ふられちゃったら

桃井すもも

文字の大きさ
上 下
26 / 60

【26】

しおりを挟む
「宜しくお願い致します、キャロライン嬢。」

上背のあるステファニアが声音を変えて低音で言えば、あちらこちらから「きゃあ」と小さな悲鳴が上がった。

長いブルネットの髪をリボンで結わえたステファニアが向かい合う令嬢に手を差し出せば、令嬢は頬を染めてステファニアを見上げた。

一曲踊り終えると教師から指導が為されて、それからパートナーを変えてまた一曲踊る。そうして練習用の短い曲で次々とパートナーを変えながら、ダンスのレッスンは続いた。

数人をご令嬢のパートナーとして務めたステファニアは、次のパートナーと向き合って息を飲んだ。

聖女シャーロット。巡って来たパートナーはシャーロットであった。

「宜しくお願い致します、シャーロット嬢。」

ステファニアがそう言えば、シャーロットが目を細めて「宜しくお願い致します」と返した。

ちょっと、どうしよう!凄く可愛い!
あれ、可怪しいぞ、脳内が男子目線になっている。シャーロット様が可憐で可愛い。これが男子の気持ちなのね。

小柄なシャーロットを見下ろしながら、ステファニアはすっかり男子の気持ちになって舞い上がった。

手を差し出せば、白く小さな手が乗せられた。その手を持ち上げダンスのフォームに組み変えてやんわり握れば、シャーロットがそれに応えるように握り返してくれた。
ステファニアの腕に添えられるほっそりとした手、ホールドすれば腰は細く華奢であるのが解った。

曲が始まり踊り出せば、彼女はとても軽かった。身体の軸がブレない為か、ぴたりとステファニアに沿うように一切の抵抗を感じない。まるでそこに実体がないような、ステファニアが独りで踊っているのではと錯覚してしまうような、そんな感覚を覚えるほどであった。

なんて儚い人なのだろう。
こんなに淡く軽く薄くて、どうやってこの世に生きてきたのだろう。
シャーロットと踊りながら、ステファニアは不思議な気持ちになった。

曲が終わって、シャーロットと見つめ合う。
漆黒の瞳がステファニアを見つめている。儚い中に気品が溢れて、彼女が貴人であるのが確かな事と思われた。

「有難うございます。ステファニア様。」

シャーロットに初めて名を呼ばれた。

「こちらこそ、シャーロット嬢。」

最後まで紳士で通したステファニアに、また小さな「きゃあ」があちらこちらで湧いていた。



「何だか悔しいわ。」
「え、何が?」
「何がって、貴女。貴女を他の女に奪われた事よ!」
「ぶっ、」
「あら、エルリック様、大丈夫?ハンカチをどうぞ。」

美術室脇の小部屋でランチボックスを囲みながら、アメリアがぷりぷりする。
ぷりぷりして、悔しい悔しいと連発する。

ぷりぷりするアメリアを横目に、お茶を吹いてしまったエルリックに、ステファニアはハンカチを差し出した。

「あー、有難う、ステファニア嬢。」

ステファニアからハンカチを受け取るエルリックは、まだ笑いを噛み殺している。

「だって、今日は男子生徒が足りなかったのだもの。それに私、こう見えてダンスは得意なのよ。」

エヘンと胸を張るステファニア。

「貴女とは何度も踊っているから解っているわ。なんなら、私ほど貴女がダンスが上手いのを知ってる人間はいないと思うわ。」

「え?二人はダンスを踊っているの?」

「そうよ。私の婚約者は遠い帝国にいるのですもの。邸でダンスレッスンを受ける時はステファニアが彼の代わりをしてくれているのよ。」

どう?羨ましいでしょう?とアメリアもエヘンと胸を張る。

「僕はダンスは苦手だな。」

エヘンエヘンと胸を張り合う二人を前に、エルリックが意外な言葉を漏らした。

「えっ、貴方が?」
「僕だからだろう。」

泳ぎが出来て馬にも乗れて剣も握るエルリックの言葉は、ステファニアにとっては信じられないものだった。

「そんな筈はないわ。何かの間違いよ。貴方ほど何でも出来ちゃう男性ひとが、ダンスが苦手だなんて有り得ない!」

「いやぁ、僕はそんな完璧な人間じゃあないよ。兎に角ダンスは駄目だ。」

「残念だわ。貴方とは気の合う友人だと思っていたから。」

「ええ、それ程?」


わちゃわちゃしている内に、時間はあっという間に過ぎて行く。また馬鹿な話しで目的を見失う。共同戦線を張った日から、情報交換率0%なのは、こう云う所に原因があるのだろう。

「ねえ、ステファニア。聖女様はどんなだったの?」

アメリアに聞かれて、ステファニアはダンスの授業を思い出した。
教室で見るシャーロットは近寄り難いほど静謐な美しさを湛えている。醸し出す空気が清い。欠けるところの無い貴人なのだと思わせる。

だが、ダンスを踊った彼女は、

「とても可憐なご令嬢だったわ。」

可憐の一言であった。

「白くて細くて小さくて、黒い瞳が潤んでいて、それでとても可憐であったわ。」

「貴女の口から聞いて、これ程妬けるだなんて。悔しいわ。」

アメリアか再びぷりぷりする。

そんなアメリアに笑いながら、ふとステファニアは思い出した。

あの街で二人を見掛けた時。
エルリックと並び歩くシャーロットは、可憐な乙女だと思った。

ステファニアは思わずエルリックを見た。
エルリックもステファニアを見ていた。

ああ、エルリックの目にも、あの白くて細くて小さくて、可憐なシャーロットが映っていたのだ。

なんだろう、この気持ち。

感じたことの無い感情が湧いて、ステファニアは戸惑った。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...