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義兄に話の腰を折られて、すっかり可怪しな間が出来てしまったが、エルリックはステファニアの問い掛けに答えようと話し始めた。
「えーと、何だっけ、どこまで話したっけ?あ、そうそう、君の疑問だ。
王家は何故王妃を止めないのか。
王太子殿下は何を考えているのか。夜会にもシャーロット嬢をエスコートしていた訳とは。
公爵家はこの事をどう思っているのか。
チェスター公爵は何処まで知っているのか。
ヘンリエッタ嬢はシャーロット嬢について、王妃について、何を何処まで知っているのか。
そうして陛下は一体、どうなさるおつもりなのか。
それからもう一つ、神殿は彼女をどうしたいのか。
多分、今の王国にこれらの全てに答えられる者はいないんじゃないかな。皆、一端は知っているだろう。けれども、辺境伯は王家の思惑が、王家は辺境伯の動きが解らない。そもそも僕が君達と共同戦線を張ることを誘ったのも、王都にいる僕も情報を得たいと思ったからだ。
兄は王太子殿下とも謁見したと考えられる。王太子殿下にシャーロット嬢の情報を伝えた筈だ。それで交渉の決裂があったなら、先に王都を出た僕らを引き止めるのに早馬を寄越しただろう。今も馬は追って来てはいない。交渉は成立した。シャーロット嬢は今朝、王都を立った。
彼女があの湖に再び戻ったなら、彼女は湖に潜り洞窟を目指す。そうして洞窟を抜けて元きた道へと戻って行く。
聖女の姿が湖に消えたのを見届けて騎士達が騒ぐ。聖女が女神の下に帰ったのだと元の世界にお戻りになったのだと。
それでシャーロット嬢が恋する男と再会出来るのか、それこそ女神様のお導きを信じるしか無いんじゃないかな。
けれど彼女にしても、このまま王国で政乱の元となって公爵令嬢と挿げ替えられて、挙げ句、王太子妃に持ち上げられるだなんて望んではいないだろう。
シャーロット嬢の姿が湖に消えた後、君の疑問は解決するかは解らないが大半は消滅するだろう。僕はそれで良いと思っている。」
これだけの情報を胸の内に収めながら、エルリックは誰にも打ち明ける事なく、あんな涼し気な表情で学園に通っていたのかと、ステファニアは彼の胆力に敬服する思いであった。
同時に、美術室脇の小部屋でエルリックが流した涙が思い出されて、あれはこんなにも重いものを背負ったエルリックが、僅かに見せた柔らかな心の発露であったのだと思った。
そんなエルリックを、どうしようも無いほど抱き締めてあげたい、そんな気持ちが湧いてきて、思わず横に並び座るエルリックの手に手を重ねた。
「はいはいストップー!離れて、近いよ離れなさい。」
やっぱり義兄が騒ぎ出して、真っ赤に頬を染めたエルリックとわあわあ喚く義兄を見ながらステファニアは笑ってしまった。
何だか色んな事が一度に起こって、最近いつも考え込んでいた。考えれば考える程こんがらがってしまう時には、こんな風に笑い飛ばしてしまいたくなる。
エルリックがそんなステファニアを見つめていた。それからふはっと笑い出し、最後は全然訳の解らぬ義兄まで、仕方なさげに笑い出した。
御者が僅かに振り向いたのが分かった。何を騒いで大笑いしているのか気になったのだろう。
泣いても笑っても馬車は進む。あと数日で辺境伯領に入る。そこでシャーロットを迎えて夏至の儀式を執り行う。
シャーロットが湖に再び潜り、水中の洞窟を潜り抜け、元の世界に旅立つのを見届けるのだ。
再び戻った世界には、想い人が待っているのか。それとも背負った役目を思い出して、公女としての新たな人生と向かい合うのか、どちらにしてもシャーロットの行く先にも、こんな笑いがある事を願った。
エルリックが騎士となる試練を越えた湖を、ステファニアも見てみたいと思った。
