ふられちゃったら

桃井すもも

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シャーロット達が辺境伯領に到着したのは、夏至の前日早朝のことであった。
夜通し馬車を走らせたのだろう。

大人数での移動な上に大雨にも見舞われた筈であるのに、エルリックの兄は彼等を安全に誘導し、元よりギリギリの日程であったのを夏至に間に合わせて到着したのである。

辺境伯邸に着いたシャーロット一行を、ステファニアもエルリックと共に出迎えた。
今回執り行われる夏至の神事とは全く全然関わりの無いステファニアは、本来この場にいる訳が無い。従者の姿を装って男装したとして、バレない方が可怪しいに決まっている。
ブルネットの髪を背中で結って、少しばかり上背のある元々薄い身体の背筋を伸ばす姿は、どこからどう見ても麗しい男装の令嬢で、ダンスの授業でご令嬢方をメロメロにしたステファニアその人であるのだから。

シャーロットが驚きに目を見開いているのは、ステファニアが辺境伯邸にいる事か、彼女がエルリックの従者を装って男装している事か。多分、その両方だろう。

それはデイヴィッド殿下も同じ事であったらしく、平素は落ち着きのある冷静な彼は、シャーロット以上に目を見開いた。
今回の神事に、シャーロットに帯同するのは王太子殿下なのかと思われていたが、彼女に付き添っていたのは第三王子のデイヴィッドであった。


「ス、ステファニア嬢、どうし「さあ、皆様こちらへどうぞ」

どうして君が此処にいると、最後まで言わせぬままエルリックの兄が彼等を邸内に案内する。

「バレたのかしら。」
「どうしてバレないと思えるのか、逆に僕は不思議に思うね。」

ステファニアが疑問を漏らしたのに、エルリックは若干呆れ顔で答えた。

ステファニアを令嬢として連れ出す事には名目が無いために、無理矢理エルリックの従者のていを通しているが、誰が何処からどう見ても、ステフと名乗るその出で立ちは、初々しい少年姿の男装の令嬢なのであった。


僅かな休憩をしただけで、シャーロットは直ぐに辺境伯に呼ばれた。
シャーロットの側にはデイヴィッド殿下だけがおり、彼の従者も護衛の近衛騎士達も従えてはいなかった。

辺境伯が、明日執り行われる神事の段取りを説明する。
今年の夏至の時刻が明日の夜明け直後の早朝であるのは、既に占星術師等が星回りから算出していた。

「その湖にシャーロット嬢が潜ると言うのか。」

デイヴィッド殿下が青い顔をするのも無理の無い事であった。
シャーロットが現れた湖とは、神殿が神聖視しているのとは別に、その水深が殊更深く、それも岸から急に深くなる為に泳ぎに長けた者でなければ溺れてしまうと思われた。

「殿下、シャーロット嬢はその湖から現れたのですよ。身を切る冷たい水の中から。」

「それは聞いている。だが、余りに危険だ。」

辺境伯の言葉に、デイヴィッド殿下が尚も難色を示す。

「殿下、ご心配は無用です。私の身が神殿の言う聖なるものであるのなら、今こそお役に立てることでしょう。辺境騎士の皆様が側においで下さるのですから、不安は何もございません。それに、水温も春よりは温く感じるでしょうから。」

シャーロットが漆黒の瞳でデイヴィッドを見つめれば、デイヴィッドは頷かざるを得なかった。

「閣下、私はいつ湖へ向かえば良いのでしょう。」

「夜明け前に。夜明けと申しても夏至の夜明けは早い。深夜のうちに岸辺に控えて頂く事となるが宜しいか。」

「承知致しました。」

シャーロットは辺境伯の言葉に頷いた。それから、

「エルリック様とその従者の方にもご一緒願えるのでしょうか。」と問うてきた。

「シャーロット嬢がお望みであれば。」
「では、お願いしたいと存じます。」

辺境伯が答えるのに、シャーロットはエルリックとステファニアの帯同を願った。



今朝方けさがた辺境伯に着いたばかりであるのに、シャーロットは真夜中には湖に向かう事となった。

晩餐の席では、夫人が王都での暮らしに不自由は無かったか、学園での日々はどうであったか、母親が娘を案ずる様に話し掛けていた。
シャーロットがどうして辺境伯に現れたのかを知る夫人は、シャーロットが再び命懸けであの水中洞窟へ潜る事も知っている。
もしかしたら、泳ぎに長けた夫人もあの洞窟を泳いで通った事があるのではないかとステファニアは思った。

晩餐の席は始終和やかなものであった。
辺境伯に夫人、エルリックの兄も、娘や妹と接するようにシャーロットに語り掛け食事を楽しんでいるように見えた。
まるで、間もなく訪れる別れを惜しむ姿にステファニアには思えた。

晩餐を終えてシャーロットが席を立つと、ステファニアはエルリックと共に彼女を見送る為に脇に控えた。

シャーロットがステファニアの前を通る。
ステファニアはそれを頭を垂れて見送る。

「ステファニア様。」

ステフを装うステファニアに、シャーロットは真名で呼び掛けた。ここには事情を知る者しかいない。皆がシャーロットとステファニアに見入っているのがぴりりと張り詰めた空気で解った。

「貴女には感謝しております。有難う。いつかお礼を言いたかったの。」

シャーロットはそう言って、ステファニアに一歩近付いた。小柄なシャーロットがステファニアを見上げる。
シャーロットは爪立ちとなってステファニアの腕をそっと掴んだ。それから驚くステファニアの耳元に頬を寄せて、

「必ずやり遂げるわ。心配なさらないで。貴女の事は決して忘れません。」

そう囁いた。

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