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ブルネットの髪を青いリボンで結わえる。
リボンは義兄が何かの褒賞であったのを譲ってくれたもので、ステファニアの紺碧の瞳によく似合っている。
髪を結わえただけなのに「きゃあ!」と声が上がるのは、今がダンスの授業中だからだろう。
青いリボンで髪を結わえて背筋を伸ばせば、たったそれだけで「男装しない男装の令嬢」「オーバースウェイの麗人」の出来上がりである。
「宜しくお願い致します。テレシア嬢。」
声音を低く落として片手を差し出しダンスへ誘う。
最近、王立貴族学園の三年A組ではスローアウェイオーバースウェイが大流行りであった。ダンスのスウェイは基本中の基本ステップでありスローアウェイオーバースウェイは花形ステップである。
スローアウェイからゆったりと勢いを抑えて軸を傾け胸を反らせば、ドレスの襟から覗く鎖骨と胸元のラインが美しく見えて、オーバースウェイはご令嬢の憧れのステップなのである。
今日もステファニアは、男性パートを受け持って大活躍であった。既に教師からはExcellentの評価を得ており、母との約束は果たしていた。
そろそろ初夏を迎える日差しを浴びて、涼し気な表情に笑みを湛えてご令嬢をリードするステファニアは、今や下級生にも密かな人気を得ているとかいないとか。
幾人かと続けて踊り、パートナーが変わる。
「シャーロット嬢、宜しくお願い致します。」
ステファニアは、少しばかり緊張を覚えながらシャーロットと向き合った。
ホールドを組み曲が流れて、一歩踏み出すその時に、ステファニアの耳に小さく響いたのはシャーロットの囁きであった。
「貴女にご相談が」
聞き間違いであったか。プロブナードポジションに戻った時に再び、
「お願いがあるのです」
そう確かに聴こえた。
練習曲は短くて、あっという間に終わってしまう。
「有難うございました」と互いに礼を取って離れた後、ステファニアは手の平に残された紙片をそっとポケットに仕舞い込んだ。
紙片は、ダンスの最初、ホールドを組んだ時に、互いに組み合わせた手の中にあった。シャーロットが先んじて手の平に忍ばせていたのだろう。そのまま手の平を合わせ紙片を隠し持ったまま曲の終わりまで踊った。
シャーロットの後ろ姿を視界の端に移して、ステファニアはそのまま離れた。
キョロキョロと周りを見回す。誰も居ないのは分っているが、つい警戒してしまう。
授業が終わって直ぐに駆け込んだお手洗いの個室の中で、ステファニアはポケットの中から紙片を取り出した。
四つ折りに折り畳まれた紙片を開けば、小さな文字が見えた。小さな文字であるのに流麗な字体である。
『貴女とお話しがしたい。出来るだけ早く』
小さな紙片には、ここまで書くのが限界だったのだろう。
ステファニアは思わず天井を見上げた。
「私にどうしろと?」
姉の顔が思い浮かぶ。
「お姉様、お義兄様、どうして解ったの?私、本当に巻き込まれてしまったわ。」
ステファニアの溜息と共に漏れた小さな小さな囁きは、お手洗いの個室の空間に溶けて消えた。
「皆様にご相談があるの。」
皆様と呼び掛けられて、アメリアとエルリックがステファニアの方を向く。
「今度は何に巻き込まれたのかしら。」
一瞬、アメリアが姉の姿と重なって見えた。
気を取り直して、ステファニアは手の平に握っていた紙片を開いた。小さな紙片をアメリアとエルリックが覗き込むのに、勢い余ってゴチンと頭をぶつけてしまった。
「いった~い」「ああ、ごめんごめん、アメリア嬢、大丈夫かい?」
二人がゴチンコしたおデコを涙目で擦りながら、今度は恐る恐る紙片を見る。
「これって、聖女様?」
「ええ。ダンスの時に渡されたの。」
「何故、君に、いや、君だからか。」
理由の解らない事をエルリックが言うのに、ステファニアは答えらしいものを探してみる。
