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いつか会ったら文句の一つや二つや三つくらいなら言っても良いだろう。
そんな不敬な事を考えていたから、こんな事が起こるのか。
「shit!」
学園の回廊で、ついお下品な独り言が口を衝いて出てしまった。ブリジットが聞いたなら卒倒してしまうだろう。良かった此処が学園で。
くそ、あいつ、何しに来たんだ。
今度ははっきり思考の中で言い直した。
回廊の先にちょっとした人集りがあって、本能が警戒したからそれ以上は進まずに、いつでも後方へ撤退出来るように身構えた。
視力がそれ程良くないヘンリエッタは、目を細めて先を見やる。
あれはいけない。これ以上、先に進んではいけない。あの後光が可視化出来そうな軍団は王族のそれに違いない。
人の波が左右に分かれて、高貴な集団の姿が顕になる。モーセが海を割る様に生徒達が脇に退けて、流石に学園であるからカーテシーやらボウ・アンド・スクレープやらは無いけれど、皆、恭しく頭を垂れている。
ヘンリエッタは壁際の人混みに紛れた。小柄なヘンリエッタであるから、背の高い男子生徒の後ろに隠れてしまえば正面からは見えなくなる。だがら、偶々側にいたトーテムポールっぽい男子生徒の後ろに隠れた。
よく考えてみれば可怪しな事である。
王族ならば現役学生ロバートが通っている。側妃腹だとしても立派な第三王子殿下である。何もこれほどまでに第二王子殿下の来校に騒ぎが起きずとも良いではないか。
数の少ない王族が学園に通うのに、同窓となれる機会は稀である。年代によっては学生の王族と一緒にならない世代もある。
そんな中で、ロバート殿下と学友として席を並べるのは、大袈裟に言うなら奇跡的な確率だろう。
将来は臣籍降下する自身の立場を弁えるかの様に、人当たりも穏やかで見目の優しげなロバート殿下であるから、王族の権勢を振るうなんて事は皆無であるが、廊下の先にいる彼奴は正統なる王妃腹の第二王子殿下だ。そうして将来は、王弟として国王陛下に即位する兄を補佐する立場で城に残るから、王族の身分に変わることは無い。
烟る金の髪に濃いエメラルドの瞳。
国王陛下の色を纏い容姿ばかりは王妃似の美麗な顔で、誰かに似てるなと思ったら、先日舞台で観たばかりのオスカール様に似てるじゃないっ!
救いは第二王子殿下が短髪であると言うことか。オスカールは、腰まである金の髪を風に靡かせ剣を振るうんですからね。
第二王子殿下エドワードとは因縁がある。
あちらもどうやらそれを気にしているらしく、今頃可怪しな働きかけをして来るが、彼とその妃となる隣国第二王女殿下のお蔭で、ヘンリエッタとハロルドは婚約を解消している。
まあ、それもハロルドの心変わりが無ければ起こり得ない事だったから、ちょっと八つ当たりっぽくもあるのだが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの原理で、ハロルド悪けりゃ第二王子はもっと悪い。
誤変換も甚だしいが、心の中で忌み嫌うのはこちらの勝手であるから、ヘンリエッタはエドワードに対しては不敬だなんてこれっぽっちも思わずに思う存分嫌っていた。
それに、先日の観劇だって、その前にハロルドが邸に訪れたのだって、コイツが要らぬミッションをハロルドに与えたからで、もっと遡ればハロルドとヘンリエッタの再婚約を打診して来たのはこのバカボンだ。
あの文が届いてから、ヘンリエッタにとってのエドワードとは己の保身の為なら乙女に疵を与えるのも、疵を負った乙女の古傷を甚振るのも平気な鬼畜と同義であった。
ぐぬぬと、口から声が漏れそうになるのを堪えて発光体がこちらに近付くのに身構えた。
多分、何かの公務の打ち合わせに来たのだろう。来月ある創立200周年の記念式典か。
きっとそうだろう、そうに違いない。
コソコソ隠れている癖に藪睨みを利かせて、男子生徒の腰の辺りから彼奴が通り過ぎるのを見る。
