ヘンリエッタは、ぐぬぬと言いたい文句を飲み込んだ。
学園から戻れば、外商は既に邸を訪っていた。制服のままで良いからと、手練れの外商に言われるままに採寸される。普通であれば貴族令嬢の身体に男性が触れるなど有り得ない。だが、この外商は特別であった。
彼は身体は若い青年であるが、その心は乙女であり、そこいらに転がってる殿方とは天と地ほどの違いがある。誰よりも乙女の心を理解して、何より確かな審美眼と美的センスに優れていることから貴婦人達から人気が高い。
近々商会を抜けて独立するのではないかと噂されており、母もその折にはドレスの仕立ては彼に任せたいと言っていた。
「それに、貴女様のお肌には青系のお色が良く馴染みます。緑も確かにお似合いですけど、やはり青、青ですわ。」
外商の男はマルクスと云う。
金の髪に青い瞳。貴族に多い色合いなのは、彼が正真正銘貴族の生まれであるからだ。
マルクスは、マルクス・パーカー・マクルズと言って、マクルズ子爵家の三男である。商会とはマクルズ子爵家が経営するもので、彼は生家の経営する商会に外商担当として勤めていた。
中性的な見目の彼からは、ちょいちょい令嬢言葉が漏れるのも、もうそれは彼のアイデンティティの一つであるから誰も気にしていない。
「でもぉ~、他にも合う色だってあるかも知れないわ。」
「今更ピンクを着たい訳ではないでしょう?況してや赤なんて、色に着られてしまいますわ。貴女様には青一択なのです。諦めてデザインを選んで下さいな。
これなんてお似合いかと思いますの。ほら、上半身がタイトで腰から控え目にスカートが広がるタイプ。」
ウィリアムは、自分の衣装は早々に決めてしまったらしく、ソファに背を凭れながら、にやにやと二人のやり取りを眺めている。
昨夜、父の事でウィリアムを締め上げたので、何だか仕返しをされているみたいでやり難い。
「百歩譲って、セレストブルーも有りではあります。」
マルクスは、生地のサンプル集を捲りながら、水色の生地を指差した。空に淡い緑を混ぜた様な爽やかな色である。
「でも、マリー、これはまるで夏の空の色みたい。爽やか過ぎて晩秋の季節には合わないのでは?一層、冬のドレスに似合うかも知れないわね。」
「でしょう?ヘンリエッタ様。だから私もお勧め致しませんでしたのよ。」
ふふん、と胸を張ってみせるマルクスは、とってもチャーミングだ。意固地で頑固な自分よりも、マルクスの方が余程女の子らしい可愛げがある。悔しい。
「はぁ、解ったわ。マリー、貴女の言う通りにするわ。」
「私ではなくウィルマ様の御用命です。貴女様には青が似合うと仰ったのはウィルマ様ですよ。」
「分かったわマリー、全て貴女にお任せするわ。好きにやって頂戴。」
もう、ドレスの色も仕様もマルクスに丸投げする事にした。あれこれ考えてもヘンリエッタにはお洒落に掛ける情熱なんて皆無な上に、社交経験も浅く世の中の流行にも疎いと云う令嬢としての三重苦を背負っているのだから、マルクスにお任せするのが一番である。
「マリー、お茶にしましょう!蜂蜜たっぷりのミルクティーがお好きよね。」
さあさあ、とソファーまでマルクスを誘って、自分はその前の一人掛けのミニソファーに腰掛けた。
夜会に出ないヘンリエッタであるが、昼間の茶会には母に連れられて参加していた。
これまでも、デイドレスやワンピースは母かマルクスに任せ切りであった。ヘンリエッタが頑なに青を避ける訳を知っていたから、マルクスも今日ほど青色を勧める事は無かった。
ハロルドとの関係に雪融けの気配を悟ったらしく、そこら辺もマルクスは鼻が利く。流石は貴族の生まれである。
身形は男性であるのに、中性的な面立ちに女性言葉のマルクスを、ウィリアムは知ってはいたが真隣りに座られタジタジとなっている。外商とはいえ、貴族令息であるマルクスを、姉は友人として接しており、マリーだなんて、もうそれ女の子だよねって付き合いをしているのを、ウィリアムはまだ馴染めずにいるらしい。
貴方、にやにや眺めちゃってくれたわよね。ヘンリエッタは少しばかり仕返しにと、敢えてウィリアムの隣りにマルクスを案内した。
え?ウィリアム、ちょっと貴方、頬が赤くない?さては、ご令嬢と近しく接した事が無いのね。それとも間近に見た"男の娘"にハートを射抜かれてしまったの?
にやにやしながらウィリアムを見るヘンリエッタを、頬を染めたままウィリアムは睨み返した。かわちい。
さて、ドレスは決まった。何がどう仕上がるのか全然解らないが、もうヘンリエッタの頭の中からドレス問題は消え去った。
ブリジットにミルクティーを淹れてもらい、そこからは茶飲み友達としてマルクスとのお喋りを楽しむ。
マルクスは、ヘンリエッタにとって数少ない心を許せる人物である。彼はハロルドとは学園の同窓であった。だから、多分婚約時代の二人も、その後の二人の事も大凡を知っているだろう。
接客の間は顧客に過度に阿る事の無いマルクスも、お茶の時間には心安く接してくれる。
昨晩の母の後ろ姿が目に焼き付いて、その様子が気掛かりであったのだが、それも先日鑑賞した『ベルかす』談で盛り上がって、いつの間にか有耶無耶となってしまった。
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