ふられちゃったら

桃井すもも

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【60】最終話

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「婚約者にふられちゃったら、辺境騎士の妻になっちゃったわね。」

ステファニアはテラスでお茶を飲みながら、独りごちる。

窓から入る日射しが暖かい。ぽかぽか陽気が眠気を誘う。眠いのは陽気の所為ばかりではないだろう。

ステファニアは只今、三人目を懐妊中である。妊婦とは何故にこれ程眠いのか。

元々の婚約者との婚約を相手の心変わりから解消したのが四年前。
それからあんな事やこんな事が色々色々あって、その年の夏には夫のエルリックと婚約していた。

そうして婚姻したのが三年前。
その年のうちに第一子を授かった。
辺境騎士とは生き急ぐのが性なのか、生きる為に仕事の早いエルリックは、ステファニアに三年連続子を齎した。

大きなお腹を撫でながら、

「私ってば、最早、子を産むプロだわ。」

気が付けば、一年中マタニティドレスを着ている。三年連続着ている。そんなだから、茶会は兎も角、夜会なんて暫く出てない。

上の子も次の子も女の子だった。
マグノリアとステファニアが姉妹のように、ラングレイ伯爵家はどうやら女腹であるらしい。何故ならマグノリアも昨年女児を産んだ。二代続けて婿取りになりそうだ。
姉の事を思い出したら、自動的に義兄の泣き顔が思い浮かんだ。姉が懐妊した時も、出産した時も、娘を初めて抱き上げだ時も、あの義兄は泣きっぱなしだったな、と思い出す。

そう言えば、泣き虫がもう一人いた。

「ステファニア、こんなところにいたら身体を冷やすよ。」

ほら来た、泣き虫。
泥臭いコテコテの騎士気質なのに、妙なところで涙脆い。

学生時代は白銀の王子と呼ばれたエルリックは、今では辺境の白銀紳士と呼ばれている。
全然紳士じゃあありませんね。産後にお腹がけばかさず次の子を投入する夫だなんて、鬼よ鬼。

鬼で思い出した。
初めての懐妊が解った時...


ばあーん!と扉が開いて、乗馬服の義母が部屋に入って来た。
部屋に入って来るのは良い。
乗馬服なのも良い。
毎回毎回、扉をばあーん!と開けるのも良い。
何が可怪しいって、お義母様、なぜ貴女様がここに?早馬で文が届いたのは今朝のこと。真逆、二日で辺境から王都に駆けて来たの?

「お、お、お義母様!お馬さんは!」

早馬に預けた文と同時に到着した辺境伯夫人に、ステファニアは尋ねた。

「大丈夫。生きてるわ。」
それって多分瀕死だわ。

「ところでエルリック、貴様。」
「申し訳ありません!」

エルリックがブンッと風を切る勢いで頭を下げた。

「あれほど我慢しろと母上に脅されておりましたのに、我慢出来ませんでした!」

「このうつけ者め。まあ良い。目出度い事だ。さあ、ステファニア、こちらへいらっしゃい。どう?悪阻はまだでしょうけれど、食事は摂れてる?」

「はい、お義母様。毎食美味しく完食しております。」

「まあ!それは良かった。そうそう、滋養に良いものを色々持って来たの。紅茶も控えねばならないでしょう?ハーブも持って来たのよ。」

義母は両手でステファニアの肩を抱いてテラスへ向かう。

「身体を冷やしてはいけないわ。テラスでお茶にしましょう。ミントとレモンバームが良いかしら。さっぱりするわよ。」

ステファニアをテラスへいざないながら、エルリックを横蹴りして通り過ぎた。

「まあ!エルリック様、どうしたの?そんな所に転がって。」
「気にしなくて大丈夫よ。貴女だけの身体ではないのだから、阿呆にかまけていては疲れてしまうわ。」

床に蹲るエルリックが気になるも、彼は強い子だから大丈夫だろうとテラスへ向かった。


「ふふ、懐かしい。」

あの日も義母とテラスでお茶を楽しんだのだわ。
第一子が女児であった時の義父母の喜びようと言ったら。
寡黙な義父が
「我が辺境伯に姫が生まれた!」と言って赤い狼煙を上げていた。あれって誰に知らせていたのかしら。

十月十日お腹の中で育てて、あんなに苦しい思いをして産み終えて、漸く普通のドレスが着られる様になった途端、毎晩夫に襲われた。助けてくれと義母に狼煙を上げたくなった。

それからまた十月十日お腹の中で育てて以下同文。
生まれたややこは女児だった。

「お義父様、お義母様、ごめんなさいっ。また女の子でした。」

辺境伯領に望まれるのは男児である。産めや増やせや男の子、である。
なのに、女腹のステファニアは二人続けて女児を産んだ。申し訳無くって泣けて来た。

「泣くな、ステファニア!可愛いじゃないか、女の子。嫁には出さない、ずっと君と僕とこの子達と一緒だよ。」

「何を言っているのよ、痴れ者が。大丈夫よ、ステファニア。女辺境伯、良いじゃない。私が手ずから鍛えましょう。最初は馬が良いかしら?それとも剣?そうね、女の子用の模擬剣を作りましょう。」

ステファニアがめそめそしている内に、娘のどちらかは女辺境伯になるらしい事が決定した。
長兄は妻を得たが、コウノトリは未だ訪れない。世継ぎで思い悩ませるより、既に生まれた子を後継にしようと思うらしい。
戦に関わる辺境騎士は命の保証が無いからか、決断が早く至極合理的である。長兄もその妻も、エルリックの子が嫡子で構わぬらしい。

しかも二番目の娘は義母に似ている。
まだ幼子であるのに、隠し切れない気概が感じられる。
どうやら義母も同じ事を思ったらしく、
「早く剣を持てる様にならないかしら。」と、可怪しな事を言っていた。まだよちよち歩きですよ、お義母様。

「この子もきっと女の子ね。」
ぽろりと口から思考が漏れ出す。

「良いじゃないか、女の子。一人は鬼、じゃない、母上に奪われるのだから、次が女の子で丁度良い。君に似るといいなあ。」

横で、いいなあと空を見上げる夫を見る。
白銀の美丈夫は相変わらずだ。なんなら頬がほっそり削げて、精悍な美しさを湛えている。残念ながら、話す事は情けない程に親馬鹿だ。

「アメリア夫人が欲しがっても嫁にはやらないよ。君の親友だからって駄目だからね。母上に一人奪われて、その上、一人は帝国だなんて、ん?いや、大丈夫か。」

アメリアには男の子が一人いる。
それはさて置き、嫌な予感がして来た。

「二人で頑張れば大丈夫だ。ねえ、ステファニア。この子が無事に産まれたら、また二人で一緒に頑張ろう。次もその次も女の子が良いなあ。君に似ると良いなあ。」

妻と娘達をこよなく愛する夫である。
そんな夫をステファニアは愛している。

広い大陸の何処かで、シャーロットもまた愛する人と幸せでいるのだろうか。
そうであればいい。

「エルリック様、私、男の子も育ててみたいわ。」
「勿論だ。男の子も女の子も二人でこさえて育てよう。」

楽しみだなあ、頑張ろうな。と隣でのたまう夫を見上げながら、こんな夫と暮らせるなら、ふられちゃうのも悪くは無いなとステファニアは笑みを深めた。



完         


                                                          
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