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邸に戻って、ステファニアは今日見たことを家族に話した。
晩餐の席であったから、姉夫婦は勿論、父と母にも話して聞かせた。
「ノーマン辺境伯令息に間違い無かったのだな。」
てっきり聖女について聞かれると思ったのに、父が確かめたのはエルリックの方だった。
「ええ、あれは間違いなく王子、じゃないエルリック様です。あの白銀の髪を見間違える事はありません。」
「まあ、そんなに目立つ髪色なの?」
「ええ、お姉様。私はエルリック様の髪ほど美しい髪をこれまで見たことはないわ。それにあの青い瞳。吸い込まれちゃうかと思ったのよ。」
「良かったわ、私のステファニアが吸い込まれずに帰って来て。」
姉と話すとついついお話しが脱線しちゃうのは女子あるあるだ。
「辺境伯令息が聖女を伴って街に出ていたと言うんだね。」
流石は切れ者の義兄、女子が乱した軌道を素早く修正した。
「噂通りであれば、彼女が聖女なのだと思うのです。あの濡羽色の髪に漆黒の瞳。あんなにも可憐な方だったなんて。」
「それ程に?」
「ええ、お姉様。まるで二人は絵本の世界から飛び出した姫君と王子様よ。」
「まあ!私も見てみたいわね。」
「えーと、王子様を?姫君を?」
「どっちもよ。」
「あー、マグノリア。君の王子様は僕だけでいいんじゃないか?」
「ええ、ええ、勿論よ、ヒューバート。」
姉と義兄がいちゃいちゃし始めそうな気配を感じて、今のうちに話しておくべきか悩んだ事を話してしまおうと、ステファニアは父に向かって話し始めた。
「お父様。私、多分、ニコラス様から婚約の解消を願われると思うのです。」
母にも姉夫婦にも、以前から話していた事なのだが、父には今日初めて打ち明ける。
「何を根拠に?」
「初めからニコラス様は私に興味をお持ちでは無かったのです。最初から、いつかそうなると覚悟をして来ました。」
「最初から?」
「ええ。私達、仲違いした訳では無いのですけど、大して仲良しでも無いんです。」
「...。それで。」
「それで、ニコラス様は今、聖女に夢中なのです。」
「聖女に?会ったことも無いのにか?」
「ええ。会ってみたいと仰っておられました。きっと美しいのだろうなとも。それで、」
そこでステファニアが少しばかり言い淀む。すかさず姉が助け舟を出した。
「お父様。今日ステファニアはニコラス様にお茶会をすっぽかされましたの。」
直球である。
「どういう意味だ。」
「そのままですわ。月に二度しかない婚約者とのお茶会を、今朝の今朝になって急に断って来たのですわ。」
「...。それと婚約解消とどう関係があるんだ。」
「お父様。殿方が約束の日に来ないのは、それは別れの前兆でしてよ。」
姉は、朝方の不吉な予言めいた言葉を父にも言う。
「貴方もそう思うでしょう?ヒューバート。」
「僕は君との約束に遅れたことも反故にした事も一度もないから、剣しか持てない若造の気持ちはこれっぽっちも解らないな。」
朝と同じ姉の問い掛けに、義兄は一言一句違わずキレッキレの返答をした。なんだろう、何度聞いても胸がスッキリする。
「お母様はどう思うのです?」
姉に問い掛けられて、母はお茶を楽しんでいたのをカップをソーサーに戻す。こんな時にも優雅な姿である。
「ステファニアの魅力に気が付かないだなんて、とんだ盆暗ね。」
お母様、それでは私も盆暗です。だって私も自分の魅了だなんて気付いた事など無いのですもの。
「お父様。」
ステファニアは、気を取り直して改めて父に向かって呼び掛けた。
「お父様もご存知でしょう。聖女が学園に編入するのです。近々に。あの可憐な聖女を見たなら、ニコラス様は忽ち恋に落ちるでしょう。」
それだけは自信を持って言える事だった。
「私を可哀想だなんて思わないで下さい。覚悟なら疾うの昔に出来ております。初めて会ったその日から、彼とはこうなるのだと予感しておりましたから。」
結局、父は現状ニコラスからの申し出が無いのだからと静観する様であった。
ただ、父の耳に入ってしまったのだから、何も用意をしない筈は無い。ステファニアは覚悟だけで済むかも知れないが、父は貴族の契約の諸々を考えているだろうから、ステファニアの知らない手筈が要るだろう。
家族の前で打ち明けた事で、ステファニアは現実がその方向へ進み始めたのを感じた。
「一昨日は済まなかった。」
「いいえ、文を頂戴しましたから。」
月曜日の朝。
ニコラスはいつも通りにステファニアを迎えに来た。
馬車に乗ると直ぐに茶会の欠席を詫びた。
「...。理由を聞かないのか?」
聞いてどうなるのだろう。過ぎた時間は戻らない。
「ニコラス様がお忙しいのに、何故理由を伺わねばならないのでしょう。」
多分、こんなところが可愛くないのだろう。自分でも解っているが、他に答えが見つからなかった。
ニコラスはそれ以上は何も言っては来なかった。次の茶会は彼の邸であるから、流石に自邸での茶会を直前で断る事は出来ないだろう。
であればそれまでの二週間、彼は何を思うだろう。あれほど気に掛けていた聖女が学園にやって来る。
