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晩餐の後、自室へ戻る途中でステファニアは義兄に呼び止められた。
「聖女は来たかい?」
ステファニアは立ち止まって義兄へ振り返る。義兄の横には姉がいて、二人の会話を見守る様であった。
「お義兄様、ご存知だったのでしょう?今日、シャーロット様が編入する事を。」
「うん、ごめん。知ってた。」
「仕方有りませんわ。お義兄様のお立場で、迂闊なことは話せなかったでしょう。私が彼女と同じクラスなら尚の事。」
「あー、本当、ごめん。申し訳無かった。」
義兄はそこで頭を掻いた。義兄の仕草から、彼が本当にステファニアに申し訳なく思っているのが解った。
「ステファニア。君なら解かったんじゃないかな。彼女が普通ではないことを。」
「それならクラスの全員が思いましたわ。あれほど美しい方ですもの。」
「まあ!それ程?」
姉がそこで食い付いた。そうなのです!と言いそうになって思い留まる。危ない危ない、姉とお喋りするとついつい本題から大きく逸脱してしまう。遠い彼方へ逃避行してしまう。
お姉様ごめんなさい、とばかりにきりりと表情筋を引き締めて、ステファニアは義兄に向き直った。もう身体ごと姉に向き合っていたから姉妹で気が合うのって恐ろしい。
「おかえり、ステファニア。危うく僕の存在を忘れ去られたかと思ったよ。」
そこで義兄は一歩前に進みステファニアとの距離を詰めた。察した侍女達が距離を取る。
「ステファニア。深く関わってはいけないよ。彼女はコンフォール子爵家のシャーロット嬢。西の辺境伯領から来た編入生。何処にでもいる普通の女の子だよ。」
声を潜めて義兄が言う。
先程は、ステファニアが彼女が普通ではないと思っているのを突いた義兄は、その言葉をひっくり返して、「普通の女の子」だと言い含める。
何処が。シャーロットは、何処からどう見ても特別で、寧ろ普通なところの方が見当たらない。纏う制服すら特別に見えたのに。
「どうでしょう。」
嘘の付けないステファニアは、正直に答えた。彼女を間近に知ってしまって見て見ぬふりをする事なんて無理だろう。
「ステファニア。」
「安心して下さい、お義兄様。彼女には関わらないわ。ただ、彼女が何者なのかは知りたいと思うのは自然な事でしょう?」
「ステファニ「ねえ、ヒューバート。貴方、もしやステファニアを虐めてるの?」
「えっ。!そんな事あるわけ無いだろう、マグノリアっ」
「だってそんな怖い顔をしてステファニアに話して聞かせるだなんて。大丈夫よ、ヒューバート。ステファニアはこんな風に見えるけれど聡い子よ。貴方だって解っているのでしょう?止めたって無駄だって。でもこの子はきっと関わっちゃうわ。この子が黙っていても、きっと助けを求められる。」
「マグノリア...」
「ねえ、ステファニア。ヒューバートを悪く思わないでね。彼は貴女が心配なのよ。可愛い義妹が面倒事に関わるのを案じているの。それより貴女、盆暗坊やは大丈夫だったの?」
「ニコラス様はメロメロです。瞬時に熟成されました。」
「アイツっ」
姉の問い掛けにステファニアは答えた。
姉に答えたのだが、反応したのは義兄だった。
「シャーロット様が現れて、彼は一目で胸を射抜かれました。お姉様、キューピットって本当にいるんですね。」
「ステファニア。離縁する前で良かったじゃない。傷は浅い方が良いに決まってる。貴女は若いわ。これから幾らでも殿方との良縁に恵まれるわ。」
姉はまるでステファニアとニコラスの婚約解消が決定した様に言う。
思えば、シャーロットの存在があろうと無かろうと、そんな別れの未来は想像出来た。
姉はステファニアが婚約したその日に離縁について言及した。姉の胸の内でも、二人は添わない仲なのだと判断していたのだろう。
「その若さも、一秒一秒失われて行くのですね。」
「まあ!ステファニア。そんな悲しい事を言わないで頂戴。私はいつだって貴女の三年先を歩いているのよ。」
「大丈夫だよ、マグノリア。君だって十分若い。童顔だから三年位はサバが読める。何より僕にとっちゃあ君がこの世のNo.1だよ!」
姉と義兄がいちゃいちゃし始めたので、ステファニアは二人を置いて自室に戻った。
二人はああしてステファニアを慰めている。友愛を示してくれない婚約者に、瞬時に心変わりをされてしまったステファニアを、泣かない様に案じている。
その気持ちが嬉しくて、ステファニアはちょっぴり涙が滲んだ。しまった、折角泣かない様に励ましてもらったのに、それが嬉しくて泣いちゃうなんて。
姉と義兄の苦労は水の泡となってしまった。
寝台に横たわり目を閉じれば、瞼の裏に鮮烈な光景が蘇る。
前を見据えて背を伸ばし教室の真ん中に座っているシャーロット。
濡羽色の長い髪が艷やかだった。幾人もの侍女達が毎日丁寧に梳いてくれたに違い無い。
瞼の際をびっしり埋める長い睫毛。抜けるような白い肌。眉で揃えられた前髪に、紅に染まる唇。
そうしてあの静かに響いて耳朶に沁みる不思議な声。
美しいシャーロット。
ステファニアは一瞬で彼女に目を奪われた。
だから、ニコラスが一瞬の内にシャーロットに心を奪われたのだとしても、彼を責める事は出来ない。
