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「私にお任せ下さい、お嬢様。」
ステファニアのお願いに、料理長は確かにそう答えた。そうして今朝出来上がったスコーンのチョコチップ含有量は焼き菓子の内包物限界値を突破していた。もう、スコーンなのかチョコチップなのかちょっと迷う位は突破していた。
「ご友人様の分もお入れしておきました。」
そう言って渡されたランチボックスは学園の鞄よりも重かった。それで仕方無しにリュクに入れてもらった。これで帽子を被ったら、これから登山にでも向かうのかと思われるだろう。
「昨日は何処へ?」
「ふふ、ニコラス様がご自分でお探しにならないと意味はないかと。」
「...」
昨日のランチタイムは無事ニコラスを撒いた。エルリックとの邂逅で、当初の目的をすっかりさっぱり忘れていたのだが、元々の目的はニコラスを撒く逃避行である。
翌朝の馬車の中で、ニコラスはステファニアが何処にいたのかを問うて来た。
試験問題では無いのだから解答を与えるつもりは毛頭無い。そもそも教えてしまったら、あの空間でランチタイムを楽しめなくなるではないか。
「甘い匂いがするな。」
「ああ、それは、」
ステファニアはニコラスがふんふん鼻を啜るのを見て、リュクの中に手を入れる。ごそごそ個包装されたブツを取り出した。
「宜しければお一つどうぞ。」
「これは?」
「チョコチップマシマシ限界値突破スコーンですわ。」
「...長い名だな。」
「甘いのはお嫌い?」
「いや、そんな事は無い。...後で頂こう。」
「ええ。料理長手ずから焼いてくれましたから美味しいですわよ。」
「君の家には菓子職人が他にいるのか?」
「ええ。晩餐のデザートは彼が作りますけど、ランチボックスのおやつは料理長が作ってくれますの。」
「ふうん。そのリュックの中は全て弁当なのか?」
「え?あ、ええ、そうです。」
「随分と重そうだな。」
「ええ、私、大飯喰らいなのです。」
「...」
正直、ステファニアは驚いた。
これは記録を達成したのではなかろうか。ニコラスとこんなに長く会話をしたのは婚約以来初めての事ではないか。
もしや、チョコチップマシマシ限界値突破スコーンをお裾分けしたのが原因か。恐るべし、チョコチップマシマシ限界値突破スコーン。凍りかけた婚約者の唇を解すとは、溶解するとは!もうこれは一層のこと「溶解チョコチップマシマシ限界値突破スコーン」と呼んでも良いんじゃないか。
多分、王国で一番長い名をスコーンに与えていると、馬車が速度を落とした。もう学園に着くらしい。何だかあっという間に着いてしまった気がする。
よっこらしょとリュクを背負おうとすると横から手が伸びて来て、ニコラスが持ち上げた。
「重っ」
ニコラスらしくない砕けた口調に、彼も同い年の青年なのだと改めて思った。
馬車から降りるステファニアに手を貸しながら、
「君が大飯喰らいなのは憶えておこう。」
と言った。
ニコラスは、ステファニアの事を大きく誤解した様だが、説明は不要なのでそう思わせておくことにした。
今日もAクラスまで送ってくれるらしいニコラスは、やはり教室の入り口から中の方へ視線を向けて目を泳がせた。
シャーロットを探している。
馬車の中でスコーンを巡って話した事も、リュクが重いと驚く素の表情も、他愛無い会話に温められた心も、その一瞬で崩れて消えた。
「有難うございます。」
未だ視線を彷徨わせるニコラスに声を掛けて、その手に持つリュクを持ち上げる。
「あ、ああ。」
少しばかり慌てるニコラスに、ステファニアは続けて言った。
「シャーロット様はデイヴィッド殿下と一緒にいらっしゃいますから、あと15分程で登校なさいます。」
