負社員

葵むらさき

文字の大きさ
上 下
74 / 83

第74話 転がる岩のように使途不明

しおりを挟む
 ごろごろごろごろ
 ごろんごろんごろんごろん

「これは何の音でしょうか」本原が質問する。
「何の音だ」時中が質問で返す。
「何か転がって来る音? 岩?」鯰が推測し、
「岩ですか」本原が確認し、
「岩?」時中が訊き返す。

 ごろごろごろごろんごろんごろん

 音はみるみる大きくなり、近づいて来た。
「入っちゃえば? あの亀裂に」鯰が促す。
「入れるのでしょうか」本原が懸念を示す。「水があるのではないのですか」
「結城が出て来ないということは」時中が推測を述べる。「中に入っても問題はないということだろう」述べながら一歩踏み出す。
「それか瞬ぺちゃになってるとかね」鯰が続けて推測を述べる。
「――」時中は動きと言葉を止めた。
「鯰さまは入ってみることができるのですか」本原が鯰に振る。「地下から潜り抜けて」
「んー」鯰は面倒臭そうな声を出す。「まあ今は洞窟が定位置にいるみたいだから、んーでもなあ」
「定位置にいるのですか」本原が確認し、
「今までは定位置にいなかったということなのか」時中が掘り下げて訊く。
「あんたら、気づいてなかったの?」鯰が逆に問う。「あんたらがあの小うるさい出現物たちとぺちゃくちゃやってた間、あっち行ったりこっち行ったりしてたんだけど、この孔ぼこ」
「あっちとはどこなのですか」本原が質問し、
「今まではあっちに行ったりこっちに行ったりしていたということなのか」時中が追加の質問をする。
「ざっくり言えば太平洋とかフィリピン海とか、あと黒潮のとことか」鯰が甲高く答える。
「誰が動かしていたのですか」本原が質問し、
「どうやって移動していたんだ」時中が追加の質問をする。
「神とか、出現物とか」鯰は淀みなく答える。「マヨイガとか自称スサノオとか」
「皆さんで動かしていたのですか」本原が確認し、
「この洞窟の取り合いをしていたのか」時中が結論づける。
「ていうか、あんたらをね」鯰が修正する。「うちの社員だー、うちの材料だー、うちのなんかに使える道具だー、つって」
「私たちは道具なのですか」本原が確認し、
「ネジやコマだということか」時中が結論づける。

 ごろごろごろごろんごろんごろん

 突如として岩の転がる音が大きく轟いた。新人二人と鯰はそろってはっと息を呑み音のした方を見た。真っ赤な岩と、闇のように黒い岩が数十メートル先で並び転がり、近づきつつあった。
「うわ」鯰が甲高く叫び、
「あれは燃えている岩ですか」本原が確認し、
「何故岩が勝手に転がって来ているんだ」時中が疑問を口にした。

「あれ、ヒトがいる」新参者がきょとんとした声で言った。
「人? 人間か?」
「新人君たちか」神たちは一斉に応えた。
「赤岩を近づけるなよ、スサ」伊勢がすかさず叫ぶ。「人間たちが死んでしまう」
「わかった」新参者は頭部全部で頷いているような声で返事した。

 ごろごろごろごろんごろんごろん

「こっちに来る」鯰が甲高く叫んで水中にどぶんと潜り込んだ。
「逃げよう」時中が、岩の転がって来るのと反対方向に向けて走り出そうとし、
「浮かびました」本原が報告する。
「何」時中が立ち止まって振り返る。
 確かに、赤く燃える岩と呪いのように黒い岩は揃って、二人の頭上高くに浮かび上がっていた。そのまま、結城が入って行った岩盤の亀裂の上部の方に二つ揃って突っ込む。

 がつんがつんがつん

 硬質の音が響き、二つの岩は亀裂のとば口にぶち当たったままそこから先へ進めずにいた。
「どうなっているのでしょうか」本原が質問し、
「亀裂の幅が狭過ぎて通れないんだ」時中が推測を述べ、
「生きてる? どうなった?」鯰が甲高く確認しながら水中より顔をのぞかせた。

 がつんがつんがつん

 二個の岩は引き続き亀裂のとば口にぶつかり続け、新人たちと鯰は言葉もなくその様を見上げていた。

「スサ何やってんだ、遊んでるのか」
「通れないだろそこは」
「無理なんだよそもそも。元に戻して来い」神たちは口々に新参者に言い立てた。
「ダイジョウブ」新参者はしかし、まったく気後れも迷いも遠慮も会釈もなく、けろっとした声で答えた。
「何が大丈夫――」伊勢が言いかけた時、

