ふられちゃったら

桃井すもも

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「ねえ、ステファニア。貴女、最近随分楽しそうだと思ったら、そんな事になってたのね。毎朝、これから登山にでも行くのかってくらい食料をリュックに詰め込んでるのは知っていたけれど。おまけになあに?あのスコーン、美味し過ぎるわ。」

「そうでしょう?お姉様。チョコチップマシマシ限界値突破スコーンは料理長が生み出した究極のスコーンなのよ。」


その日の晩餐の席で、ステファニアは両親と姉夫婦に、エルリックとアメリアの三人で昼食を摂っている事を打ち明けた。
意図して隠したつもりは無かったが、ニコラスとの婚約解消で悩ませているだろう家族に話せずにいた。

「それで、お父様、お義兄様。お二人が、私がシャーロット様に関わることを心配なさっているのは解っているの。本当なら王家にも辺境伯に対しても同じ事をお考えなのだと。それを承知でお願いします。エルリック様と交流する事を許して下さい。」

ステファニアは頭を下げる勢いで父と義兄に許しを乞うた。

「随分、熱いお願いね。まるで愛の告白ね。」
「あ、あ、愛、」

姉の言葉に、ステファニアは一瞬で茹で上がった。

「西の辺境伯の令息か?」

ステファニアの言葉に耳を傾けていた父が言う。

「ええ、お父様。辺境伯閣下のご子息でいらっしゃるエルリック様よ。私達、偶然偶々ばったり会って、それで。」

「偶然偶々ばったりって、君達クラスメイトだろう。」

「そうとも言うわね、お義兄様。」

しれっと答えたステファニアを義兄はぐぬぬと見つめる。

「それで、お父様。私達昼食をご一緒するお仲間なんだけれど、ついでに共同戦線を張ってますの。今のところ、情報提供はゼロですけれど。」

「随分脆弱な共同戦線ね。」

「ええ、私達非力な若人わこうどですもの。」

しれっと年齢に触れるステファニアを義兄は再びぐぬぬと見つめる。それから、

「マグノリア、大丈夫だよ。君は童顔で若々しい。そこいらの若人わこうど達には負けちゃあいないよ。」

全然フォローにならないフォローを投入した。


「お父様とお義兄様のお仕事にご迷惑をお掛けしないと誓うわ。」

「婚約者にはきっぱり見切りを付けたのに。随分、思い入れているのね。」

「ええ、お姉様。私にとってアメリアとエルリック様は得難い友人なの。それに私、夏までに婚約者が決まらなければ、夏休みを辺境伯領で泳ぎを教えて貰う約束をしてるのよ。」

「もう、それだけ関わったのなら今更どうしようも無いじゃない。お父様、宜しいのではなくて?何か有ったらお父様とヒューバートが止めて下されば。お友達の少な過ぎるステファニアの少ない稀有な貴重なご友人だそうだから。」

姉の言葉に父は少しの間考える風であった。

「西の辺境伯領地とは風光明媚だそうね。私も行ってみたいわ。ステファニア、お土産は茶葉で良くてよ。辺境伯領のお茶ってとっても香りが良いのよ。」

苺のムースを味わっていた母が一声上げた。
決まった。これで決まりだ。ステファニアは心の中で勝利の雄叫びを上げた。父は母に甘い。甘過ぎるくらい甘い。母の意志は父の意志。これで決まりだ!

「良いだろう。」
父はやっぱり母の言葉に甘かった。

「お前が知り得た事は必ず報告しなさい。解ったな。」

「承知しました。」

ステファニアは瞳をキラキラ輝かせて答えた。



「貴女、夏まで婚約話しは来ないと思いなさいね。」

食事の後、例の如く私室を訪れた姉が言う。直後のお茶のあとのお茶を、ステファニアの部屋で飲んでいる。

「お母様が貴女を辺境伯領へ行かせたいと思ってしまったのだもの、仕方が無いわよね。まあ、良いのではないかしら。貴女、少しゆっくりなさい。婚約話なんて焦って探すものでは無いわ。それに、五月蝿い縁談もお母様がお断りして下さるでしょう。貴女の価値を金銭で勘定するような家なんてお呼びじゃあないのよ。
大富豪の娘と軍師の息子。友人としては良いんじゃなくて?」

姉は優しい。厳しい事も面倒な事も貴族の煩わしい物事全てを自分が引き受けて、ステファニアには自由を与えようと心を砕いている。

「お姉様、有難う。それから、お義兄様、嫁ぎそびれてお世話になっちゃったら御免な「君の面倒は僕等が見るよ。一生だ。解ったね!解ったら変な遠慮はしてくれ!」

兄は感情が昂ぶったらしく、瞳がうるうる潤んでいる。姉がすかさずハンカチを手渡した。

「それから、ステファニア。義父上も仰った通り、学園で少しでも不穏な事が起こったなら必ず僕等を頼るんだ。変わった事があったなら、必ず知らせるんだ。約束してくれ。解ったね!!」

ね!ね!と何度も念押しをして二人は部屋を立ち去った。兄はハンカチで目元を拭き拭き立ち去った。

仲の良い家族である。貴族の間でも珍しい。
非力で世間を知らないステファニアが、婚約解消やら聖女やら王家やら辺境伯やら何やら面倒な事ばかり引き寄せるのにも、いつだって側で見守ってくれている。

「もう、ずっとここにいようかしら。」

この晩、ステファニアは生涯独身を貫く怠惰で幸福な未来がある事を知ってしまった。



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