リュックを受け取りながらであったから、ニコラスがどんな顔をしているかは解らない。そのまま「では」と会釈をして、ニコラスの顔は一度も見ることなく席へ向かった。
エルリックは、既に席に着いていた。
「おはようございます、エルリック様。」
「おはよう、ステファニア嬢。なんだか随分重そうなリュックだね。今日のランチタイムは登山かな?」
「ふふっ、料理長が張り切ってしまって。私はお友達が少ないから、ランチをご一緒する友人が増えたのが嬉しかったのではないかしら。」
「君と友人になりたい人間なんて沢山いるんじゃないのかな?」
「ええ、多分。そこから私利私欲を差し引くと跡形もなく消えてしまうのです。」
「はは、それでは僕は友人として認定してもらえたのかな?」
「貴方様は戦友ですわ。辺境を護る孤高の騎士ですもの。」
「では君も一緒に戦うの?」
「ええ、勿論。その前に腹拵えは大切ですから、チョコチップマシマシ限界値突破スコーンをお持ちしましたの。」
「ぶっ」
エルリックはそこで盛大に吹き出した。
氷の王子があはあは笑うものだから、女子達が何事かと色めき立った。
「正式には、溶解チョコチップマシマシ限界値突破スコーン、ですわ。凍りついた心も解す恐ろしい食べ物ですの。」
「ぶはっ、なにっ、それ、ふはっ」
エルリック様は思いのほか笑い上戸らしい。
ステファニアは心の中のノート『エルリック備忘録』にそうメモをした。
エルリックの隣の席は侯爵令息であったから、まだ登校していなかった。だから二人は周りを気にする事なくこんなお喋りが出来ていた。
学園は爵位の下る者から先に登校する決まりとなっており、ステファニアはエルリックと同じ時間帯に登校している。
だが、厳密に言えば辺境伯は伯爵位よりもはるかに高位である。公爵家若しくは大公家と並ぶ家格であるのを、エルリックはその素振りも見せない。
「お昼が楽しみだな。」
エルリックの笑顔は朝の日射しを浴びて眩しく見えた。
ステファニアのお願いに、料理長は確かにそう答えた。そうして今朝出来上がったスコーンのチョコチップ含有量は焼き菓子の内包物限界値を突破していた。もう、スコーンなのかチョコチップなのかちょっと迷う位は突破していた。
「ご友人様の分もお入れしておきました。」
そう言って渡されたランチボックスは学園の鞄よりも重かった。それで仕方無しにリュクに入れてもらった。これで帽子を被ったら、これから登山にでも向かうのかと思われるだろう。
「昨日は何処へ?」
「ふふ、ニコラス様がご自分でお探しにならないと意味はないかと。」
「...」
昨日のランチタイムは無事ニコラスを撒いた。エルリックとの邂逅で、当初の目的をすっかりさっぱり忘れていたのだが、元々の目的はニコラスを撒く逃避行である。
翌朝の馬車の中で、ニコラスはステファニアが何処にいたのかを問うて来た。
試験問題では無いのだから解答を与えるつもりは毛頭無い。そもそも教えてしまったら、あの空間でランチタイムを楽しめなくなるではないか。
「甘い匂いがするな。」
「ああ、それは、」
ステファニアはニコラスがふんふん鼻を啜るのを見て、リュクの中に手を入れる。ごそごそ個包装されたブツを取り出した。
「宜しければお一つどうぞ。」
「これは?」
「チョコチップマシマシ限界値突破スコーンですわ。」
「...長い名だな。」
「甘いのはお嫌い?」
「いや、そんな事は無い。...後で頂こう。」
「ええ。料理長手ずから焼いてくれましたから美味しいですわよ。」
「君の家には菓子職人が他にいるのか?」
「ええ。晩餐のデザートは彼が作りますけど、ランチボックスのおやつは料理長が作ってくれますの。」
「ふうん。そのリュックの中は全て弁当なのか?」
「え?あ、ええ、そうです。」
「随分と重そうだな。」
「ええ、私、大飯喰らいなのです。」
「...」
