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第7話
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サバンナゾウといったか。この動物はあまり眠らない。常に草木を探し、食んでいる。
「食べ続けていないとだめな気がするんだ」
以前、なぜそんなに食べ続けるのかと問いかけた時、そういう答えが返ってきた。やめたらそこで終わり、きっとそうなのだ、と。
そういうものか。キオスはひとまず納得の顔を見せた。なにしろサバンナゾウたちにとって、キオスは『ちょっといびつな形をした子ども』なのだそうだからだ。
キオスは自分がサバンナゾウではないこと、ましてや地球産の動物でもないことを主張しなかった。それは、敢えて言葉にするならば「郷に入りては郷に従え」という、雰囲気──空気──圧力──ムード──といった、見えない存在からの戒めによる自制だった。
それでキオスも、サバンナゾウに倣ってむしゃむしゃと地面に生える植物を食した。できるだけ眠らないようにして。
「よく食べる子どもだねえ」
意外なことにサバンナゾウからはそう言われた。
しかしキオスは、サバンナゾウの形が自分とはまるきり違うことを充分認識していた。特に、鼻。最初キオスは、サバンナゾウの鼻のことを、一個の独立した生物だと思い込んでいた。一個の小動物──そう、自分の元いた星で、自分たちのことを観察したり調査したり遠巻きに世話してくれていた、小さな存在たちと似た種族──が、この図体のでかい動物の顔の真ん中にくっつき寄生しているのだろうと。
何故ならその小動物(実は鼻)は、とても器用に、しなやかに、活発に動くからだ。あらゆる物体を持ち上げ、運び、動かし、くるくると伸びたり縮んだり、片時もじっとしていない。その向こうにいるサバンナゾウ自体は特に何もせず、まあむしゃむしゃ食べたりごくごく飲んだりするだけに見える。
だから自分がサバンナゾウから「ちょっといびつな形をした子ども」と呼ばれることが、逆に不思議でしかたない。ちょっと? どこが?
確かにキオスも大きな鼻を持っている。形も、まあサバンナゾウに少し似てはいる。しかしまずサイズが違う。キオスの体高は一・二メートル、体幅は九十センチ。体重は九十キロあるかないか。そして鼻の長さは、四十センチほどだ。物に巻きつけたり持ち上げたりはおろか、先端を閉じたり開いたりつまんだりなんてとてもできはしない。
そう、キオスが最初それを「小動物」だと思ったのは、サバンナゾウの鼻の先端がぎゅっと閉じられた時、その様が「笑顔」に見えたからだった。うわ、こいつ笑った。そう思ったのだ。そしてそれが開いたり閉じたりするところは「何か言っている」ように見えた。もうそれ自体が生き物にしか見えなかった。
ともかくキオスはサバンナゾウではないから、鼻を使って草木をちぎったりむしったり折り取ったりすることはできず、ひたすら口を直接地面や木の枝に接着し、鼻の下でもぐもぐむしゃむしゃするだけだった。
サバンナゾウは「鼻でこうやるといいよ」と親切に教えたくれたものだが、そのような遺伝形質を持ち合わせぬ以上、真似のしようがない。
サバンナゾウたちはそんなキオスを敵外視するでもなく『まあちょっといびつで変わった子ども』と見做してくれていた。幸いといえば幸いなことに。いや、この多少なりともだが似た形の動物の群れに、リーダーからの威嚇も排斥もなく紛れ込めたのはキオスに取ってこの上もなき幸運だった。
いつか必ず、迎えが来る。その時までなんとかここで身の安全を確保しておきたい。キオスは実のところ『子ども』でもなかったのだが、そう呼ばれるなら子どもの振りをすることにやぶさかではなかった。
きっと、いつか──
「君も、牙がないんだね」サバンナゾウが木の葉を枝ごとむしゃむしゃ食べながら語りかけてくる。
「牙──」キオスはまじまじと相手の顔を見た。鼻の両脇から、湾曲しながら前方に伸びる巨大で威風堂々たるその部位が突き出ている。「うん、ぼくにはない。いびつだから」
「そんなことはない」サバンナゾウは木の葉を枝ごと噛みしめながら首を振る。「最近、そういう子が増えてきたよ」
「そうなの?」
「うん」
「なんで?」
「──」サバンナゾウはすぐに答えなかった。「ひどい目に遭わされたからね」
「そうなの」キオスはそうとだけ言った。サバンナゾウの瞳に、何か怒りのような、哀しみのような、決して明るくはない色が滲み出しているように思えた。
「しかし牙がないと、木の皮を剥がしたり根っこをほじくり返したりができなくて、不便だろ」サバンナゾウは声の調子を元ののんびりとしたものに戻して話を続けた。「地面の柔らかい草しか食べられないんじゃないか」
「ああ……でも充分食べてるよ」キオスは肩を竦めた。
「そりゃ今はまだ小さいからな。けどすぐに成長して、もっと食べないといけなくなる。その時に困るんじゃないか」
「ああ」キオスは自分の体を見下ろした。自分はすでに、成体だ。今以上には大きくならないだろう。しかしそれを伝えることは憚られた。「なんとか、やり方をみつけるよ」もう一度肩を竦めた。
