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「それで貴女達、両伯爵家からはお許し頂けたって事よね。」
「そうでなければ僕が困る。」
「貴方ってば、いつからそんな粘着質になったの?白銀の王子が粘着男だなんて知ったら、がっかりする令嬢が増えるわね。」
「僕は全く構わない。」
「で、貴女は何時まで貝になっているつもり?いい加減なんか言ってみてはどうかしら?」
「アメリア嬢、僕の婚約者を虐めないでくれないか。」
「やだわ、貴方ってば本当にあのエルリック様?えーっ、人って変わるのね、恋が人を狂わせるって本当なのね!」
「僕は狂人ではないよ。」
「知ってる?狂っている人ほど自分の事を正常だと思うらしいわ。」
部屋の中には三人いる筈が、話し声は二人分しか聞こえない。ステファニアはと言えば一言も発せずに、頬を真っ赤に染めてもじもじもじもじチョコチップスコーンを齧っている。
婚約ほやほや甘々なステファニアに、料理長はスコーンのチョコチップを減らしてしまった。甘過ぎはいけないのだとか何とか言っていた。
今は「通常版スタンダードチョコチップスコーン」を頬張るステファニアは、紅茶をひと口含んで飲み込んだ。爽やかな香りが鼻腔に残る。
「奥様は紅茶に夢中の様ね。」
「まだ奥様じゃあないわ。」
「漸く喋ったわね。」
「はっ、しまった」
アメリアに乗せられて、ついうっかり喋ってしまった。
ステファニアは、昨晩エルリックとの婚約を結んだ。辺境伯領から戻ったその晩に婚約誓約書にサインをした。
辺境伯側からの書類は、ステファニアが王都に戻る三日前には既に早馬で届けられていた。
疲弊した馬が寝込んだので、ラングレイ邸の厩舎で養生していたのが癒えた頃にステファニア達が到着したから、可哀想に、お馬さんは翌朝には再び辺境伯領まで走らされるのであった。
結果から言えば、ステファニアが王都に帰る前に、二人の婚約はほぼ定まっていた。
折角見事なスライディング土下座を披露したのに、エルリックがそんな事をしようがしまいが、辺境伯からの申し込みを父は既に諾としていたのである。
エルリックとステファニアの顔を交互に見て、父は「二人の意志に相違ないな?」と尋ねただけで、婚約誓約書とペンを差し出した。
二人は互いに視線を絡ませ、先にエルリックが、続いてステファニアが署名をした。
そこでエルリックは、
「婚約などという曖昧なものなど望んではおりません。僕はステファニア嬢との婚姻を望んでおります。ステファニア嬢を確かに得たいと願っております。」
そう父に向かって迫った。
エルリックは、ニコラスの様にステファニアの思慕という安寧の上に胡座をかいて、それで余所見をしている内に婚約解消だなんて間抜けな事はごめんであった。
だがしかし、
「エルリック様。学園を卒業したらもう一度聞かせて頂戴な。」
若造は女帝に窘められたのであった。
父が邸に戻る少し前、
ラングレイ伯爵家で女帝×2と対峙した勇者エルリックは、そのまま父伯爵の帰りを待つと粘った。
「貴方様、確か白銀の王子とかって呼ばれているのではなくて。涼し気な見目からは想像出来ないとんでもない粘着男子ね。」
「マグノリア、言っただろう?彼はあの辺境伯の令息だ。平気な顔で無理を通してこちらの言い分なんてのらりくらりと躱すのさ。」
「お義兄様、なんて事を仰るの?!エ、エ、え~と、エルリック様は、その、あの、とっても素敵な方なのよ...」
「ええい、声が小っさい!しっかりおっしゃいステファニア。好きなの?嫌いなの、どっちなの?!」
「好き、好き、好きです。だだだ大好きよ(もじもじもじ)」
「これ、マグノリア、ヒューバート。あまりステファニアを揶揄っては駄目よ。白銀の王子様が睨んでいるわ。」
