負社員

葵むらさき

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第54話 持てる全ての力を出し切って考えに考えに考えた結果出した答えはいつも最初の直感のやつ

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「おっ、来た来た」結城が背伸びをし、額の上に手をかざす。
 来たのは、恵比寿の言っていた“神舟”と思しき物体だった。
 舟、という名称のついたものではあるが、その形態からは「舟」と呼んでいいものとは到底思えなかった。
 それははじめ小さな綿の塊のように見えた。暗闇の彼方にふわりと白い光が生まれ、音も無く暗闇の中みるみる近づいて来たのだ。最終的に三人の目の前で停止したそれは、白く眩く光輝く、巨大な独楽のように見えた。高さは五メートルを超え、地面(があるとすればだが)に接している面はほんの数十センチ径、上方にいくほど径が広がっている。その設置面と、こちらは十メートル以上の径のありそうな上端との間、ほぼ真ん中辺りから下端まで、これも逆三角形の穴が黒く開く。あたかもそれは、真っ白なのっぺらぼうが出し抜けに口を開けたように見えた。
「うわ、笑った」結城がそう表現したことに対し、他の二人も否定はできずにいた。
「この中に乗れと言うことか」時中は静かにそう述べたが、自ら率先してそれを実行しようとはしなかった。
「大丈夫なのでしょうか」本原も口頭確認した。
[どうぞ、その三角形の入り口から中に入って下さい。中に座席がありますので座って下さい]恵比寿のメッセージが三人を促す。
「わかりました」結城が大きく答え、最初にその神舟に足を踏み入れた。「うひょー、SF映画だよね」声を裏返して感動する。
 入った先は径数メートル程のほぼ円形の室で、壁も天井も白くつるんとしており、特に飾りや窓などもなく、ただ三客の座席が床に無造作に置かれてあるのみだ。その座席というのもまた、綿毛を球形に固めたような白くふわふわしたもので、体重をかけて座ることにいささか躊躇を抱かずにいられないものだった。
 例によって最初に腰掛けたのは結城だった。だがそれは見た目と裏腹に低反発性のもののようで、座り心地良く感じられた。
[では、出発します]恵比寿のメッセージが表示され、すぐに続けて[出発しました]と報告された。
「全然わかんないねえ」結城が周囲をきょろきょろ見回してコメントする。「窓もないし、振動もないし」
「今これは、光速で移動しているということか」時中が誰にともなく問う。
[はい、そうです]恵比寿が文字で答える。
「私たちの体に異常を来したりはしないのでしょうか」本原が確認する。
[ごく短時間の移動なので、問題はありません]恵比寿が文字で請け合う。
「今何時……ああ、もう四時半回ってるのか」結城が自分の腕時計を見て言う。「早く帰らないと、クライアントさんに迷惑かけちゃいますね」
[もう、到着しました]恵比寿が答える。[今、出口を開けますのでもう少しお待ち下さい]
「あれ、もう着いたの?」結城がきょろきょろと周囲を見回して言う。「速いなあ」
「光速だからな」時中がコメントする。「しかし、あの現場にこの乗り物そのままで到着していいのか」
[今はまだ地下の岩石内部にいます]恵比寿が文字で説明する。[出口を通常使う洞窟につなげますんで、一、二分待って下さい]
「クライアント様にはご説明済みなのでしょうか」本原が確認する。「勝手に戻って来て勝手に地下に下りた形になっても良いのでしょうか」
[クライアントには天津君が電話で説明した後、代理で伊勢君が直接説明に来てくれてます]恵比寿は文字で説明した。
「伊勢さんが?」結城が目を丸くする。「へえ、なんか意外」
「確かに珍しいな」時中が独り言のように呟く。「伊勢さんは営業畑の人なのではないのか」
[ここの会社を開拓したのが伊勢君なんですよ]恵比寿はにこやかな顔文字で答える。[今でも繋がりはしっかりありますからね]
「へえー」結城は感心した。「開拓、って恰好好いっすね。フロンティアっぽいすね」
「出口はまだ開かないのでしょうか」本原が話を本題に戻す。「まだここから出られないのですか」
[すいません、もう少しだけお待ち下さい]恵比寿が文字で詫びる。
「ま、焦らずどっしり構えて待とうや」結城が腕組みをして背筋を伸ばす。
 そしてそれきり、恵比寿のメッセージは二度と端末表面に現れなかった。

     ◇◆◇

 スサノオは、なんだか何もかもが嫌になってしまっていた。
 ――危険予知。自己防衛。行間を読む。視界の隅で状況を捉える……あと、何があるっけかな。
 しばし考える。
 ――そうだな……そうだ、そもそも自分で判断し、決定する。そんなところか。
 それにしても、数え上げてゆくだに苛々する。
 ――一体何が、奴らから奪ったのか。この、本来ヒトに備わっていたはずの能力の数々を。おまけに、自分は護られて当たり前、愛され慈しまれて当然の存在だと信じて疑わないときてる。
 スサノオは苦々しげに舌打ちする。
 ――ああ、もうひとつあったな。
 そして大きく溜息をつく。
 ――権利は主張するが、義務は果たそうとしないってやつ。
 マグマは赤く、灼熱の色に沸き立っている。
 ――たく、反吐が出そうだ。
 スサノオは融解した岩石の中を漂いながら、己の中においてもまた沸き立ち続ける掴みどころのない感情に手を焼いていた。彼の造った空洞は、もろくも崩れ去っていた。ほんの小さな綻びが、光の点のように生まれたと思った次の瞬間にはすべて、灼熱の岩中に呑み込まれてしまったのだ。スサノオは、なんだか何もかもが嫌になってしまっていた。地球に「空洞は残っているのか」と問われた時には堂々と「残っている」と答えたものだったが、その直後にそれはあっけなく、融けて消え去ってしまったのだ。
 ――こいつも、始末に終えないってやつだな。
 また、苦々しく思う。一度傷つけられた構成物が元の姿、状態を取り戻すには、それ相応の時間と繊細適宜なケアが必要なのだ。
 ――面倒臭えっちゃ臭えんだが。
 他にどうする術もない。スサノオは荒々しく息をつき、ごろりとふて寝を決め込んだ。
 ――いや、待てよ。
 ふと、目を開く。とはいえ今はもう依代を持たない身だから――それは地球によって消されてしまったものだ――実際に開く目もないのだが、比喩的に彼はそうした。
 ――ここで“あいつら”をぶち込んでしまえば、空洞構造の強化につながるって事じゃねえのか。
 スサノオはその考えを得た次の瞬間、もうマグマの中からいなくなっていた。