「ダンスの時に接触出来るから?いえ、それなら男子生徒達は幾人もシャーロット様と踊っているわね。」
何故だろう。
でも、シャーロットは急いでいる。出来るだけ早くと訴えている。
「彼女と接触が必要ね。次のダンスの授業まで待てないわ。」
アメリアの言葉に、ステファニアは頷いた。
午後の授業であった。昼食後の授業は眠気を誘い、教室の中には気怠い空気が漂っている。
そこに、ほっそりとした白い手が挙がった。
「先生、申し訳ございません。少し席を外して宜しいでしょうか。」
鈴の音が鳴るような声が言えば、隣りのデイヴィッド殿下が慌てるのがその背中でも見て取れた。
真逆のシャーロット嬢が授業途中で退席を乞う。その理由とは御不浄直行案件それしかない。
恥ずかしそうにシャーロットが頬を染めて俯く姿が痛々しい。
ステファニアはすかさず立ち上がった。颯爽と中央の席まで歩む。
殿下に黙礼で頭を下げてその隣、シャーロットの脇にするりと並び教師を見た。
「先生、シャーロット様に付き添いを致します。」と言えば、「あ、ああ」と教師は突然の事にうっかり流されて頷いてしまった。
「先生、私もお手伝い致します。」
そう言ってアメリアが手を挙げた。
「あ、ああ」と再び教師は流された。
聖女が御不浄へ行くのに、女生徒二人が護衛に付く体で教室を出る。本家本元の護衛である近衛騎士は後ろから付いて来ている。
速歩きで手洗い場へ入り、一番奥の個室に三人一緒に入って鍵を掛けた。狭い個室はぎゅうぎゅう詰めである。
授業中であるから、手洗い場には三人以外誰も居ない。それでも耳を澄まして周囲を窺い誰も居ない事を確かめた。
「シャーロット様、何をお望みなのです?」
時間が限られている。ステファニアは単刀直入に尋ねた。
漆黒の瞳がステファニアを見つめる。
一瞬の躊躇を飲み込んで、シャーロットは願いを口にした。
「私を辺境伯の領地へ戻してほしいのです。」
リボンは義兄が何かの褒賞であったのを譲ってくれたもので、ステファニアの紺碧の瞳によく似合っている。
髪を結わえただけなのに「きゃあ!」と声が上がるのは、今がダンスの授業中だからだろう。
青いリボンで髪を結わえて背筋を伸ばせば、たったそれだけで「男装しない男装の令嬢」「オーバースウェイの麗人」の出来上がりである。
「宜しくお願い致します。テレシア嬢。」
声音を低く落として片手を差し出しダンスへ誘う。
最近、王立貴族学園の三年A組ではスローアウェイオーバースウェイが大流行りであった。ダンスのスウェイは基本中の基本ステップでありスローアウェイオーバースウェイは花形ステップである。
スローアウェイからゆったりと勢いを抑えて軸を傾け胸を反らせば、ドレスの襟から覗く鎖骨と胸元のラインが美しく見えて、オーバースウェイはご令嬢の憧れのステップなのである。
今日もステファニアは、男性パートを受け持って大活躍であった。既に教師からはExcellentの評価を得ており、母との約束は果たしていた。
そろそろ初夏を迎える日差しを浴びて、涼し気な表情に笑みを湛えてご令嬢をリードするステファニアは、今や下級生にも密かな人気を得ているとかいないとか。
幾人かと続けて踊り、パートナーが変わる。
「シャーロット嬢、宜しくお願い致します。」
ステファニアは、少しばかり緊張を覚えながらシャーロットと向き合った。
ホールドを組み曲が流れて、一歩踏み出すその時に、ステファニアの耳に小さく響いたのはシャーロットの囁きであった。
「貴女にご相談が」
聞き間違いであったか。プロブナードポジションに戻った時に再び、
「お願いがあるのです」
そう確かに聴こえた。
練習曲は短くて、あっという間に終わってしまう。
「有難うございました」と互いに礼を取って離れた後、ステファニアは手の平に残された紙片をそっとポケットに仕舞い込んだ。
