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第75話 ワンオペもツカれるまではキラクだが
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「スサ」伊勢は、依代の身においては磯田社長はじめクライアントの社員たちと笑顔で労いや状況説明の言をかわしつつ、自社につながるチャネルの上では新参者に呼びかけた。「さっきお前が見たヒトの中に、女の子――娘がいただろ」
「いた」新参者は頷く声で答える。
「彼女がクシナダかどうか、わかるか?」伊勢は続けて訊いた。
「あ。そうか」
「うむ。そうだ」
「クシナダだったか?」他の神たちも思い出したように口を揃える。
新参者は訊き返した。「クシナダって、ダレ?」
「お前の妻だろうが」伊勢は苛立った声を張り上げた。
「ああ……そ、か」
「まあ、な……スサだもんな」
「ううむ……伊勢君、いいんじゃない?」
「うん……いいよ、訊かなくて」神たちは早々に諦めの言葉を口にした。
「たく」伊勢は依代の顔ではにこにこしながら、裏のチャネルでは荒くため息をついた。何度目のため息かも不明だった。
「君は、神の仲間なんだね?」地球が確認する。
「うん」新参者は大きく肯定する。
「じゃあ、神たちと私との対話を取り持ってくれる?」
「うん」新参者は大きく了承した後「タイワってナニ?」と質問した。
「こいつ、大丈夫なのかよ」古参者が疑念を抱く。
「言葉を交わすことだよ。私が言うことは神たちに聞えてるといったけど、もし掠れて聞えなくなった時は、何て言ったか教えてあげて。そして私には神たちの言うことが聞えないから、君がそれを私に教えて」地球は親切な説明をした。
「わかった」新参者は理解を示した。
「幼稚園みたいだな」古参者は毒づく。
「くそ……確かにそうだが」
「あいつに言われたくねえ。頼むぞ、スサ」神たちは再び口惜しがった。
「じゃあまず、私から神たちに訊きたい」地球が切り出した。
神たちは、はっと威儀を正し、文字通り天地開闢以来初となる地球からの直接的な質問を待った。
「神たちは、なぜこの星にクニをつくったの?」地球は問いかけた。
「ヨリシロつくるため」新参者の答えは間髪を入れずに返された。
「依代を?」地球は比喩的に目を丸くして訊き返した。
「早いよ、答えが」
「まあ、その通り、だけどな」
「大丈夫なのか? また結城君の中に入ってもらっといた方がいいんじゃ」
「でもそうしたら、俺達の声が聞えなくなる」神たちは戸惑いの余りざわめいた。
「依代……って、つまり人間、ってこと?」地球は確認した。
「チガう」新参者は再び即答した。「キ」
「キ」地球は反復した。「――木?」
「うん」新参者は頷く声で答えた。
「木を作るために、ここに来たの?」地球は確認する。
「うん」新参者は頷く声で答える。
古参者は言葉を挟むこともなく、ただ黙って聞いていた。
「大丈夫なのか」囁くように心配を口にしたのは、酒林だった。
◇◆◇
「入らないの?」鯰が二人の新人に言った。「対話、始まってるみたいだけど」
「対話?」時中が眉を寄せ訊き返す。「誰と誰のだ」
「岩っちと、神たちの」鯰は淀みなく答えた。
「まあ」本原が頬を抑えため息混じりに驚く。「地球さまと、神さまのですか」
「結城が間に入っているのか」時中が質問する。「あいつは生きているのか」
「いんにゃー」鯰は亀裂の向こうを覗き込むような声で何事かを確かめた後「神と直接喋ってるみたいよ、岩っち」と回答した。
「そんなことができるのか」時中が確認し、
「では結城さんは死んでいるのですか」本原が確認する。
「さあ」鯰は首を傾げた。「だからさ、入ってみたらいいのよ。ちゃっちゃと」
時中と本原は顔を見合わせたが、どちらも言葉を発することができずにいた。
「鯰」天津が呼びかける。「結城さんは生きていると伝えてくれ。入って来ても大丈夫だと」
「しかし、あの岩があるぞ」酒林が懸念する。「親父が持って来たやつ」
「しっかり、持ちこたえてくれるでしょ」天津は微小な依代の中に在りながら、にこりと微笑んだ。「それができる方っすから」
「ん」酒林はどこか照れ臭そうに笑う。「まあ、ね」