湖ばかりでなく、彼が生まれた大地も育った家も、父や母や兄弟にも、共に生きる騎士達も、彼の事を全て全て知りたいと思った。
そうしてステファニアの事も知ってほしいと思った。
ニコラスにふられちゃったその後に、銀髪のはにかむ笑みが素敵な青年に、いつの間にか心を奪われていたのだと、未だ握り合う掌の熱さに認めたのだった。
この気持ちを、エルリックに伝える日は訪れる事はないだろう。
王都と辺境伯領、生まれた土地もこれから生きる土地も遠く離れて、そうして学園を卒業してしまえば離れ離れそれぞれの人生を生きてゆく。
この旅が終わったら、ステファニアには新たな縁談が齎されるのだろう。新しい人と出会って、また一から関係を築いて行かねばならない。そうして共に過ごす時間を重ねて行って時が来たら家族になる。こうして友情を交わす日々よりも、これから築く日々の方が長く続く。それはエルリックも同様で、いつか互いに背を向けて別々の道を生きるのだ。せめて今だけ、この夏だけは、変わらない友情を深めていたいと思った。その友情に芽生えた恋心を混ぜ込んで、気付かぬふりをしていようと心に決めた。
「明日は朝から雨が降るかも知れない。馬には無理をさせるが、宵闇になるギリギリまで進むとしよう。」
夏至を目前にして、夕刻になっても空は紅く染まって明るく見えた。雨の降り様では足止めを食らってしまうかもしれない。夕食も遅らせて、出来るだけ先に進むことになった。
会話も途切れ、義兄も疲れたのだろう、うとうととしている。
「ステファニア。」
エルリックに小さく呼ばれて振り返る。
「疲れただろう。」
「少し。でも大丈夫よ、景色も空も綺麗だわ。折角だから楽しもうと思って。」
「全部終わったら、」
「ん?」
「全部終わったら、君を案内するよ。辺境の土地を。」
「...。とっても楽しみ。楽しみに待ってるわ。」
燃えるような夕焼けに頬を染められて、ステファニアは青く澄んだ瞳に向かって微笑んだ。
「えーと、何だっけ、どこまで話したっけ?あ、そうそう、君の疑問だ。
王家は何故王妃を止めないのか。
王太子殿下は何を考えているのか。夜会にもシャーロット嬢をエスコートしていた訳とは。
公爵家はこの事をどう思っているのか。
チェスター公爵は何処まで知っているのか。
ヘンリエッタ嬢はシャーロット嬢について、王妃について、何を何処まで知っているのか。
そうして陛下は一体、どうなさるおつもりなのか。
それからもう一つ、神殿は彼女をどうしたいのか。
多分、今の王国にこれらの全てに答えられる者はいないんじゃないかな。皆、一端は知っているだろう。けれども、辺境伯は王家の思惑が、王家は辺境伯の動きが解らない。そもそも僕が君達と共同戦線を張ることを誘ったのも、王都にいる僕も情報を得たいと思ったからだ。
兄は王太子殿下とも謁見したと考えられる。王太子殿下にシャーロット嬢の情報を伝えた筈だ。それで交渉の決裂があったなら、先に王都を出た僕らを引き止めるのに早馬を寄越しただろう。今も馬は追って来てはいない。交渉は成立した。シャーロット嬢は今朝、王都を立った。
彼女があの湖に再び戻ったなら、彼女は湖に潜り洞窟を目指す。そうして洞窟を抜けて元きた道へと戻って行く。
聖女の姿が湖に消えたのを見届けて騎士達が騒ぐ。聖女が女神の下に帰ったのだと元の世界にお戻りになったのだと。
それでシャーロット嬢が恋する男と再会出来るのか、それこそ女神様のお導きを信じるしか無いんじゃないかな。
けれど彼女にしても、このまま王国で政乱の元となって公爵令嬢と挿げ替えられて、挙げ句、王太子妃に持ち上げられるだなんて望んではいないだろう。
シャーロット嬢の姿が湖に消えた後、君の疑問は解決するかは解らないが大半は消滅するだろう。僕はそれで良いと思っている。」
