ふられちゃったら

桃井すもも

文字の大きさ
上 下
17 / 60

【17】

しおりを挟む
青い瞳を見つめていると、まるでこちらの方が見つめられているような気持ちになってくる。

エルリックが思いのほか気さくで朗らかな気質であるのをこの数日で知った筈だったのが、澄んだ青い瞳ばかりでなく白銀の髪まで冷ややかに見えて、ステファニアは触れてはいけないものに触れてしまったのだろうかと思った。

「違うよ」

声音までひやりと冷たく感じられたのは気の所為ではないだろう。

「僕ではないよ」

ほらまた、冷たい言いよう

ステファニアは怯みそうになるが、聞かずにはいられない。それで折角得られた友情めいた関係が崩れてしまうのは残念だと思った。けれど、そうであるのなら尚の事、友人にいつまでも疑心を持つことの方が可怪しいことだと思った。

「私、貴方とシャーロット様が街を歩いているのを見掛けたの。」

「ああ、それなら確かに僕だよ。」

「貴方、シャーロット様と親しいの?」

「親しくはないかな。」

でも、シャーロット様は楽しそうに見えた、とは何故だか言えなかった。

ほんの一瞬、間が空いて、エルリックは纏った鎧を脱いだようにぴりりとした空気を解いた。そうしていつものエルリックに戻った。

自分に向けられた覇気の様なものを確かに感じたその事実は、ステファニアは忘れられないだろうと思った。

貴公子然とした見目に騙されてはいけない。
エルリックは辺境の騎士である。戦闘軍団を率いる長の子息である。

「そんなに警戒しなくて大丈夫だよ、ステファニア。」

「...」

「参ったな。」
エルリックが目を伏せた。その仕草はどこか寂しそうに見えた。

「馬鹿ね。」
冷えた空気を破ったのはアメリアだった。

「可怪しな気を出すからステファニアに警戒されちゃうのよ。貴方、嫌われたいの?」

「えっ?」

「ステファニアは偽りや誤魔化しを嫌うのよ。権謀術数極まりない家庭に揉まれているのだもの。」

「えーっと、アメリア。私の家族はそんなのではないわよ。普通よ、フツー。」

「何言ってるのよ。あんな腹の中は秘密だらけの父親や義兄に取り囲まれて。」

「ふ、二人だけでどうやって取り囲むの?」

「じゃあお姉様を勘定に入れましょう。」

「...。取り囲まれた気がして来たわ。でも、あの人達の秘密には家族への愛があるわ。お母様だって、きっと解って気付かぬふりをしていると思うの。」

「何だか凄い家族だね。まあ、うちも似たようなものだけどね。」

すっかり纏う空気を柔らかにしたエルリックが言う。

「君が言ってるのは、先々週の土曜日の事だろう?確かにシャーロット嬢と一緒にいたよ。彼女の買い物に付き合った。そう命じられたからね。」
 
「命じられた?」

「何故僕にお鉢が回ってきたのかは解らない。近衛騎士は大勢いるのに。多分、辺境伯家が聖女を護るていを、一度でも外に見せたかったんじゃないかな。」

そうなのか。でも、シャーロットはとても楽しそうだった。あの気品ある美しい彼女がとても可憐に見えた。

「ステファニア、納得した?」
「ええ。」
「その、警戒させてごめん。」
「気にしないで。」

互いに真っ直ぐ見つめ合いながら、僅かに引っ掛かりを感じるものを胸の内に仕舞い込む。
警戒しないでって、貴方こそ私を警戒しているのでは?友情を感じているのは確かであるのだが、それとは別のところでエルリックの本質の一端を知った様で、決して侮ってはならない人物なのだと思った。




「ニコラス様は急用が出来たみたい。」
前回に続いて、今回の茶会も急用が出来たと断られた。

「ステファニア。殿方が約束の日に来ないのは、それは別れの予兆よ。」

ステファニアがニコラスからの文を読んでいると、姉が不吉な予言めいた事を言う。これって、二週間前にも聞いた様な。

「貴方もそう思わない?」

「僕は君との約束に遅れたことも反故にした事も一度もないから、剣しか持てない若造の気持ちはこれっぽっちも解らないな。それが二度目であるのなら万死に値するんじゃないか。」

姉の問い掛けに、義兄はキレッキレの返答をした。これも二週間前に聞いている。しかも不穏な台詞が増えている。

前回の茶会は直前ですっぽかされた。
今回の茶会は、前日の夕刻にすっぽかされた。半日違うのは誠意なのか?誠意なのだろうか?

「いよいよね。」
「いよいよなのかしら。」
「いよいよだろう。」

姉が言うのにステファニアが賛同しかけると、義兄が念押しする。

「貴女の不誠実極まりない婚約者は、一体何がしたいのかしらね。」

「それが解ったら悩まないわ、お姉様。」

「何、ステファニア、悩んでいるのかっ」

「だ、大丈夫よお兄様。お顔が怖いわ。」

「その文、本人の手なの?」
「ええ、確かにニコラス様の文字よ。」
「理由は?」
「...書かれていないわ。急で申し訳ないとしか。」

自分で言って悲しくなって来る。流石に二回連続お断りをされたなら、鈍いステファニアにも解ってしまう。ニコラスはステファニアとの没交渉を願っている。

「貴女、朝のお迎えを断った方が良いのではなくて?二年も婚約していてどうしてこうなるのかしら。」

姉の言うことは全てその通りだろう。
理由も告げられず茶会を断るのは、ステファニアとニコラスだけの話しでは収まらないだろう。今回の茶会は、ニコラスの生家ロンフォルド邸で会うのであったから。

どうやら姉は母に報告したらしい。
母はその日の内に、暫くは学園の迎えは控えさせてもらうとロンフォルド伯爵家へ文を出した。

母が動いたということは、父も認めたと思うべきだろう。

「ああ、愈似いよいよもって覚悟しなくちゃいけないのね。」

どうやらチョコチップマフィンは、ニコラスの心をその芯までは解す事は出来なかった様である。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

処理中です...