ステファニアは、膝の上に乗せた手をぐっと握り締めた。
晩餐の席であったから、姉夫婦は勿論、父と母にも話して聞かせた。
「ノーマン辺境伯令息に間違い無かったのだな。」
てっきり聖女について聞かれると思ったのに、父が確かめたのはエルリックの方だった。
「ええ、あれは間違いなく王子、じゃないエルリック様です。あの白銀の髪を見間違える事はありません。」
「まあ、そんなに目立つ髪色なの?」
「ええ、お姉様。私はエルリック様の髪ほど美しい髪をこれまで見たことはないわ。それにあの青い瞳。吸い込まれちゃうかと思ったのよ。」
「良かったわ、私のステファニアが吸い込まれずに帰って来て。」
姉と話すとついついお話しが脱線しちゃうのは女子あるあるだ。
「辺境伯令息が聖女を伴って街に出ていたと言うんだね。」
流石は切れ者の義兄、女子が乱した軌道を素早く修正した。
「噂通りであれば、彼女が聖女なのだと思うのです。あの濡羽色の髪に漆黒の瞳。あんなにも可憐な方だったなんて。」
「それ程に?」
「ええ、お姉様。まるで二人は絵本の世界から飛び出した姫君と王子様よ。」
「まあ!私も見てみたいわね。」
「えーと、王子様を?姫君を?」
「どっちもよ。」
「あー、マグノリア。君の王子様は僕だけでいいんじゃないか?」
「ええ、ええ、勿論よ、ヒューバート。」
姉と義兄がいちゃいちゃし始めそうな気配を感じて、今のうちに話しておくべきか悩んだ事を話してしまおうと、ステファニアは父に向かって話し始めた。
「お父様。私、多分、ニコラス様から婚約の解消を願われると思うのです。」
母にも姉夫婦にも、以前から話していた事なのだが、父には今日初めて打ち明ける。
「何を根拠に?」
「初めからニコラス様は私に興味をお持ちでは無かったのです。最初から、いつかそうなると覚悟をして来ました。」
「最初から?」
「ええ。私達、仲違いした訳では無いのですけど、大して仲良しでも無いんです。」
「...。それで。」
「それで、ニコラス様は今、聖女に夢中なのです。」
「聖女に?会ったことも無いのにか?」
「ええ。会ってみたいと仰っておられました。きっと美しいのだろうなとも。それで、」
そこでステファニアが少しばかり言い淀む。すかさず姉が助け舟を出した。
「お父様。今日ステファニアはニコラス様にお茶会をすっぽかされましたの。」
直球である。
「どういう意味だ。」
「そのままですわ。月に二度しかない婚約者とのお茶会を、今朝の今朝になって急に断って来たのですわ。」
「...。それと婚約解消とどう関係があるんだ。」
「お父様。殿方が約束の日に来ないのは、それは別れの前兆でしてよ。」
姉は、朝方の不吉な予言めいた言葉を父にも言う。
「貴方もそう思うでしょう?ヒューバート。」
「僕は君との約束に遅れたことも反故にした事も一度もないから、剣しか持てない若造の気持ちはこれっぽっちも解らないな。」
朝と同じ姉の問い掛けに、義兄は一言一句違わずキレッキレの返答をした。なんだろう、何度聞いても胸がスッキリする。
「お母様はどう思うのです?」
姉に問い掛けられて、母はお茶を楽しんでいたのをカップをソーサーに戻す。こんな時にも優雅な姿である。
「ステファニアの魅力に気が付かないだなんて、とんだ盆暗ね。」
お母様、それでは私も盆暗です。だって私も自分の魅了だなんて気付いた事など無いのですもの。
「お父様。」
ステファニアは、気を取り直して改めて父に向かって呼び掛けた。
「お父様もご存知でしょう。聖女が学園に編入するのです。近々に。あの可憐な聖女を見たなら、ニコラス様は忽ち恋に落ちるでしょう。」
それだけは自信を持って言える事だった。
「私を可哀想だなんて思わないで下さい。覚悟なら疾うの昔に出来ております。初めて会ったその日から、彼とはこうなるのだと予感しておりましたから。」
結局、父は現状ニコラスからの申し出が無いのだからと静観する様であった。
ただ、父の耳に入ってしまったのだから、何も用意をしない筈は無い。ステファニアは覚悟だけで済むかも知れないが、父は貴族の契約の諸々を考えているだろうから、ステファニアの知らない手筈が要るだろう。
家族の前で打ち明けた事で、ステファニアは現実がその方向へ進み始めたのを感じた。
「一昨日は済まなかった。」
「いいえ、文を頂戴しましたから。」
月曜日の朝。
ニコラスはいつも通りにステファニアを迎えに来た。
馬車に乗ると直ぐに茶会の欠席を詫びた。
「...。理由を聞かないのか?」
聞いてどうなるのだろう。過ぎた時間は戻らない。
「ニコラス様がお忙しいのに、何故理由を伺わねばならないのでしょう。」
多分、こんなところが可愛くないのだろう。自分でも解っているが、他に答えが見つからなかった。
ニコラスはそれ以上は何も言っては来なかった。次の茶会は彼の邸であるから、流石に自邸での茶会を直前で断る事は出来ないだろう。
であればそれまでの二週間、彼は何を思うだろう。あれほど気に掛けていた聖女が学園にやって来る。
ステファニアは、膝の上に乗せた手をぐっと握り締めた。
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