「――」鯰は少しの間何も言わずにいた。面白くもなさそうに尾鰭で水をぱしゃぱしゃと叩く。
「何かあったのか」時中が変化を感じ取り訊ねる。
「何かあったのですか」本原が追従して確認する。
「大丈夫だから入れって」鯰は面白くなさそうにぼそぼそと告げた。「天津が」
「天津さんがいるのか」時中が目を見開き、
「まあ」本原が口を抑え、
「入ろう」時中がもはや迷いもなく岩の亀裂に足を踏み入れ、
「はい」本原が続いて亀裂に足を踏み入れた。
「ちぇ」一人取り残された鯰は水の中でつまらなさそうに舌打ちした。「もうちょっと怖がらせてやりゃいいのに。たく甘いんだからな、あの研修担当」
空洞の中は、以前練習用として作られたものと同様、金色に眩く輝きを放っていた。無論照明器具が吊り下げられているわけでもなく、何が光源となっているのかも定かではない。そして今回、その空間の中には誰もいなかった。
「誰もいないな」時中が上方を見回しながら言う。
「います」本原が下方を見回しながら答える。
「何」時中が本原を振り向く。
「あそこに」本原が右腕を伸ばして指差す。「結城さんが倒れています」
言葉通り、数メートル先に結城がうつ伏せに倒れていた。
「結城」時中が歩み寄る。「生きているのか」
「死んでいるのでしょうか」本原が後に続く。
「結城」時中が結城の体の横に立ち声をかける。「生きているのか」
「結城さま」本原が続いて声をかける。
「結城さま?」時中が眉をひそめて訊く。
「間違えました」本原は無表情に取り消し「結城さん」と呼び直す。
結城は反応しなかった。
「時中君。本原さん」天津が呼びかける。
「やっぱ聞えてないな、まだ」酒林がため息混じりに溢す。
「スサ、岩を絶対に下に落とすなよ」伊勢が真剣な声音で注意する。「そのまま持ってろ」
「わかった」新参者は頷く声で返事したが「ツカれてきた」と小さく付け足した。
「我慢しろ。耐えろ」
「スサノオだろお前。本物だってこと証明してみせろ」神たちは口々に激励した。
「はは」古参者がせせら笑う。「パワハラだ」
「何」
「違う。パワハラじゃないぞ」
「言いがかりはよせ」神たちは口々に否定した。
「ぱわはらってナニ?」新参者は質問した。
「いや、気にするな」
「頑張れ、お前はそのままでいろ」
「やっぱパワハラじゃん。かっわいそーに」
神たちはもはや言い争いを始めてしまい、対話どころではなくなっていた。
「いた」新参者は頷く声で答える。
「彼女がクシナダかどうか、わかるか?」伊勢は続けて訊いた。
「あ。そうか」
「うむ。そうだ」
「クシナダだったか?」他の神たちも思い出したように口を揃える。
新参者は訊き返した。「クシナダって、ダレ?」
「お前の妻だろうが」伊勢は苛立った声を張り上げた。
「ああ……そ、か」
「まあ、な……スサだもんな」
「ううむ……伊勢君、いいんじゃない?」
「うん……いいよ、訊かなくて」神たちは早々に諦めの言葉を口にした。
「たく」伊勢は依代の顔ではにこにこしながら、裏のチャネルでは荒くため息をついた。何度目のため息かも不明だった。
「君は、神の仲間なんだね?」地球が確認する。
「うん」新参者は大きく肯定する。
「じゃあ、神たちと私との対話を取り持ってくれる?」
「うん」新参者は大きく了承した後「タイワってナニ?」と質問した。
「こいつ、大丈夫なのかよ」古参者が疑念を抱く。
「言葉を交わすことだよ。私が言うことは神たちに聞えてるといったけど、もし掠れて聞えなくなった時は、何て言ったか教えてあげて。そして私には神たちの言うことが聞えないから、君がそれを私に教えて」地球は親切な説明をした。
「わかった」新参者は理解を示した。
「幼稚園みたいだな」古参者は毒づく。
「くそ……確かにそうだが」
「あいつに言われたくねえ。頼むぞ、スサ」神たちは再び口惜しがった。
「じゃあまず、私から神たちに訊きたい」地球が切り出した。
神たちは、はっと威儀を正し、文字通り天地開闢以来初となる地球からの直接的な質問を待った。
「神たちは、なぜこの星にクニをつくったの?」地球は問いかけた。
「ヨリシロつくるため」新参者の答えは間髪を入れずに返された。
「依代を?」地球は比喩的に目を丸くして訊き返した。