 がらがらがらがら

 二個の岩は亀裂を押し退けるようにして、その向こうへ突き進んで行った。
「ほらね」新参者は勝ち誇った声で告げた。
「お前そんなことして。地球を怒らせたんじゃないのか」
「なんて乱暴な奴なんだ。相変わらずだなあまったく」神たちは揃って新参者を批判した。

 伊勢は、漸くおずおずと上昇し始めたエレベータの中で大きくため息をついた。
「ああ、動き出したわ」磯田社長が、両手を胸の前に組み泣き声のようなトーンで言った。「神様」
「保全担当様、ですね」伊勢は微笑みながら修正した。

「オコった?」新参者は訊いた。
「ん? 私?」地球は訊き返した。
「オコったんじゃないかって、ナカマがいう」新参者は説明した。
「何に?」地球は少し面白がっているような声で答えた。「空洞の入り口を壊された事?」
「たぶん」新参者は頷くような声で答えた。
「今更、そんなことでいちいち怒ったりしないよ」地球はおどけたような声で言った。「人間たちが出現してからこっち、地殻への影響や変革にはすっかり慣れたからね」
「ふうん」新参者は再び、頷くような声で言った。
「けど、この岩」地球は声のトーンを疑問ありの色に変えて続けた。「どうするの?」
「うーん」新参者は首を傾げるような声で言った。「どうしよう」
「馬鹿じゃねえの」古参者が毒づいた。

「言われちゃったよ」
「くっそ、あいつにだけは言われたくねえ」
「げに不届きな……しかし」
「まあ、言われても致し方ない、のか……な」神たちは口惜しがりながらも次第に自信を失って行き声のトーンにそれは現れた。

 ドアがゆっくりと左右に開く。日はとうに暮れ、事務所と作業所の電灯の灯りだけが世界を照らしていたが、それでも充分過ぎるほどの、それは心に安寧をもたらす輝きだった。
「ああ、やっと出られた」磯田社長がいつもの声より三オクターブほども高い安堵の声を張り上げながら先に外へ出た。
「お疲れ様す」伊勢が苦笑を浮かべながら後に続き、エレベータを出る。
「社員たちは先に帰らせました、皆社長の事心配してたんですが」相葉専務が、疲労と心労の色に充血しきった目をしばたたかせながら報告する。
「ああいいわよ、全員残られたら残業代で破産しちゃうわ」磯田社長は安心からか珍しく自分で軽口を叩いておいて自分で高らかに笑った。「もちろん今残ってくれてる皆には残業代きちんとつけてね。通常残業でね」

「ははははは」

 大きく口を開けて笑う顔が浮かぶ。それは誰の顔――何の“顔”なのか――いずれの依代のものなのか、判然とはしない。けれど何であっても、それは笑っている。人のものなのか、獣のものなのか、はたまた草木のものなのかわからないが、それは「ははははは」と、大口を開けて笑っているのだ。
「何だよ」伊勢は口を尖らせてため息をついた。「昔のまんまだよなあ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生して異世界の第7王子に生まれ変わったが、魔力が0で無能者と言われ、僻地に追放されたので自由に生きる。

黒ハット
ファンタジー
ヤクザだった大宅宗一35歳は死んで記憶を持ったまま異世界の第7王子に転生する。魔力が0で魔法を使えないので、無能者と言われて王族の籍を抜かれ僻地の領主に追放される。魔法を使える事が分かって2回目の人生は前世の知識と魔法を使って領地を発展させながら自由に生きるつもりだったが、波乱万丈の人生を送る事になる