これだけの情報を胸の内に収めながら、エルリックは誰にも打ち明ける事なく、あんな涼し気な表情で学園に通っていたのかと、ステファニアは彼の胆力に敬服する思いであった。
同時に、美術室脇の小部屋でエルリックが流した涙が思い出されて、あれはこんなにも重いものを背負ったエルリックが、僅かに見せた柔らかな心の発露であったのだと思った。
そんなエルリックを、どうしようも無いほど抱き締めてあげたい、そんな気持ちが湧いてきて、思わず横に並び座るエルリックの手に手を重ねた。
「はいはいストップー!離れて、近いよ離れなさい。」
やっぱり義兄が騒ぎ出して、真っ赤に頬を染めたエルリックとわあわあ喚く義兄を見ながらステファニアは笑ってしまった。
何だか色んな事が一度に起こって、最近いつも考え込んでいた。考えれば考える程こんがらがってしまう時には、こんな風に笑い飛ばしてしまいたくなる。
エルリックがそんなステファニアを見つめていた。それからふはっと笑い出し、最後は全然訳の解らぬ義兄まで、仕方なさげに笑い出した。
御者が僅かに振り向いたのが分かった。何を騒いで大笑いしているのか気になったのだろう。
泣いても笑っても馬車は進む。あと数日で辺境伯領に入る。そこでシャーロットを迎えて夏至の儀式を執り行う。
シャーロットが湖に再び潜り、水中の洞窟を潜り抜け、元の世界に旅立つのを見届けるのだ。
再び戻った世界には、想い人が待っているのか。それとも背負った役目を思い出して、公女としての新たな人生と向かい合うのか、どちらにしてもシャーロットの行く先にも、こんな笑いがある事を願った。
エルリックが騎士となる試練を越えた湖を、ステファニアも見てみたいと思った。
湖ばかりでなく、彼が生まれた大地も育った家も、父や母や兄弟にも、共に生きる騎士達も、彼の事を全て全て知りたいと思った。
そうしてステファニアの事も知ってほしいと思った。
ニコラスにふられちゃったその後に、銀髪のはにかむ笑みが素敵な青年に、いつの間にか心を奪われていたのだと、未だ握り合う掌の熱さに認めたのだった。
この気持ちを、エルリックに伝える日は訪れる事はないだろう。
王都と辺境伯領、生まれた土地もこれから生きる土地も遠く離れて、そうして学園を卒業してしまえば離れ離れそれぞれの人生を生きてゆく。
この旅が終わったら、ステファニアには新たな縁談が齎されるのだろう。新しい人と出会って、また一から関係を築いて行かねばならない。そうして共に過ごす時間を重ねて行って時が来たら家族になる。こうして友情を交わす日々よりも、これから築く日々の方が長く続く。それはエルリックも同様で、いつか互いに背を向けて別々の道を生きるのだ。せめて今だけ、この夏だけは、変わらない友情を深めていたいと思った。その友情に芽生えた恋心を混ぜ込んで、気付かぬふりをしていようと心に決めた。
「明日は朝から雨が降るかも知れない。馬には無理をさせるが、宵闇になるギリギリまで進むとしよう。」
夏至を目前にして、夕刻になっても空は紅く染まって明るく見えた。雨の降り様では足止めを食らってしまうかもしれない。夕食も遅らせて、出来るだけ先に進むことになった。
会話も途切れ、義兄も疲れたのだろう、うとうととしている。
「ステファニア。」
エルリックに小さく呼ばれて振り返る。
「疲れただろう。」
「少し。でも大丈夫よ、景色も空も綺麗だわ。折角だから楽しもうと思って。」
「全部終わったら、」
「ん?」
「全部終わったら、君を案内するよ。辺境の土地を。」
「...。とっても楽しみ。楽しみに待ってるわ。」
燃えるような夕焼けに頬を染められて、ステファニアは青く澄んだ瞳に向かって微笑んだ。
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