紙片は、ダンスの最初、ホールドを組んだ時に、互いに組み合わせた手の中にあった。シャーロットが先んじて手の平に忍ばせていたのだろう。そのまま手の平を合わせ紙片を隠し持ったまま曲の終わりまで踊った。
シャーロットの後ろ姿を視界の端に移して、ステファニアはそのまま離れた。
キョロキョロと周りを見回す。誰も居ないのは分っているが、つい警戒してしまう。
授業が終わって直ぐに駆け込んだお手洗いの個室の中で、ステファニアはポケットの中から紙片を取り出した。
四つ折りに折り畳まれた紙片を開けば、小さな文字が見えた。小さな文字であるのに流麗な字体である。
『貴女とお話しがしたい。出来るだけ早く』
小さな紙片には、ここまで書くのが限界だったのだろう。
ステファニアは思わず天井を見上げた。
「私にどうしろと?」
姉の顔が思い浮かぶ。
「お姉様、お義兄様、どうして解ったの?私、本当に巻き込まれてしまったわ。」
ステファニアの溜息と共に漏れた小さな小さな囁きは、お手洗いの個室の空間に溶けて消えた。
「皆様にご相談があるの。」
皆様と呼び掛けられて、アメリアとエルリックがステファニアの方を向く。
「今度は何に巻き込まれたのかしら。」
一瞬、アメリアが姉の姿と重なって見えた。
気を取り直して、ステファニアは手の平に握っていた紙片を開いた。小さな紙片をアメリアとエルリックが覗き込むのに、勢い余ってゴチンと頭をぶつけてしまった。
「いった~い」「ああ、ごめんごめん、アメリア嬢、大丈夫かい?」
二人がゴチンコしたおデコを涙目で擦りながら、今度は恐る恐る紙片を見る。
「これって、聖女様?」
「ええ。ダンスの時に渡されたの。」
「何故、君に、いや、君だからか。」
理由の解らない事をエルリックが言うのに、ステファニアは答えらしいものを探してみる。
「ダンスの時に接触出来るから?いえ、それなら男子生徒達は幾人もシャーロット様と踊っているわね。」
何故だろう。
でも、シャーロットは急いでいる。出来るだけ早くと訴えている。
「彼女と接触が必要ね。次のダンスの授業まで待てないわ。」
アメリアの言葉に、ステファニアは頷いた。
午後の授業であった。昼食後の授業は眠気を誘い、教室の中には気怠い空気が漂っている。
そこに、ほっそりとした白い手が挙がった。
「先生、申し訳ございません。少し席を外して宜しいでしょうか。」
鈴の音が鳴るような声が言えば、隣りのデイヴィッド殿下が慌てるのがその背中でも見て取れた。
真逆のシャーロット嬢が授業途中で退席を乞う。その理由とは御不浄直行案件それしかない。
恥ずかしそうにシャーロットが頬を染めて俯く姿が痛々しい。
ステファニアはすかさず立ち上がった。颯爽と中央の席まで歩む。
殿下に黙礼で頭を下げてその隣、シャーロットの脇にするりと並び教師を見た。
「先生、シャーロット様に付き添いを致します。」と言えば、「あ、ああ」と教師は突然の事にうっかり流されて頷いてしまった。
「先生、私もお手伝い致します。」
そう言ってアメリアが手を挙げた。
「あ、ああ」と再び教師は流された。
聖女が御不浄へ行くのに、女生徒二人が護衛に付く体で教室を出る。本家本元の護衛である近衛騎士は後ろから付いて来ている。
速歩きで手洗い場へ入り、一番奥の個室に三人一緒に入って鍵を掛けた。狭い個室はぎゅうぎゅう詰めである。
授業中であるから、手洗い場には三人以外誰も居ない。それでも耳を澄まして周囲を窺い誰も居ない事を確かめた。
「シャーロット様、何をお望みなのです?」
時間が限られている。ステファニアは単刀直入に尋ねた。
漆黒の瞳がステファニアを見つめる。
一瞬の躊躇を飲み込んで、シャーロットは願いを口にした。
「私を辺境伯の領地へ戻してほしいのです。」
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