彼を手離す心づもりをするしか出来ない。
「聖女は来たかい?」
ステファニアは立ち止まって義兄へ振り返る。義兄の横には姉がいて、二人の会話を見守る様であった。
「お義兄様、ご存知だったのでしょう?今日、シャーロット様が編入する事を。」
「うん、ごめん。知ってた。」
「仕方有りませんわ。お義兄様のお立場で、迂闊なことは話せなかったでしょう。私が彼女と同じクラスなら尚の事。」
「あー、本当、ごめん。申し訳無かった。」
義兄はそこで頭を掻いた。義兄の仕草から、彼が本当にステファニアに申し訳なく思っているのが解った。
「ステファニア。君なら解かったんじゃないかな。彼女が普通ではないことを。」
「それならクラスの全員が思いましたわ。あれほど美しい方ですもの。」
「まあ!それ程?」
姉がそこで食い付いた。そうなのです!と言いそうになって思い留まる。危ない危ない、姉とお喋りするとついつい本題から大きく逸脱してしまう。遠い彼方へ逃避行してしまう。
お姉様ごめんなさい、とばかりにきりりと表情筋を引き締めて、ステファニアは義兄に向き直った。もう身体ごと姉に向き合っていたから姉妹で気が合うのって恐ろしい。
「おかえり、ステファニア。危うく僕の存在を忘れ去られたかと思ったよ。」
そこで義兄は一歩前に進みステファニアとの距離を詰めた。察した侍女達が距離を取る。
「ステファニア。深く関わってはいけないよ。彼女はコンフォール子爵家のシャーロット嬢。西の辺境伯領から来た編入生。何処にでもいる普通の女の子だよ。」
声を潜めて義兄が言う。
先程は、ステファニアが彼女が普通ではないと思っているのを突いた義兄は、その言葉をひっくり返して、「普通の女の子」だと言い含める。
何処が。シャーロットは、何処からどう見ても特別で、寧ろ普通なところの方が見当たらない。纏う制服すら特別に見えたのに。
「どうでしょう。」
嘘の付けないステファニアは、正直に答えた。彼女を間近に知ってしまって見て見ぬふりをする事なんて無理だろう。
「ステファニア。」
「安心して下さい、お義兄様。彼女には関わらないわ。ただ、彼女が何者なのかは知りたいと思うのは自然な事でしょう?」
「ステファニ「ねえ、ヒューバート。貴方、もしやステファニアを虐めてるの?」
「えっ。!そんな事あるわけ無いだろう、マグノリアっ」
「だってそんな怖い顔をしてステファニアに話して聞かせるだなんて。大丈夫よ、ヒューバート。ステファニアはこんな風に見えるけれど聡い子よ。貴方だって解っているのでしょう?止めたって無駄だって。でもこの子はきっと関わっちゃうわ。この子が黙っていても、きっと助けを求められる。」
「マグノリア...」
「ねえ、ステファニア。ヒューバートを悪く思わないでね。彼は貴女が心配なのよ。可愛い義妹が面倒事に関わるのを案じているの。それより貴女、盆暗坊やは大丈夫だったの?」
「ニコラス様はメロメロです。瞬時に熟成されました。」
「アイツっ」
姉の問い掛けにステファニアは答えた。
姉に答えたのだが、反応したのは義兄だった。
「シャーロット様が現れて、彼は一目で胸を射抜かれました。お姉様、キューピットって本当にいるんですね。」
「ステファニア。離縁する前で良かったじゃない。傷は浅い方が良いに決まってる。貴女は若いわ。これから幾らでも殿方との良縁に恵まれるわ。」
姉はまるでステファニアとニコラスの婚約解消が決定した様に言う。
思えば、シャーロットの存在があろうと無かろうと、そんな別れの未来は想像出来た。
姉はステファニアが婚約したその日に離縁について言及した。姉の胸の内でも、二人は添わない仲なのだと判断していたのだろう。
「その若さも、一秒一秒失われて行くのですね。」
「まあ!ステファニア。そんな悲しい事を言わないで頂戴。私はいつだって貴女の三年先を歩いているのよ。」
「大丈夫だよ、マグノリア。君だって十分若い。童顔だから三年位はサバが読める。何より僕にとっちゃあ君がこの世のNo.1だよ!」
姉と義兄がいちゃいちゃし始めたので、ステファニアは二人を置いて自室に戻った。
二人はああしてステファニアを慰めている。友愛を示してくれない婚約者に、瞬時に心変わりをされてしまったステファニアを、泣かない様に案じている。
その気持ちが嬉しくて、ステファニアはちょっぴり涙が滲んだ。しまった、折角泣かない様に励ましてもらったのに、それが嬉しくて泣いちゃうなんて。
姉と義兄の苦労は水の泡となってしまった。
寝台に横たわり目を閉じれば、瞼の裏に鮮烈な光景が蘇る。
前を見据えて背を伸ばし教室の真ん中に座っているシャーロット。
濡羽色の長い髪が艷やかだった。幾人もの侍女達が毎日丁寧に梳いてくれたに違い無い。
瞼の際をびっしり埋める長い睫毛。抜けるような白い肌。眉で揃えられた前髪に、紅に染まる唇。
そうしてあの静かに響いて耳朶に沁みる不思議な声。
美しいシャーロット。
ステファニアは一瞬で彼女に目を奪われた。
だから、ニコラスが一瞬の内にシャーロットに心を奪われたのだとしても、彼を責める事は出来ない。
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