スライディング土下座は綺麗に決まり、母は感銘を受けたらしい。フォームが美しいだとか何とか、流石は辺境騎士だとか何とか、格好ばかりの近衛とは大違いだとか何とか、要はエルリックを気に入った様であった。
散々悩んだ前の婚約を二年で解消してしまったステファニア。
姉は彼女の傷が新しい恋で癒されたのを、どこか安堵している風に見えた。ただ、辺境とは国境の戦闘地域であるから、ステファニアが危険な目に遭わないかを案じている。そうして、遠くに嫁いでしまうのを、心中寂しく思うのだった。
「夏摘みの茶葉の爽やかな事。なんてまろやかな味わいなのかしら。あちらは水も良いと聞くわ。辺境で頂くお茶とは美味しいのでしょうね。」
父の帰りを待つ間、エルリックの手土産である辺境領産の紅茶を堪能する母は、瞼を閉じて茶葉の味わいを楽しでいる。
「辺境伯夫人のお淹れ下さるお茶はとても美味しかったわ。ミルクも濃厚で、濃いめに淹れた紅茶にはミルクをたっぷり入れて下さるの。それからチョコチップスコーンが我が家と同じお味だったのよ。それって奇跡的だと思わなくて?」
恋する乙女はなんでもかんでも奇跡に思うらしい。残念でした。奇跡でもなんでもありません。母が辺境伯夫人にレシピをリークしただけの話しであるから。
急な婚約は許したのに、学園を休むのは許されなかった。
長旅から今日戻ったばかりであるのに、明日から学園に行くステファニアは、ゆっくり考える暇もない。それさえ今のステファニアは楽しく思えた。
思慕を抱く男性と婚約した。その事実に心が躍る。無理も難題も胸を張って立ち向かえる。難関ならエルリックと二人で立ち向かおう。これからは二人で心を合わせて進むのだ。
新たな婚約に、新たな婚約者に、エルリックになら自分自身とこれからの人生の全てを賭けて良いと、一点の曇り無く思える事をステファニアは幸せだと思った。
「そうでなければ僕が困る。」
「貴方ってば、いつからそんな粘着質になったの?白銀の王子が粘着男だなんて知ったら、がっかりする令嬢が増えるわね。」
「僕は全く構わない。」
「で、貴女は何時まで貝になっているつもり?いい加減なんか言ってみてはどうかしら?」
「アメリア嬢、僕の婚約者を虐めないでくれないか。」
「やだわ、貴方ってば本当にあのエルリック様?えーっ、人って変わるのね、恋が人を狂わせるって本当なのね!」
「僕は狂人ではないよ。」
「知ってる?狂っている人ほど自分の事を正常だと思うらしいわ。」
部屋の中には三人いる筈が、話し声は二人分しか聞こえない。ステファニアはと言えば一言も発せずに、頬を真っ赤に染めてもじもじもじもじチョコチップスコーンを齧っている。
婚約ほやほや甘々なステファニアに、料理長はスコーンのチョコチップを減らしてしまった。甘過ぎはいけないのだとか何とか言っていた。
今は「通常版スタンダードチョコチップスコーン」を頬張るステファニアは、紅茶をひと口含んで飲み込んだ。爽やかな香りが鼻腔に残る。
「奥様は紅茶に夢中の様ね。」
「まだ奥様じゃあないわ。」
「漸く喋ったわね。」
「はっ、しまった」
アメリアに乗せられて、ついうっかり喋ってしまった。
ステファニアは、昨晩エルリックとの婚約を結んだ。辺境伯領から戻ったその晩に婚約誓約書にサインをした。
辺境伯側からの書類は、ステファニアが王都に戻る三日前には既に早馬で届けられていた。
疲弊した馬が寝込んだので、ラングレイ邸の厩舎で養生していたのが癒えた頃にステファニア達が到着したから、可哀想に、お馬さんは翌朝には再び辺境伯領まで走らされるのであった。
結果から言えば、ステファニアが王都に帰る前に、二人の婚約はほぼ定まっていた。