真ん前を通り過ぎる前からしゃがみ込む勢いで頭を垂れて、行ったな、もう行ったなと言うタイミングで面を上げた。
護衛の近衛騎士と一緒にハロルドの後ろ姿が見えた。ハロルドはエドワード殿下の側近であるから当然だろう。
いつか会ったら文句の一つや二つや三つくらいなら言ってやろうだなんて豪語しておいて、結局縮こまって隠れる事しか出来ないなんて、己とは全くもって口ばっかしである。
「情けない」
自身に対する想いが、ついぽろりと出て来ちゃう。やれやれ、廊下を歩くだけで凱旋パレードの様だなと、心の中で毒づいて教室へと戻った。
「姉上も観た?何だか仰々しい一行だったよね。」
「ホントよね。ただ廊下を歩くのにあんなに後光を振り撒かなくっても良いんじゃあないかしら。」
「まあ、高貴なお方だから当然でしょう。エドワード殿下であの眩しさだよ、王太子殿下なんて眩し過ぎて目が開かないかも。」
「開きます。同じ人間なんですから。」
「確かに姉上だったら出来そうだ。睨みつけちゃったりして。」
学園から帰ればウィリアムも帰宅しており、玄関ホールでばったり会った。
ウィリアムの私室は両親の居室に近い東側にある。令嬢であるヘンリエッタの部屋は反対の西側で、何れ嫁いだ後には私室は改装して客間にでもされるのだろうと、嫡男ウィリアムとの立場の違いに気付いたのは幼い頃の事である。
こんな風に、食堂やテラスなど共用スペースでなければ顔を合わせる事が少ないのを、姉想いのウィリアムの方から声を掛けてくれるから姉弟仲が良いのだろう。
「わたくし、そんなことはいたしません。」
「嘘つけ。もう目が据わってるよ。」
眉間に寄ったらしい皺を、ウィリアムが人差し指でちょんちょんと突付く。
「そんな顔をハロルド殿にも見せたの?」
そんな顔もどんな顔も、コソコソ俯いていたから、きっと大丈夫、見られてない。
そんな不敬な事を考えていたから、こんな事が起こるのか。
「shit!」
学園の回廊で、ついお下品な独り言が口を衝いて出てしまった。ブリジットが聞いたなら卒倒してしまうだろう。良かった此処が学園で。
くそ、あいつ、何しに来たんだ。
今度ははっきり思考の中で言い直した。
回廊の先にちょっとした人集りがあって、本能が警戒したからそれ以上は進まずに、いつでも後方へ撤退出来るように身構えた。
視力がそれ程良くないヘンリエッタは、目を細めて先を見やる。
あれはいけない。これ以上、先に進んではいけない。あの後光が可視化出来そうな軍団は王族のそれに違いない。
人の波が左右に分かれて、高貴な集団の姿が顕になる。モーセが海を割る様に生徒達が脇に退けて、流石に学園であるからカーテシーやらボウ・アンド・スクレープやらは無いけれど、皆、恭しく頭を垂れている。
ヘンリエッタは壁際の人混みに紛れた。小柄なヘンリエッタであるから、背の高い男子生徒の後ろに隠れてしまえば正面からは見えなくなる。だがら、偶々側にいたトーテムポールっぽい男子生徒の後ろに隠れた。
よく考えてみれば可怪しな事である。
王族ならば現役学生ロバートが通っている。側妃腹だとしても立派な第三王子殿下である。何もこれほどまでに第二王子殿下の来校に騒ぎが起きずとも良いではないか。
数の少ない王族が学園に通うのに、同窓となれる機会は稀である。年代によっては学生の王族と一緒にならない世代もある。
そんな中で、ロバート殿下と学友として席を並べるのは、大袈裟に言うなら奇跡的な確率だろう。
将来は臣籍降下する自身の立場を弁えるかの様に、人当たりも穏やかで見目の優しげなロバート殿下であるから、王族の権勢を振るうなんて事は皆無であるが、廊下の先にいる彼奴は正統なる王妃腹の第二王子殿下だ。そうして将来は、王弟として国王陛下に即位する兄を補佐する立場で城に残るから、王族の身分に変わることは無い。
烟る金の髪に濃いエメラルドの瞳。
国王陛下の色を纏い容姿ばかりは王妃似の美麗な顔で、誰かに似てるなと思ったら、先日舞台で観たばかりのオスカール様に似てるじゃないっ!