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

何度も死に戻りで助けてあげたのに、全く気付かない姉にパーティーを追い出された 〜いろいろ勘違いしていますけど、後悔した時にはもう手遅れです〜

超高校級の小説家
ファンタジー
武門で名を馳せるシリウス男爵家の四女クロエ・シリウスは妾腹の子としてプロキオン公国で生まれました。 クロエが生まれた時にクロエの母はシリウス男爵家を追い出され、シリウス男爵のわずかな支援と母の稼ぎを頼りに母子二人で静かに暮らしていました。 しかし、クロエが12歳の時に母が亡くなり、生前の母の頼みでクロエはシリウス男爵家に引き取られることになりました。 クロエは正妻と三人の姉から酷い嫌がらせを受けますが、行き場のないクロエは使用人同然の生活を受け入れます。 クロエが15歳になった時、転機が訪れます。 プロキオン大公国で最近見つかった地下迷宮から降りかかった呪いで、公子が深い眠りに落ちて目覚めなくなってしまいました。 焦ったプロキオン大公は領地の貴族にお触れを出したのです。 『迷宮の謎を解き明かし公子を救った者には、莫大な謝礼と令嬢に公子との婚約を約束する』 そこそこの戦闘の素質があるクロエの三人の姉もクロエを巻き込んで手探りで迷宮の探索を始めました。 最初はなかなか上手くいきませんでしたが、根気よく探索を続けるうちにクロエ達は次第に頭角を現し始め、迷宮の到達階層1位のパーティーにまで上り詰めました。 しかし、三人の姉はその日のうちにクロエをパーティーから追い出したのです。 自分達の成功が、クロエに発現したとんでもないユニークスキルのおかげだとは知りもせずに。

みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!

沢野 りお
ファンタジー
【書籍化します!】2022年12月下旬にレジーナブックス様から刊行されることになりました! 定番の転生しました、前世アラサー女子です。 前世の記憶が戻ったのは、7歳のとき。 ・・・なんか、病的に痩せていて体力ナシでみすぼらしいんだけど・・・、え?王女なの?これで? どうやら亡くなった母の身分が低かったため、血の繋がった家族からは存在を無視された、みそっかすの王女が私。 しかも、使用人から虐げられていじめられている?お世話も満足にされずに、衰弱死寸前? ええーっ! まだ7歳の体では自立するのも無理だし、ぐぬぬぬ。 しっかーし、奴隷の亜人と手を組んで、こんなクソ王宮や国なんか出て行ってやる! 家出ならぬ、王宮出を企てる間に、なにやら王位継承を巡ってキナ臭い感じが・・・。 えっ?私には関係ないんだから巻き込まないでよ!ちょっと、王族暗殺?継承争い勃発?亜人奴隷解放運動? そんなの知らなーい! みそっかすちびっ子転生王女の私が、城出・出国して、安全な地でチート能力を駆使して、ワハハハハな生活を手に入れる、そんな立身出世のお話でぇーす! え?違う? とりあえず、家族になった亜人たちと、あっちのトラブル、こっちの騒動に巻き込まれながら、旅をしていきます。 R15は保険です。 更新は不定期です。 「みそっかすちびっ子王女の転生冒険ものがたり」を改訂、再up。 2021/8/21 改めて投稿し直しました。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) イラストブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

偽物の侯爵子息は平民落ちのうえに国外追放を言い渡されたので自由に生きる。え?帰ってきてくれ?それは無理というもの

つくも茄子
ファンタジー
サビオ・パッツィーニは、魔術師の家系である名門侯爵家の次男に生まれながら魔力鑑定で『魔力無し』の判定を受けてしまう。魔力がない代わりにずば抜けて優れた頭脳を持つサビオに家族は温かく見守っていた。そんなある日、サビオが侯爵家の人間でない事が判明した。妖精の取り換えっ子だと神官は告げる。本物は家族によく似た天使のような美少年。こうしてサビオは「王家と侯爵家を謀った罪人」として国外追放されてしまった。 隣国でギルド登録したサビオは「黒曜」というギルド名で第二の人生を歩んでいく。

深きダンジョンの奥底より

ディメンションキャット
ファンタジー
突如出現したミノタウロスによってダンジョン1層にして仲間を失い、上層への道すら閉ざされた主人公リューロは、2層でシズクと名乗る転生者と出会う。いつの間にかリューロに与えられていた[転生者の篝火]という称号が2人を出会わせたのだ。 シズクとリューロはお互いダンジョンを無事に脱出するため、協力し合うことになる。 これは『超回復』という強力な転生者特典を持つシズクとリューロが助け合う王道ダンジョン冒険譚である。 ── 否、違う。 リューロに与えられた称号[転生者の篝火]、それは転生者が死ねばその転生者特典はリューロに引き継がれるという恐ろしいものだった。リューロはダンジョンを潜る中で、運命的に幾人もの転生者に出会い、絆を深めるが、しかしその者らはみなリューロにその力を託し、この世を去っていってしまう。 故に力を託され、たった1人残されたリューロはダンジョンを潜り続ける。 100年前の隠された真実とは? リューロの身柄を狙う各国の思惑は? 転生者はどうしてこの世界に転生してきた? ダンジョンを潜り、新たな転生者と出会う度に浮かび上がる真実。 これは陰謀と絶望の帰還譚である。

処理中です...