折角見事なスライディング土下座を披露したのに、エルリックがそんな事をしようがしまいが、辺境伯からの申し込みを父は既に諾としていたのである。
エルリックとステファニアの顔を交互に見て、父は「二人の意志に相違ないな?」と尋ねただけで、婚約誓約書とペンを差し出した。
二人は互いに視線を絡ませ、先にエルリックが、続いてステファニアが署名をした。
そこでエルリックは、
「婚約などという曖昧なものなど望んではおりません。僕はステファニア嬢との婚姻を望んでおります。ステファニア嬢を確かに得たいと願っております。」
そう父に向かって迫った。
エルリックは、ニコラスの様にステファニアの思慕という安寧の上に胡座をかいて、それで余所見をしている内に婚約解消だなんて間抜けな事はごめんであった。
だがしかし、
「エルリック様。学園を卒業したらもう一度聞かせて頂戴な。」
若造は女帝に窘められたのであった。
父が邸に戻る少し前、
ラングレイ伯爵家で女帝×2と対峙した勇者エルリックは、そのまま父伯爵の帰りを待つと粘った。
「貴方様、確か白銀の王子とかって呼ばれているのではなくて。涼し気な見目からは想像出来ないとんでもない粘着男子ね。」
「マグノリア、言っただろう?彼はあの辺境伯の令息だ。平気な顔で無理を通してこちらの言い分なんてのらりくらりと躱すのさ。」
「お義兄様、なんて事を仰るの?!エ、エ、え~と、エルリック様は、その、あの、とっても素敵な方なのよ...」
「ええい、声が小っさい!しっかりおっしゃいステファニア。好きなの?嫌いなの、どっちなの?!」
「好き、好き、好きです。だだだ大好きよ(もじもじもじ)」
「これ、マグノリア、ヒューバート。あまりステファニアを揶揄っては駄目よ。白銀の王子様が睨んでいるわ。」
スライディング土下座は綺麗に決まり、母は感銘を受けたらしい。フォームが美しいだとか何とか、流石は辺境騎士だとか何とか、格好ばかりの近衛とは大違いだとか何とか、要はエルリックを気に入った様であった。
散々悩んだ前の婚約を二年で解消してしまったステファニア。
姉は彼女の傷が新しい恋で癒されたのを、どこか安堵している風に見えた。ただ、辺境とは国境の戦闘地域であるから、ステファニアが危険な目に遭わないかを案じている。そうして、遠くに嫁いでしまうのを、心中寂しく思うのだった。
「夏摘みの茶葉の爽やかな事。なんてまろやかな味わいなのかしら。あちらは水も良いと聞くわ。辺境で頂くお茶とは美味しいのでしょうね。」
父の帰りを待つ間、エルリックの手土産である辺境領産の紅茶を堪能する母は、瞼を閉じて茶葉の味わいを楽しでいる。
「辺境伯夫人のお淹れ下さるお茶はとても美味しかったわ。ミルクも濃厚で、濃いめに淹れた紅茶にはミルクをたっぷり入れて下さるの。それからチョコチップスコーンが我が家と同じお味だったのよ。それって奇跡的だと思わなくて?」
恋する乙女はなんでもかんでも奇跡に思うらしい。残念でした。奇跡でもなんでもありません。母が辺境伯夫人にレシピをリークしただけの話しであるから。
急な婚約は許したのに、学園を休むのは許されなかった。
長旅から今日戻ったばかりであるのに、明日から学園に行くステファニアは、ゆっくり考える暇もない。それさえ今のステファニアは楽しく思えた。
思慕を抱く男性と婚約した。その事実に心が躍る。無理も難題も胸を張って立ち向かえる。難関ならエルリックと二人で立ち向かおう。これからは二人で心を合わせて進むのだ。
新たな婚約に、新たな婚約者に、エルリックになら自分自身とこれからの人生の全てを賭けて良いと、一点の曇り無く思える事をステファニアは幸せだと思った。
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