救いは第二王子殿下が短髪であると言うことか。オスカールは、腰まである金の髪を風に靡かせ剣を振るうんですからね。
第二王子殿下エドワードとは因縁がある。
あちらもどうやらそれを気にしているらしく、今頃可怪しな働きかけをして来るが、彼とその妃となる隣国第二王女殿下のお蔭で、ヘンリエッタとハロルドは婚約を解消している。
まあ、それもハロルドの心変わりが無ければ起こり得ない事だったから、ちょっと八つ当たりっぽくもあるのだが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの原理で、ハロルド悪けりゃ第二王子はもっと悪い。
誤変換も甚だしいが、心の中で忌み嫌うのはこちらの勝手であるから、ヘンリエッタはエドワードに対しては不敬だなんてこれっぽっちも思わずに思う存分嫌っていた。
それに、先日の観劇だって、その前にハロルドが邸に訪れたのだって、コイツが要らぬミッションをハロルドに与えたからで、もっと遡ればハロルドとヘンリエッタの再婚約を打診して来たのはこのバカボンだ。
あの文が届いてから、ヘンリエッタにとってのエドワードとは己の保身の為なら乙女に疵を与えるのも、疵を負った乙女の古傷を甚振るのも平気な鬼畜と同義であった。
ぐぬぬと、口から声が漏れそうになるのを堪えて発光体がこちらに近付くのに身構えた。
多分、何かの公務の打ち合わせに来たのだろう。来月ある創立200周年の記念式典か。
きっとそうだろう、そうに違いない。
コソコソ隠れている癖に藪睨みを利かせて、男子生徒の腰の辺りから彼奴が通り過ぎるのを見る。
真ん前を通り過ぎる前からしゃがみ込む勢いで頭を垂れて、行ったな、もう行ったなと言うタイミングで面を上げた。
護衛の近衛騎士と一緒にハロルドの後ろ姿が見えた。ハロルドはエドワード殿下の側近であるから当然だろう。
いつか会ったら文句の一つや二つや三つくらいなら言ってやろうだなんて豪語しておいて、結局縮こまって隠れる事しか出来ないなんて、己とは全くもって口ばっかしである。
「情けない」
自身に対する想いが、ついぽろりと出て来ちゃう。やれやれ、廊下を歩くだけで凱旋パレードの様だなと、心の中で毒づいて教室へと戻った。
「姉上も観た?何だか仰々しい一行だったよね。」
「ホントよね。ただ廊下を歩くのにあんなに後光を振り撒かなくっても良いんじゃあないかしら。」
「まあ、高貴なお方だから当然でしょう。エドワード殿下であの眩しさだよ、王太子殿下なんて眩し過ぎて目が開かないかも。」
「開きます。同じ人間なんですから。」
「確かに姉上だったら出来そうだ。睨みつけちゃったりして。」
学園から帰ればウィリアムも帰宅しており、玄関ホールでばったり会った。
ウィリアムの私室は両親の居室に近い東側にある。令嬢であるヘンリエッタの部屋は反対の西側で、何れ嫁いだ後には私室は改装して客間にでもされるのだろうと、嫡男ウィリアムとの立場の違いに気付いたのは幼い頃の事である。
こんな風に、食堂やテラスなど共用スペースでなければ顔を合わせる事が少ないのを、姉想いのウィリアムの方から声を掛けてくれるから姉弟仲が良いのだろう。
「わたくし、そんなことはいたしません。」
「嘘つけ。もう目が据わってるよ。」
眉間に寄ったらしい皺を、ウィリアムが人差し指でちょんちょんと突付く。
「そんな顔をハロルド殿にも見せたの?」
そんな顔もどんな顔も、コソコソ俯いていたから、きっと大丈夫、見られてない。
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