正直、ステファニアは驚いた。
これは記録を達成したのではなかろうか。ニコラスとこんなに長く会話をしたのは婚約以来初めての事ではないか。
もしや、チョコチップマシマシ限界値突破スコーンをお裾分けしたのが原因か。恐るべし、チョコチップマシマシ限界値突破スコーン。凍りかけた婚約者の唇を解すとは、溶解するとは!もうこれは一層のこと「溶解チョコチップマシマシ限界値突破スコーン」と呼んでも良いんじゃないか。
多分、王国で一番長い名をスコーンに与えていると、馬車が速度を落とした。もう学園に着くらしい。何だかあっという間に着いてしまった気がする。
よっこらしょとリュクを背負おうとすると横から手が伸びて来て、ニコラスが持ち上げた。
「重っ」
ニコラスらしくない砕けた口調に、彼も同い年の青年なのだと改めて思った。
馬車から降りるステファニアに手を貸しながら、
「君が大飯喰らいなのは憶えておこう。」
と言った。
ニコラスは、ステファニアの事を大きく誤解した様だが、説明は不要なのでそう思わせておくことにした。
今日もAクラスまで送ってくれるらしいニコラスは、やはり教室の入り口から中の方へ視線を向けて目を泳がせた。
シャーロットを探している。
馬車の中でスコーンを巡って話した事も、リュクが重いと驚く素の表情も、他愛無い会話に温められた心も、その一瞬で崩れて消えた。
「有難うございます。」
未だ視線を彷徨わせるニコラスに声を掛けて、その手に持つリュクを持ち上げる。
「あ、ああ。」
少しばかり慌てるニコラスに、ステファニアは続けて言った。
「シャーロット様はデイヴィッド殿下と一緒にいらっしゃいますから、あと15分程で登校なさいます。」
リュックを受け取りながらであったから、ニコラスがどんな顔をしているかは解らない。そのまま「では」と会釈をして、ニコラスの顔は一度も見ることなく席へ向かった。
エルリックは、既に席に着いていた。
「おはようございます、エルリック様。」
「おはよう、ステファニア嬢。なんだか随分重そうなリュックだね。今日のランチタイムは登山かな?」
「ふふっ、料理長が張り切ってしまって。私はお友達が少ないから、ランチをご一緒する友人が増えたのが嬉しかったのではないかしら。」
「君と友人になりたい人間なんて沢山いるんじゃないのかな?」
「ええ、多分。そこから私利私欲を差し引くと跡形もなく消えてしまうのです。」
「はは、それでは僕は友人として認定してもらえたのかな?」
「貴方様は戦友ですわ。辺境を護る孤高の騎士ですもの。」
「では君も一緒に戦うの?」
「ええ、勿論。その前に腹拵えは大切ですから、チョコチップマシマシ限界値突破スコーンをお持ちしましたの。」
「ぶっ」
エルリックはそこで盛大に吹き出した。
氷の王子があはあは笑うものだから、女子達が何事かと色めき立った。
「正式には、溶解チョコチップマシマシ限界値突破スコーン、ですわ。凍りついた心も解す恐ろしい食べ物ですの。」
「ぶはっ、なにっ、それ、ふはっ」
エルリック様は思いのほか笑い上戸らしい。
ステファニアは心の中のノート『エルリック備忘録』にそうメモをした。
エルリックの隣の席は侯爵令息であったから、まだ登校していなかった。だから二人は周りを気にする事なくこんなお喋りが出来ていた。
学園は爵位の下る者から先に登校する決まりとなっており、ステファニアはエルリックと同じ時間帯に登校している。
だが、厳密に言えば辺境伯は伯爵位よりもはるかに高位である。公爵家若しくは大公家と並ぶ家格であるのを、エルリックはその素振りも見せない。
「お昼が楽しみだな。」
エルリックの笑顔は朝の日射しを浴びて眩しく見えた。
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