サバンナゾウは次の木の葉を枝ごと折り取って口に運び、むしゃむしゃと噛みしめた。
「食べ続けていないとだめな気がするんだ」
以前、なぜそんなに食べ続けるのかと問いかけた時、そういう答えが返ってきた。やめたらそこで終わり、きっとそうなのだ、と。
そういうものか。キオスはひとまず納得の顔を見せた。なにしろサバンナゾウたちにとって、キオスは『ちょっといびつな形をした子ども』なのだそうだからだ。
キオスは自分がサバンナゾウではないこと、ましてや地球産の動物でもないことを主張しなかった。それは、敢えて言葉にするならば「郷に入りては郷に従え」という、雰囲気──空気──圧力──ムード──といった、見えない存在からの戒めによる自制だった。
それでキオスも、サバンナゾウに倣ってむしゃむしゃと地面に生える植物を食した。できるだけ眠らないようにして。
「よく食べる子どもだねえ」
意外なことにサバンナゾウからはそう言われた。
しかしキオスは、サバンナゾウの形が自分とはまるきり違うことを充分認識していた。特に、鼻。最初キオスは、サバンナゾウの鼻のことを、一個の独立した生物だと思い込んでいた。一個の小動物──そう、自分の元いた星で、自分たちのことを観察したり調査したり遠巻きに世話してくれていた、小さな存在たちと似た種族──が、この図体のでかい動物の顔の真ん中にくっつき寄生しているのだろうと。
何故ならその小動物(実は鼻)は、とても器用に、しなやかに、活発に動くからだ。あらゆる物体を持ち上げ、運び、動かし、くるくると伸びたり縮んだり、片時もじっとしていない。その向こうにいるサバンナゾウ自体は特に何もせず、まあむしゃむしゃ食べたりごくごく飲んだりするだけに見える。
だから自分がサバンナゾウから「ちょっといびつな形をした子ども」と呼ばれることが、逆に不思議でしかたない。ちょっと? どこが?
確かにキオスも大きな鼻を持っている。形も、まあサバンナゾウに少し似てはいる。しかしまずサイズが違う。キオスの体高は一・二メートル、体幅は九十センチ。体重は九十キロあるかないか。そして鼻の長さは、四十センチほどだ。物に巻きつけたり持ち上げたりはおろか、先端を閉じたり開いたりつまんだりなんてとてもできはしない。
そう、キオスが最初それを「小動物」だと思ったのは、サバンナゾウの鼻の先端がぎゅっと閉じられた時、その様が「笑顔」に見えたからだった。うわ、こいつ笑った。そう思ったのだ。そしてそれが開いたり閉じたりするところは「何か言っている」ように見えた。もうそれ自体が生き物にしか見えなかった。
ともかくキオスはサバンナゾウではないから、鼻を使って草木をちぎったりむしったり折り取ったりすることはできず、ひたすら口を直接地面や木の枝に接着し、鼻の下でもぐもぐむしゃむしゃするだけだった。
サバンナゾウは「鼻でこうやるといいよ」と親切に教えたくれたものだが、そのような遺伝形質を持ち合わせぬ以上、真似のしようがない。
サバンナゾウたちはそんなキオスを敵外視するでもなく『まあちょっといびつで変わった子ども』と見做してくれていた。幸いといえば幸いなことに。いや、この多少なりともだが似た形の動物の群れに、リーダーからの威嚇も排斥もなく紛れ込めたのはキオスに取ってこの上もなき幸運だった。
いつか必ず、迎えが来る。その時までなんとかここで身の安全を確保しておきたい。キオスは実のところ『子ども』でもなかったのだが、そう呼ばれるなら子どもの振りをすることにやぶさかではなかった。
きっと、いつか──
「君も、牙がないんだね」サバンナゾウが木の葉を枝ごとむしゃむしゃ食べながら語りかけてくる。
「牙──」キオスはまじまじと相手の顔を見た。鼻の両脇から、湾曲しながら前方に伸びる巨大で威風堂々たるその部位が突き出ている。「うん、ぼくにはない。いびつだから」
「そんなことはない」サバンナゾウは木の葉を枝ごと噛みしめながら首を振る。「最近、そういう子が増えてきたよ」
「そうなの?」
「うん」
「なんで?」
「──」サバンナゾウはすぐに答えなかった。「ひどい目に遭わされたからね」
「そうなの」キオスはそうとだけ言った。サバンナゾウの瞳に、何か怒りのような、哀しみのような、決して明るくはない色が滲み出しているように思えた。
「しかし牙がないと、木の皮を剥がしたり根っこをほじくり返したりができなくて、不便だろ」サバンナゾウは声の調子を元ののんびりとしたものに戻して話を続けた。「地面の柔らかい草しか食べられないんじゃないか」
「ああ……でも充分食べてるよ」キオスは肩を竦めた。
「そりゃ今はまだ小さいからな。けどすぐに成長して、もっと食べないといけなくなる。その時に困るんじゃないか」
「ああ」キオスは自分の体を見下ろした。自分はすでに、成体だ。今以上には大きくならないだろう。しかしそれを伝えることは憚られた。「なんとか、やり方をみつけるよ」もう一度肩を竦めた。
サバンナゾウは次の木の葉を枝ごと折り取って口に運び、むしゃむしゃと噛みしめた。
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