「早いよ、答えが」
「まあ、その通り、だけどな」
「大丈夫なのか? また結城君の中に入ってもらっといた方がいいんじゃ」
「でもそうしたら、俺達の声が聞えなくなる」神たちは戸惑いの余りざわめいた。
「依代……って、つまり人間、ってこと?」地球は確認した。
「チガう」新参者は再び即答した。「キ」
「キ」地球は反復した。「――木?」
「うん」新参者は頷く声で答えた。
「木を作るために、ここに来たの?」地球は確認する。
「うん」新参者は頷く声で答える。
古参者は言葉を挟むこともなく、ただ黙って聞いていた。
「大丈夫なのか」囁くように心配を口にしたのは、酒林だった。
◇◆◇
「入らないの?」鯰が二人の新人に言った。「対話、始まってるみたいだけど」
「対話?」時中が眉を寄せ訊き返す。「誰と誰のだ」
「岩っちと、神たちの」鯰は淀みなく答えた。
「まあ」本原が頬を抑えため息混じりに驚く。「地球さまと、神さまのですか」
「結城が間に入っているのか」時中が質問する。「あいつは生きているのか」
「いんにゃー」鯰は亀裂の向こうを覗き込むような声で何事かを確かめた後「神と直接喋ってるみたいよ、岩っち」と回答した。
「そんなことができるのか」時中が確認し、
「では結城さんは死んでいるのですか」本原が確認する。
「さあ」鯰は首を傾げた。「だからさ、入ってみたらいいのよ。ちゃっちゃと」
時中と本原は顔を見合わせたが、どちらも言葉を発することができずにいた。
「鯰」天津が呼びかける。「結城さんは生きていると伝えてくれ。入って来ても大丈夫だと」
「しかし、あの岩があるぞ」酒林が懸念する。「親父が持って来たやつ」
「しっかり、持ちこたえてくれるでしょ」天津は微小な依代の中に在りながら、にこりと微笑んだ。「それができる方っすから」
「ん」酒林はどこか照れ臭そうに笑う。「まあ、ね」
「――」鯰は少しの間何も言わずにいた。面白くもなさそうに尾鰭で水をぱしゃぱしゃと叩く。
「何かあったのか」時中が変化を感じ取り訊ねる。
「何かあったのですか」本原が追従して確認する。
「大丈夫だから入れって」鯰は面白くなさそうにぼそぼそと告げた。「天津が」
「天津さんがいるのか」時中が目を見開き、
「まあ」本原が口を抑え、
「入ろう」時中がもはや迷いもなく岩の亀裂に足を踏み入れ、
「はい」本原が続いて亀裂に足を踏み入れた。
「ちぇ」一人取り残された鯰は水の中でつまらなさそうに舌打ちした。「もうちょっと怖がらせてやりゃいいのに。たく甘いんだからな、あの研修担当」
空洞の中は、以前練習用として作られたものと同様、金色に眩く輝きを放っていた。無論照明器具が吊り下げられているわけでもなく、何が光源となっているのかも定かではない。そして今回、その空間の中には誰もいなかった。
「誰もいないな」時中が上方を見回しながら言う。
「います」本原が下方を見回しながら答える。
「何」時中が本原を振り向く。
「あそこに」本原が右腕を伸ばして指差す。「結城さんが倒れています」
言葉通り、数メートル先に結城がうつ伏せに倒れていた。
「結城」時中が歩み寄る。「生きているのか」
「死んでいるのでしょうか」本原が後に続く。
「結城」時中が結城の体の横に立ち声をかける。「生きているのか」
「結城さま」本原が続いて声をかける。
「結城さま?」時中が眉をひそめて訊く。
「間違えました」本原は無表情に取り消し「結城さん」と呼び直す。
結城は反応しなかった。
「時中君。本原さん」天津が呼びかける。
「やっぱ聞えてないな、まだ」酒林がため息混じりに溢す。
「スサ、岩を絶対に下に落とすなよ」伊勢が真剣な声音で注意する。「そのまま持ってろ」
「わかった」新参者は頷く声で返事したが「ツカれてきた」と小さく付け足した。
「我慢しろ。耐えろ」
「スサノオだろお前。本物だってこと証明してみせろ」神たちは口々に激励した。
「はは」古参者がせせら笑う。「パワハラだ」
「何」
「違う。パワハラじゃないぞ」
「言いがかりはよせ」神たちは口々に否定した。
「ぱわはらってナニ?」新参者は質問した。
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