     ◇◆◇

「出口、開かないねえ」結城が口を尖らせて待ちきれなさそうにそわそわと身じろぎする。
「落ち着いたらどうだ」時中が苦虫を噛み潰したような顔で諌める。「遠足の前夜に寝付けない小学生みたいだぞ」
「――」結城が口を尖らせた顔のまま時中を見る。
「――」時中は目を合わせずにいた。
「ウインナーってさ」結城が問いを口にする。「タコ派? カニ派?」
「――」時中が眉をしかめ結城を見る。
「うさぎ派です」本原が答える。
「うさぎ?」結城が目を剥いて本原を見る。「あれでもうさぎはリンゴじゃないの?」
「りんごもうさぎですがウインナーもうさぎです」本原は真顔で答える。
「えーっ、でもそれじゃあうさぎの天下になっちゃうじゃん? タコもカニも立つ瀬ないじゃん」
「うさぎだけでいいです」本原は真顔で答えた。
「ウインナーはウインナーのままだろう」時中が眉をしかめて言う。「タコだのうさぎだのに変える必要はない」
「えー」結城が納得のいかなそうな声を挙げ、
「食べる時に楽しくならないです」本原が異議を述べた。
「ウインナーは三本線だろう」時中が指を三本立てる。
「三本線って?」結城が時中の三本の指を見つめて問う。
「切り込みを三本入れるということですか」本原が確認する。
「そう、切り込みを三本だ。それがウインナーのあるべき状態だ」時中が喝破する。「タコが食べたければタコを、カニが食べたければカニを入れればいいだけの話だ」
「いやそこはそれ、家庭のお財布事情ってもんがあるからだよ」結城は腕組みをし異論を述べる。「タコはまだしもカニはねえ。カニカマならまだいいけど、でもお弁当つったらやっぱウインナーだよ。うん」
「結城さんはどちら派なのですか」本原が問う。
「俺は斜め半分派」結城が人差し指を立て断言する。「この斜めの部分が長ければ長いほどクオリティが高いのよ」
「タコだのカニだのの立つ瀬はどうなったんだ」時中が批判し、
「食べる時に楽しくならないです」本原が否定した。
「いやいや、甘いよ皆」結城は両手を立て二人を制した。「ウインナーってのはね、あれは弁当におけるコスパ向上の最強アイテムなんだよ。例えばおにぎり」結城は左右の手の人差し指と親指を突き合わせ、三角形を作った。「こう、三角だよね。これをぼん、ぼんと二つ並べてごらん。はいここに、デッドスペースが生まれました」指を動かし、架空の隙間を指差してプレゼンする。「なんか詰めたいとこだよね。ここ、スペースが勿体無いよね。そんな時にははいっ、ウインナー! けど考えてみたまえ」人差し指を立てる。「そこに詰め込むべきウインナーがタコだったり、カニだったり、ましてやうさぎだったり三本線だったりしたとしよう。あらー、おかしいわね、うまく詰め込めないわ、あらー、困ったわ時間がないのに」右手で架空の箸を持ち、左手で頬を押えて困ったお母さんの役を演じる。「タコさんは足が八本もあって邪魔だし、カニさんは顔の右半分が下に隠れて左半分だけ上に覗く形で不細工だし、うさぎさんは下半身が生き埋めになって助けを求めてるみたいで可哀想だし、三本線はそもそもフォルムが卑猥だし」
「馬鹿を言うな」時中が声を大にして反論する。「三本線を入れただけで卑猥になどなるものか」
「斜め半分ならそのスペースに問題なく詰め込めるというのですか」本原が確認する。
「イエス!」結城がウインクして本原を指差す。「斜め半分ウインナーならその下側、つまり丸い端っこの方をおにぎりの隙間に突っ込んでも、斜め部分がちゃんと平らになって見栄えもいいし、蓋も閉めやすい。パーフェクト・ウインナー! ウインナー・ウィン!」両拳を頭上に掲げ声を大にして主張する。
「あり得ない」時中の意見が始まる。「大体おにぎりのすぐ横にウインナーを置くなんて不衛生だ。油分で米がべちゃべちゃになる。下手をすると米が傷んで腹を壊す」
「あれー、そんなこと言ってたら、遠足のお弁当なんてできないよ?」結城が口を尖らせる。「行きにコンビニで何か買って行かなきゃいけなくなるよ? 哀しいぞー」
「私も時中さんと同意見です」本原が右手を小さく挙げて発言する。「おにぎりの横にはお漬物か梅干を入れるべきです」
「ほら見ろ」時中が勝ち誇ったように顎を持ち上げる。「多数決だ。おにぎりの横にウインナーを詰めるのは禁止だ」
「まじか」結城が痛手を負ったような顔で口惜しげに言う。
 場は静かになった。
「出口はまだ開かないのでしょうか」本原が話を本題に戻した。
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